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「っ、はぁっっ!」
ヴィランの、ナイフどころか長剣に迫る大きさ鋭さを持った爪を、ジャックはまるで氷のように透明な刃で擦りあげた。それは相手の渾身の一撃をそらしたうえで、相手の首を断ち切る斬撃となって空へ向かって飛んでいく。
2つに分かれたヴィランは空へと巻き上げられながら、軽い破裂音を響かせて弾けた。砂浜を埋め尽くしていた最後のヴィランは、煙となって流れて消えてゆく。
氷の剣を振りぬいたまま固まっていたジャックが、大きく息をつきながら砂浜を転がった。空を仰向いたときにはエクスに戻っていて、顔を起こすと他のみんなも構えとコネクトを解いたところだった。
そのまま腰を落としたタオは後ろ手に空を仰ぎ、結局そのまま砂浜に大の字に寝転んだ。
「なんで、こんなに、ヴィランが、出てくるんだ、よ…… 温泉以外に、なんかあんのか?!」
「右大臣さんがいるってことは、間違いないかと。……ですがそれ以上に。右大臣さん、都を任されてるって、守備隊とか警邏とか、警備の方のことでした?」
鬼でも出るんですかと息も絶え絶えに問うシェインには、タオもレイナも言葉少なにうなずいて返す。
「お前、歳だってエクスと同じくらいだろ。男にしちゃ軽いというか細いのに…… その弓術と剣技があれば、退治物の主役だって張れるぜ」
ってーか、それでなんで武器を持ってきてないんだよ、とタオは呆れてこぼすが、烏帽子を放り投げて寝転んでいた右大臣は、楽しそうにそちらを向いてうつぶせになる。
「それはあなたたちの方だろう? なんだい、その剣技に火の魔法に癒しの術は! 作り話に聞く〈界渡りの冒険者〉だったとしても、ボクは全然驚かないよ?」
実際のところどうなんだい、と右大臣は楽しそうにそのまま左右にごろごろと転がり始める。
「……界渡り?」
呟いてようやく意味に思い当たったタオは、レイナとシェインの目線を受けて、そのまま空の月を眺める。
「そう! ボクが偽物を買うことになるっていう、出入りの商人の口上なんだけどさ。『この世の神秘を求めて世界中を渡り歩いている』っていう、もちろん架空の一行の話だよ? どんなものでも用意するって触れ込みで、珍しい品物とその由縁の物語をセットで用意してくれてるんだけど、それがとっても凝ってて面白くって」
うんうん、と腕を組んでうなずく右大臣は、やはりとても楽しそうに笑っている。
「……ええと。いろいろ突っ込みどころがあるんですけど、聞いてもいいのでしょうか? 特にその、出入りの商人について?」
おそるおそるシェインが手をあげて反応を窺えば、右大臣も大きくうなずいてみせる。
「しばらく先の話なんだけどね、右大臣はその商人から偽物だと分かっている『ひねずみのかわごろも』を買うことになってるんだ。でもそれは『運命の書』に書いてあることだし、嘘だと分かっていても全然悔しいって思えないくらいのお話が聞けるし、それはそれでいいかなって」
思わずシェインと見合ってしまったレイナが、身振りの応酬に押し切られ、おそるおそる口にする。
「じゃあ、右大臣は本物のひねずみを探しにここに来た、ってこと? その、本物のひねずみを捕まえて、かわごろもを作るために?」
ぴたりを転がるのを止めた右大臣は、不安そうなレイナをあっけらかんと笑い飛ばした。
「ちがうよ? そんなことしたら、運命が変わっちゃうじゃない」
「ん?」
「え?」
「あれ?」
タオは呟いてから勢いよく身を起こしたが、レイナは何を聞いたか理解できていないようだった。どういうこと、とシェインに小さな声で尋ねているが、シェインの耳にも届いているようには思えない。
「ここにはね、全然違う件で調査に来たんだ。大体さ、運命の書によれば『ひねずみのかわごろも』を商人が持ってくるのは3年後。それまでボクは、毎日お酒を飲んで過ごすことになってる。それ以外にすることは決められていないし、ということはそれをやっていれば、運命の書に従ってるってことじゃない?」
右大臣は腰に下げていたヒョウタンを取り出すと、栓を抜いて一口含む。
「いや、文通している相手との言い争いくらいでこんな大事になるとは思ってなかったけど。でもそんな些細な機会を逃さなければ、こんなおかしな出来事だって起こるんだね」
あ、これは甘酒なんだよね、とヒョウタンを振ってみせた右大臣は、急に顔をそらすと、かわいらしいくしゃみをする。
頭をがりがりとかいたタオが、一応3人に目配せしてから口を開いた。
「いい加減体温めてこないと、風邪ひいちまうよな。右大臣は先に温泉、入って来いよ。お嬢とシェインは捕まえとく、覗きになんか行かせないからよ?」
「行くわけないでしょ!」
間髪入れずにかみつくレイナと気にするなと手を振るタオに、右大臣は気安い笑いで答えた。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな?」
「温泉までは砂浜に書いた矢印をたどってください。着替えるなら途中の木陰がいい感じです」
シェインが指さす方を確認すると、軽く礼を言ってから右大臣は足取り軽く温泉に向かう。一度振り返った右大臣に手を振り返すと、4人はさっと円陣を組んだ。
「なあ。この想区に来て出会ったのが右大臣だけで、もうヴィランに2度も襲われてる。これって偶然か?」
「右大臣はかなり主役に近いようですから、ストーリーテラーが私たちを排除しようとしている可能性もないとはいえないような……」
それにしてはやりすぎだろう、とタオとレイナは憤るが、シェインとエクスは困ったように笑い合う。
「でも話を聞く限り、怪しいのは右大臣だけじゃないわ」
「商人ですよね。商売熱心なのはいいことですが、わざわざ物語を添えるとか、手間暇かけすぎです。ま、その商人さんも楽しんでいるというなら、それでもいいんですけど」
そんな単純な問題じゃないと、レイナとタオは息まいた。
「右大臣はまだ起こってもいない未来を知っている」
「知っているだけならまだしも、それを基準に動いているとなると……」
しばらく黙り込んでいたエクスが、意を決したように口を開いた。
「あのさ。怪しいのは分かるんだけどさ。……ええと、ここでせっかくの道案内できそうな人と別れるのは、得策じゃないと思うんだよね」
エクス以外の3人が驚いた顔を見合わせて、ふいに口ごもってしまった。
「これはこれは。新入りさんも成長しましたね。でもそんな搦め手、らしくないですよ?」
「そうよね。突撃する前に一言あったほうがいいのは確かだけど、エクスはそんなに理屈っぽくならなくてもいいと思うの」
「なんか予想と反応が違うんだけど…… お礼を言っておいた方がいいのかな?」
納得いかなそうに首を傾げるエクスの頭を、タオはかき回して笑い飛ばした。
「なに、タオ・ファミリーはしなかったっていう後悔はご法度だからな、全然問題ないと思うぜ?」
「でもまあ、それはともかく。地図も案内人もいない状況で、少なくともこの辺のことを知っている人をむざむざ失うのも悪手です。まずは懐柔の準備をしながら、対策を練ることにしましょう」
シェインは荷物から鍋と食材を取り出すと、皆にも包丁を配りながら野菜の皮むきを始めた。
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