その4-2
さてと、今日こそあの事を聞いてみよう。聞くか聞くまいか悩んでいたあの事。そうベリタスを考えたのは誰か。
「あの、ベリタスなんですが。ベリタスって誰が言いだしたんですか。」
先生は微笑んでいる。
「その、ベリタスって昔から言われている言葉なんですか。」
「……ベリタスは……ベリタスは……私……私達がそう呼び始めました。」
「…私…たち?」
私たち?
「私達はほぼ同時にその特別な空間に辿り着きました。」
特別な空間…。ベリタスのことか。
「空間…。温かくて冷たくて、暗くて眩しくて、世界が幾重にも重なっている、その空間とは何か。その空間と私たちの関係はどういったものなのか。そして私たちはその特別な空間をベリタスと呼ぶことにしたのです。」
言葉が出なくなった。こんなこと、こんなことがあっていいのか。そして、僕がこんなことを聞いていいのか。
「ベリタスにはいろいろな記憶が渦巻いていました。その中には大変苦しい記憶も数多く残っていました。その記憶は大きな苦痛となって周りを巻き込んでいました。だから彼はその苦しみを解き放ちたいと思ったのです。」
かれ?
「それは三年前のこと。どうしてもその苦しみを楽にしてあげたいと、そうしなければならないと、自分にはそうできる力があると、彼は自分からベリタスの空間と一体化したのです。」
「自殺したのですか?」
「自殺…。自殺と言えなくもありませんが、決して命を絶ったわけではありません。生きながらにして、ベリタスと一体化したのです。彼は今もベリタスでたくさんの記憶を救っています。」
先生の顔は穏やかそのものだった。
先生と一緒にベリタスの事を感じた人が今ベリタス空間にいる。苦しんでいるたくさんの記憶を救うために?
「それから佐藤さん。私のヨガレッスンも今日が最後です。」
えっ?
「明日からこのスタジオは閉めます。」
へっ?
「佐藤さんとのレッスンがこのスタジオ最後のレッスンになりました。」
急に何を?
「……やめるんですか?」
「ハイ。」
「……どうしてやめるんですか?」
「…旅に出ようと思っています。いつ戻れるか分かりませんし。」
「でも、先生、私、もっとヨガを教えてもらいたいです。」
「佐藤さん。」
先生は微笑んだ。
「佐藤さんには私の知っていることは全てお伝えしました。あとは佐藤さんが自分のお力でヨガを続けていってください。」
「しかし…。」
「それに。」
それに?
「私の役割はもう終わりました。」
役割?
「私は
道標?何を言っているんだ。
「短い間でしたが楽しい時間が過ごせました。これからもヨガは続けてくださいね。」
それは僕が見た先生の最後の笑顔だった。
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