その4-1
暖かい。ここはなんて暖かいんだ。まるで母親のお腹の中にいるようだ。いや、そんな母親のお腹の記憶はないが、生まれる前の赤ちゃんはきっとこんな感じなんじゃないか。今僕は何か考えているのだろうか。イヤ、何も考えていない。それすらわからない。ずっと深く、ずっと高く、ずっと小さく、ずっと大きく…………。
「…さん。さとうさん?」
ここはヨガスタジオ。そう、瞑想していたんだった。
「どうしました。まるでベリタスを見たかのような顔をしていますよ。」
「先生何でもお見通しですね。今、初めて無我の境地…かどうかは分かりませんが、そんな感じでした。」
「多分そうです。それが無我の境地。そこがベリタス。」
「そうなんですね。」
先生は穏やかな顔をしていた。
「ベリタスってすごい話です…って友人が言ってました。」
「そうですか。お話になったんですね。」
怒ったのか?
「まあ、口止めしていたわけではないので構いませんが。」
良かった、怒っていないみたいだ。
「あのう、ベリタス空間を通ってタイムリープ…時間旅行なんて出来ますか?」
あ、先生目を丸くしてる。
「どの時代に行きたいのですか?」
どの時代?いやあ、そこまでは考えていなかった。
「まあ、未来はどうなっているかな~とか…。」
「そうですね。」
先生は何度も頷いている。
「私もタイムリープについて考えたことがあります。」
あるのか。
「私の考えを説明する前に一般的な話をしましょうか。」
「一般的。」
「はい、一般的にどう考えられているか、です。結論から言うと『無理だ』ということです。」
ハイハイ、想像していた通りです。
「なぜ無理なのか。無理だと主張する人はこういう例え話をします。『あなたが過去に行ってあなたのお母さんを殺したら、今のあなたは何なのでしょうか』。」
「そうですね。過去に行って自分の母親を殺してしまったら、今の自分は存在しないから、やっぱり過去に行くのは無理だという話になりますよね。」
「それです。『こうだったらこの世の中が成り立たないから無理』だというのはいかにも正しい結論のような気がします。」
その通りだよな。
「でも、科学的ではありません。」
「科学的ではない?」
「はい。観測と実験と分析とによってのみ結論が出されるべきであり、『原因と結果が成り立たないからそういう事は考えられない』と言うのは科学者の仕事を放棄していると言われても仕方がありません。実験や観測によってタイムリープできないと結論付けるならまだしも、先程の母親殺しの様な例で無理だというのは科学的態度とは言えないわけです。」
「確かにそうですよね。」
科学的態度。シホ先生の口から発せられるとは思わなかった。
「他にもいろいろな理由があります。例えば『禁止されている』とか『セーブされる』というのがありますが、これも、あたかもこの宇宙に意思があるかのような理由ですから、それもどうかと思っています。」
「それって本当に科学者の意見なんですか。」
「はい、残念ながら。」
あ、先生苦笑いしてる。珍しいな。
「逆にタイムリープができるという考え方もあります。この宇宙は一つだけではなく、いくつも存在していて、それぞれに…例えば佐藤さんがそれぞれの宇宙に存在していてそれぞれの生活をしている。過去にタイムリープできたとして、そこから戻る時にはその時の佐藤さんに一番ふさわしい宇宙に戻るという考え方です。」
え~?僕が何人もいるのか?
「或いは幾つもの同じような世界が重なるように存在していて、過去から戻った時には、やはりその時の佐藤さんの状況に一番ふさわしい世界に行くという考え方。こちらはパラレルワールドなどと言われています。いずれにしても、複数の世界が存在しているというのが前提となります。」
パラレルワールドか~。SFだな~。
「タイムリープ、タイムスリップ等いろいろ表現はありますが、時間を飛び越えることをテーマにしたSF小説は、同じような世界がいくつかあるという設定で作られているのが多いように感じます。」
へ~、そうなんだ。
「この宇宙はベリタスによって創造されました。このベリタスによって作られた宇宙はこの宇宙だけ。他のベリタスによって他の宇宙が作られている可能性もありますが、この宇宙との接点、関連はありませんから、仮にその別の宇宙に行けたとしても、それは全く別の世界。タイムリープとは別の話になってしまいますね。」
「じゃあ、タイムリープは不可能と?」
「可能性が無いわけではありません。」
おっ?
「以前光の話をした時にベリタスが立体写真を撮ると説明したことがありましたが…。」
そうだったな。ヨシオは地図だったけど。
「ベリタスは常に立体写真を撮り続けています。」
撮り続けている?連写?
「そして、その立体写真は全宇宙に届くまでベリタス空間に保管…そうですね、保管されています。ですから、その立体写真の情報にアクセスすることができるならタイムリープも可能かもしれません。」
タイムリープも可能って…すごいな、ベリタス!
「じゃあ…。」
「ただし、あくまでも写真です。私の考えでは、例えその写真の所に辿り着けたとしても、その…ホログラムを見るような感じだと思った方がいいと思います。」
「ホログラム?」
「SFアニメなどで、なんと言うか、会議室のようなところでテーブルの上に立体映像が浮かぶシーンが出てくることがありますが、ああいうものです。」
「ああ、分かりました。」
スターウォーズのレイラ姫だな。
「今挙げたのは個体の立体映像ですが、佐藤さん以外の周り全体が立体映像だと思ってください。ベリタス空間に保管されていた何枚もの立体画像を連続で見ることであたかも立体映像を見ているように感じます。が、見ることはできても触ることなどできませんし、佐藤さんがそこに行くことによって歴史を変えることもできません。」
「それは過去の事なら見ることができるということですか?」
「そうですね。過去ならば見ることもできるかもしれないという話です。」
「未来はダメなのですか。」
「なんと言えばいいのか。」
なんだ?ためらっている?
「未来を見ることができるということは、今のこの瞬間は過去です。」
はい。
「と言うことは、今のこの瞬間は立体写真だということです。」
へ?
「立体写真?」
「はい、今の私たちの話していることも考えていることも虚像。」
「虚像…。」
「最新の未来以外は立体写真でしか存在しません。今よりも未来があるということは、この瞬間は過去の物、つまりベリタスに保管された立体写真だと言えるのです。」
「でも私達は虚像ではないから、今よりも未来はないということですか。」
「そういう事になります。」
過去の映画は見ることができても、未来の映画は見られない。
「なんか、つまらないですね。」
「未来は分からないから今日が頑張れるのではないでしょうか。」
「…そうですよね……そうですよね。」
もしも未来が決まっているとして、あ、未来は存在しないんだった。でも、もしも未来が決まっていても今日をどう生きるかで変えられるかもしれない。だから僕らは頑張れる。
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