第2章
宇宙の時間
その1
朝早くて天気もいいし、何かあるわけでもないのに、ウォーキングしている人に会わないのはどういう事だろうか。僕も特別早起きしたつもりはないのだが、犬の散歩にすら合わない。こうなると何か作為を感じる。ベリタスを自由に操れる人がベリタスの秘密を知ってしまったこの僕を陥れようとしているのかもしれない、と思ってたら向こうから人が歩いてきた。ウォーキングなのか?散歩なのか?ん?どうやらウォーキングらしい。もうちょっとしっかりと歩いてほしいな。っと、先生の合図だ。
「先生、宇宙が広がる原因はベリタスと仰ってましたよね。」
「ハイ、よく覚えていましたね。」
そりゃぁ覚えてるさ。ベリタスに関することなら先生の次に詳しいと思いますぜ。
「ベリタスがなくなると重力が生まれるのですか。」
「そうですね…。え~、重力について考えてみましょうか。」
物理の時間、ですか?
「重力についてイメージしてみましょう。」
と言うと先生はやおら立ち上がり、部屋の脇に置いてあった座布団を先生と僕の間に置き、神棚から例の緑色の球を二個持ってきた。
「この座布団を宇宙空間、この球を星としましょう。この宇宙空間に星を置くと。」
座布団の表面がへこんだ。
「これが一般的に言われている重力のイメージです。この星によって空間がゆがめられています。」
確かに。
「そしてこの星のちょっと遠くにも一つ星を置いてみましょう。」
座布団の表面に二つのへこみができた。
「お互いに重力を発生させていますが離れているからお互いに影響はありません。でもここまで近づけると。」
お互いに近づきくっついた。
「お互いの重力が影響し合う距離まで近づけばこの通りくっついてしまいます。それはそれぞれに空間をゆがめているから。ですから、例えばこの星の近くをこの星が通ると。」
一つの球をもう一つの球の近くを通るように転がすとカーブした。
「この通りコースが変えられてしまいます。それはこのように空間がゆがめられているためだと言われています。」
お~、分かりやすいな。
「でもここで疑問が生まれます。」
疑問?
「なぜ空間がゆがむのでしょう。」
「………。」
「この球が座布団に沈むのは、この球と地球の間に引力が働いているからです。」
うん。
「先ほど言ったように空間は重力によってゆがめられていると言われています。」
う…うん。
「でも…一見何も無いように見える空間はなぜ星によってゆがめられるのでしょう。座布団の様な物も何も無い空間がゆがむというのは何なんでしょう。」
考えたこともなかった。って言うか空間がゆがむという事すら知らなかった。
「現代物理学はそれに答えてはくれません。でもお客様ご安心ください。」
先生がだんだん壊れていく。
「当社のベリタスがすべてを解決してくれます。」
怪しい訪問販売か?
「物があるところはベリタスが少なくなります。パルウム化したことでその分だけベリタスが少なくなっているからかも知れません。或いは、同じ場所で存在できるパルウムとベリタスの総量というのは決まっているということも考えられます。どちらにしても、物があるところのベリタスの量はそれ以外の場所よりも少なくなっています。」
座布団に乗せられた緑色の球の方に目をやった。あの座布団をベリタスと考えると、球の下のベリタスが減っているイメージかな。
「その物が重ければ重いほどベリタスが少なくなります。以前にもお話ししましたがこの宇宙空間は小さくなろうとしています。これが引力の元なんですが、ベリタスが少なくなるとベリタスの減った分だけ斥力が小さくなり引力が大きくなります。私たち人間の体も重さの分だけベリタスが減っているわけです。まあ、地球に比べれば大した量じゃありませんが。」
斥力が小さくなると引力が大きくなる。まあ、道理だな。
「そして、ベリタスが減った部分はその分だけ空間の支えがなくなり空間がへこみます。これが空間のゆがみの正体です。」
そうか、まさに座布団の上の緑色の球だな。あれが地球に見えてきた。
「遠心力は?」
「遠心力もベリタスが減った結果ですね。その前に加速の話をしましょうか。」
加速?
「物があればそこからベリタスは減ります。」
「はい。」
「そこから急に動き出すと、元々あった場所へのベリタスの補充…と言うのも変ですが…補充が一瞬だけ遅れます。その瞬間他よりベリタスが少ない空間はゆがめられて引力が発生します。そうすると引っ張られた方向と逆に引力を感じます。」
車が急発進した時にシートに押し付けられるあの感じだな。
「つまり、加速した方向とは反対の向きのベリタスは少なくなるのです、例えばバケツに水を入れて回転させるという誰でもやったことのあるあの実験。」
誰でもやったことがあるかどうかは疑問だが。
「回転させると加速度は回転の中心方向に働きます。つまりバケツの底のベリタスが少なくなり引力が発生するという事です。それが遠心力です。」
遠心力ってただ回すからその勢いで外に引っ張られるだけかと思ってたけど、考えてみたら「その勢い」自体が謎なんだよね。結局その「勢い」もベリタスって事なんだろうな。
「引く力って言えば磁力もそうですよね。」
「磁力ですか。これも面白いですね。」
先生はにやりと笑った。美しいだけに逆に怖い。怪しい顔…まるでマッドサイエンティストだ。
「磁力も重力も同じものです。」
磁力と重力が同じ?
……同じ?
いやいやいやいや。引っ張る力は同じだと思うけど磁石は反発するし、絶対違うもんだろう。地球がでかい磁石だと聞いたことはあるけど、それとこれとは別だろう。
「まず、物質を構成している原子、これの素であるパルウムは常に運動しているのですが、この運動によってベリタスに二種類の波が起き周りに広がっています。これをN極とS極と呼んでいます。小さい棒磁石のような感じですね。」
N極とS極?
「この二種類の波は、簡単に言うと反対、というか、波の山が一つ分ずれています。こちらが上だとこちらが下という感じです。」
と、先生は両手の人差し指で二つの小さい波の軌跡を作った。
「このように全てのパルウムからは磁力が発生していて、それぞれが力の弱い小さい棒磁石のようになっているのですが、このパルウムの向きがバラバラなので、一つにまとまって物質となっても磁石とはなりません。ところがその物質のパルウムの向きが一定方向になるとそれぞれの波が大きくなり磁力が強まります。これが磁石です。例えば棒磁石ではこちらの波が上から始まっていると、反対側は下から始まっているという感じですね。」
さっきより大きい波を二つ作った。
「この波、これはベリタスの波ですから、この波が起きているところでは小さいですが斥力が働いています。同じ極同士、N極、S極関係なく同じ極同士では近付けると波が重なりますから斥力がより強くなります。すると物質同士が反発してしまいます。例えばこの座布団で説明すると。」
先生は二つの緑色の球の間の座布団の表面をつまみ上げた。球はお互いに逆方向に転げていった。
「逆に違う波の種類の極を近付けるとどうなるでしょう?」
「波が小さくなる?」
「はい、波が打ち消しあって小さくなる、と言うかほぼゼロになってしまいます。この宇宙空間には小さくなろうとする力とベリタスによって膨張しようとする力が働いていて、このベリタスの波が消えてしまうと、膨張しようとする力がなくなり小さくなろうとする力、つまり引力が強く働くようになります。物質同士がくっつこうとしてしまうわけですね。へこみと山、これが磁力の正体です。」
なんとなく分かったが、それでも釈然としない。
「でも先生。木とかはくっつきませんよね。」
「それはパルウムの方向がある程度自由に変えられるかどうかですね。」
パルウムの方向…。棒磁石だから?
「磁石にくっつく物は磁石のベリタスの波に反応して、自分からもベリタスの波を出します。しかし、この宇宙空間の物は宇宙空間と同じで、小さくなろうとする性質がありますから、磁石とは反対の波を出し空間を縮めようとしています。それが磁石とくっつくということです。」
「でも、先生。すぐ近くに木と鉄とがあって磁石をくっつけると、鉄だけがくっついて木はくっつきません。鉄と磁石によって空間がゆがむのであれば木もくっついていいんじゃないでしょうか。」
先生はにこりと笑った。
「空間は全ての物質に平等というわけではないのですよ。佐藤さん。」
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