その7
ここはどこだ、神社か?神社だ。石造りの鳥居を斜め上から見ている。その向こうには石畳が奥に続いている。右側には本殿らしいところがある。そこには誰もいない。いや、左の方から石畳を通って奥に向かい、白い服を着た修行者が四人並んで、早歩きで通っていく。そうか、ここは出雲大社だ。一度行っただけだが、なんとなくそう感じる。石畳を歩いて行くと左手にズラーッと長屋のように並んだ八百万の神の泊まる場所がある。
長屋の横を歩いて行く。いや、歩いて行くというより空中を漂っている。長屋の中には一ヶ所扉の開いた場所がある。誰もいないはずの場所にオカッパ頭の女の子が入って行くのが見える。中には神様がいるはずだが…神様に会えるかもしれないと思い開いた扉の外からそっと中をのぞく。中には女の子と、その子の前には白く光り輝く丸いものが…。女の子がこちらを振り向く。と、なんだこれは!両手足がズーンと重くなった!痺れているようだ!その時に先生の合図が。
「どうしました?まるで神様と会ったような顔をしてますよ。」
「…いや、なんというか…不思議な…夢?のようなものを見て。」
「どういう夢でした?」
説明が難しいな。どう言ったらいいんだろう。
「先生、出雲大社に行かれたことありますか?」
「いいえ。」
「出雲大社の拝殿の両脇に、神在祭の間、出雲大社に来られた神様方がお泊りになるところがあるんですが、今、その光景が頭の中?に出てきて、その建物の中に神様を見たような気がします。見たと思った瞬間手足がジーンと重くなって…現在に至る、という感じで。」
全く、なんて説明したらいいかわからん。
「そうですか。ベリタスの入り口に近づいたのかもしれませんね。」
近づいたのか?近づいたのか?出雲大社がベリタスの入り口の鍵なのか?いや、ベリタスに入りたいわけではないが。
「『夢』の内容はともかく、手足の力が抜けるのは無我の境地の淵にたどり着いている状態だと思われます。」
そうなのか?素直に嬉しい、と言うかあれがそうなら、なんか不思議な感覚だ。
「焦らずに、ゆっくりと行きましょう。」
「はい。」
それにしても、ベリタスの世界は深い。
「一つ一つのポーズでしっかりと静止できていてとても素晴らしいですね。」
「はあ、ありがとうございます。」
嬉しいのは嬉しいのだがこの間から気になっていることがある。今テレパシーを使える人は地球上に四人いるという事だったが。
「あのぉ、テレパシー使いが四人いるという事でしたが。」
「そうです。二、三年前まで五人だったんですが、一人亡くなってしまって。」
何人いるかというのはどうでも良いんだが。
「そのテレパシーの人たちはベリタスの事は分かっているのでしょうか。」
「おそらく分かっていなくて、戸惑っているようです。」
自分の中に人の意識が入り込むんだから、そらあ戸惑うだろう。
「先生はなぜ?」
「たまたまヨガをやっていたからだと思います。」
ヨガは何か関係あるのだろうか。
「以前もお話ししましたが、ヨガというのは心身を制御して精神統一をし、解脱に至るために行うものです。自然と、そのことを考えることになったことから気付けたのではないかと思っています。」
「先生のほかに過去、そのことに気付いた人は。」
「何人もいると思います。例えばユダヤ教の創始者のモーセ。十戒の一番目が『主が唯一の神であること』となっています。そして二番目は『偶像を作ってはならないこと』。つまり、神は一つであり、人の形はしていないという事を知っている事の表れではないでしょうか。」
「…………。」
「そして仏教では『色即是空』という言葉があります。『色』はこの世の物体と考えてください。その物体の実態は常に変化していくエネルギーのようなもの。逆に『空即是色』という言葉はエネルギーから物体が生み出されているという意味です。まさにベリタスとパルウムの関係のことを表しています。」
「つまり分かっている人、分かった人は何人もいると。」
「そうですね。ベリタスに至ったものの、どう表現していいかわからなかったのだと思います。ですから、ああ言うしかなかった。そして過去の日本人も分かっていました。」
「日本人も?」
日本生まれの宗教なんてあったか?神道があるけどあれって八百万の神だし。
「日本の神様は八百万の神。全ての物に魂が宿るという考え方です。ベリタスはすべての物質と通信しています。ということは全ての物に魂が宿るというのはある意味で正解です。昔の日本人はその事を敏感に感じ取っていたのかもしれませんね。」
そんなに深い話だったのか。
「そしてベリタスに蓄積されている生命体の記憶。」
「…生命体の記憶?」
「生命体の記憶の一部はベリタスに蓄積されると説明しましたが、おそらくそれらに触れたのでしょう。その中には人の憎悪もあったことでしょう。死後の世界であるベリタスが憎悪で満たされるとしたらそれは苦しい死後の世界になるに違いない、と考えたら『悪いことはするな』という教えがあるのは当然の成り行きでしょう。死後の世界が天国になるか地獄になるかは人間の生き方次第という考え方ですね。ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も仏教も、それぞれの創始者はどうにかしてその事を皆に伝えようとしたのだと思います。」
そして、ベリタスに創始者たちの記憶が蓄積される、と。
「そうか、もしかして、私たちが悪いことをすると心の中に罪悪感が生まれるのも。」
「ベリタスとの通信の結果かもしれませんね。」
僕たちは生まれながらに過去の記憶と通信しあってできるだけ悪いことをしないようになっているのかもしれない。そして僕の行動が未来の人たちの心の中の在り様を方向付けるのかもしれない。でも、それに気付いている人は少ない。
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