その6-2

「ある日の朝、騒々しい声で目を覚ましました。余りのうるささに耳をふさいだのですが不思議な事に騒々しい声が聞こえなくなることはありませんでした。」

 先生は訥々と話している。

「その声は耳からではなく、頭の中で聞こえていると気付くのにそれほど時間は掛かりませんでした。でも、それを受け入れるのに四年生の私は余りに若過ぎました。」

 頭の中で聞こえる声…。それは小学生にはつらいだろうな。

「家族に相談し、病院にも行きましたが、原因は分かりませんでした。そして余りの苦しさに、私は外に出られなくなりました。」

「学校にも行けなかったんですか?」

「はい。そして十六歳になったある日、頭の中の声の中に私を呼んでいる声が聞こえ始めました。六年も頭の中でいろんな声を聴いていれば、なんとなく聞き分けはできるようになっています。その中に聞こえ始めた私の事を呼ぶ男性の声。最初は気のせいかとも思いましたが、毎日私の事を呼んでいました。私の名前ではないのですが、私が気付くのを待っていたのかも知れません。」

 ある意味、騒音の中から自分の事を呼ぶ声を聴き分けるようなものか。

「そして、それがはっきりと私の事を呼んでいると分かった時、初めてその声に答えました。『あなたは誰』と。」

「誰だったんですか。」

「その声の主は『ヤスダ』とだけ名乗りました。ヤスダさんは私に苦しみから逃れる方法を教えてくれました。」

 苦しみ?

「私の頭の中の騒々しい声を消す方法です。『人間が見ている、聞いていると思っているのは脳の中の情報処理の結果にすぎない』と以前お話ししましたがそれはヤスダさんから教わったことです。つまり、騒々しい声を騒々しい声だとは思わないようにするということです。」

「どんなふうに?」

「まず、風を感じるのです。風を感じたら騒々しい声は、その風の音だと思うのです。」

「そんな簡単な話なのですか?」

 先生は静かにほほ笑む。

「もちろん一朝一夕にできることではありません。大体半年くらいかかりましたね。気にならなくなるまでに。」

 少し遠い目をしている。

「『心頭滅却すれば火もまた涼し』という言葉を聞いたことはありませんか?」

「あ、あります。」

「どんな苦痛でも心の持ちようで乗り越えられるという意味です。頭の中の数多の声も、自然の音だと思えば苦痛にはならない。それがヤスダさんの言いたいことだと分かったのは数年後、私がヨガを始めてからでした。」

 それが自分と向き合いたかったからという事か。

「佐藤さんが思っている通り、私はテレパシーが使えます。」

 先生察しが良すぎると思っていたが、やっぱりそうか~。それはそれでショックだが。

「今は騒々しい声も全く気になりません。ただ、目の前にいる人などの声は入ってくることもあります。」

「私の心の中も。」

「はい、油断するとすぐに私の意識の中に入ってきます。おそらくヨガをすることで心が解放されるから私の中に入りやすい状態になっているのだと思います。佐藤さん心のコントロールもやろうと思えばできますが、そういうことはしません。」

 まあ、先生に限ってそういうことはしないだろうが。

「この世の中で、先生とヤスダさん以外のそういう力のある人は。」

「テレパシーを使える人は、この地球上に四人いるのは確認しています。相手も私のことは気付いていると思います。」

「地球上って…。地球以外にも?」

「この宇宙には数え切れないほどの生命体がありますから。テレパシーを使える生命体は数え切れないほどありますよ。」

 人って言わないところがこの先生のキッチリしたところだな。

「ただ、テレパシー以外の超能力を使える人の事は確認していません。おそらくいないのではないかと思われます。」

 そうか~。やっぱりそうか~。先生と出会ってから今までのやり取りを思い出していた。そして納得した。

「佐藤さん、怖くはないのですか?」

「何が、ですか?」

「人の心を読める私の事を。」

「いいえ。これも自然の摂理ってヤツだと思うんで。」

 先生がほっとしたように見えた。

「やはり、佐藤さんはヨガとちゃんと向き合える人でした。そしてベリタスとも。」

 人の命、いや、宇宙の中の全ての命はベリタスを通じて通信しあっている。そして今この瞬間も。地球以外に知的生命体が存在するとして、このことに気付いている生命体はどのくらいいるのだろう。そのことを全ての生命体が気付けたとしたら、みんな分かり合える世の中が来るのだろうか。争いはなくなるのだろうか。

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