その6-1

 散歩を続けていると顔見知りが増えてくる。初夏の頃出会ったポメラニアンの飼い主とも挨拶を交わすようになった。まあ、「おはようございます」って言うくらいのことだが。

 それにしても、ウォーキング人口の多さときたら。三十分の散歩で二十人くらいのウォーカー(っていうのか知らないが)とすれ違う。すれ違うだけではなく追い越される。あ、追い抜くパターンもあるな。一所懸命に歩いているんだけど僕の散歩の速度よりも遅い人がいるから。本当に老若男女って感じで下は二十代から上は八十代(?)って人まで。みんな健康には気を使っているんだねぇ。いっそのことヨガでも始めたらいいのに。おっと、先生の合図。

「ベリタスの話を伺っていろいろ考えてみたんですが、例えば超能力なんてベリタスで説明できますか。」

 先生は半分困った様な笑顔を作った。

「こんなこと申し上げていいのかわかりませんが。」

 まずいことなのだろうか。

「私が超能力と考えているのは、例えば百メートルを十秒そこそこで走れるとか、卓球で高速の球を打ち合うとか、そういう特別な能力のことなのですが…。」

 いや、そこは超能力とは言わんだろう、普通。

「一般的に超能力と言われる、例えばスプーン曲げ等は手品だと思っておりますので。」

 そうか。ウン、そうだろうな。僕もそう思うさ。

「しかし、仮に本当に超能力だったとしてもベリタスで説明できます。」

 お~、できるのか。いやできたとしても、それを詐欺師たちに知られてしまったら悪用されてしまう懸念があるぞ。

「もう一度言っておきますが、テレビで放送されているような超能力は全てマジシャンに再現できてしまいます。そういうのは仮に本当に超能力だったとしても、超能力だとは認めてはもらえないでしょう。」

 それはそうだ。スプーン曲げなんて今やマジシャンの必須科目だから、超能力などという、あるかどうかも分からんいらん労力使うより、マジック習ってチョチョイのチョイと曲げる方がはるかに楽だ。

「ですから、本物の超能力者ならマジックで再現できないことをすべきです。」

 いちいちもっともなご意見だが超能力の説明になかなか入らないな。

「超能力の説明の前にベリタスの事についてもう少し説明しましょう。ベリタスはこの世界に入らずに寄り添っていると言いましたが、実はそれは正確ではありません。ベリタスもこの世界に入ることがあります。」

「ブラックホール、とかからですか。」

「それは逆です。」

 逆?

「どういう条件かはわかりませんが、ベリタスの世界からこっちの世界に来た時にはこの宇宙の中で一番小さい粒の状態になります。これをパルウムと呼んでいます。ベリタスとパルウムは他の物質と同じようにお互いに通信はしますが、物理的にくっついてはいません。」

 パルウム。原子より小さいのだろうか。

「パルウムというのは物質を構成する一番小さい粒です。すべての物質の素になっています。原子よりもかなり小さいと思ってください。そのパルウムはベリタスの世界とこちらの世界を行ったり来たりしています。まずそこが大前提です。そのことが何を意味するかはまたの機会に説明するかもしれませんが、とにかくパルウムということを覚えておいてください。」

 物理の時間になってしまったな、僕文系なんですが。

「さて、一つずつやっていきましょうか。まずテレポーテーションと言われる瞬間移動。」

 瞬間移動。いきなりの大技だな。それこそマジシャンもやっているが。あれはマジックだし。箱の中から出るだけだし…。脱出マジックと言えば、ハーリー・フーディーニだな。そう言えばフーディーニもニセ超能力者をえらく攻撃していたという話だが。

「第一段階として自分をパルウム化してしまいます。体を原子よりも小さいパルウムに分解してしまうのです。」

 それは痛そうだな。

「さっきも言った通りパルウムはベリタスに戻ることが出来ますから、パルウム化した自分をベリタスに戻します。さて、ベリタスは特定の位置でこの世界とくっついているわけではないということは説明してありました。つまり、今この場所と接しているベリタスと外国のどこかで接しているベリタスは全く同じ位置で接しているとも言えるわけです。」

 う~ん、奇天烈な話にも結構慣れてきたが、やはりここはひとつ確認しとかないと。

「え~と、こういうことですか。えっと、仮に私がベリタスに触ることができたとして、イヤ、できないことは分かっていますが、仮にできたとして、地球の真裏のブラジルで誰かが同じようにベリタスに触っていたとしたらそれは、ベリタスの同じ位置を触っているということですか。」

「そうです。ブラジルではなく、或いはアンドロメダ星雲のどこかの星の人がベリタスに触ってもそれは佐藤さんが触っている場所と同じです。」

 分かった。頭では理解できたがイメージはできない。だけども分かった。つまりは今この瞬間のこの位置もベリタスを通じて宇宙の全てとくっついているということか。

「テレポーテーションの続きです。パルウム化した自分をベリタスに戻すのは終わりました。次は自分の行きたい所でベリタスにある自分をパルウム化してこちらの世界に戻します。そこから自分の姿に再生します。これでテレポーテーションの完了です。問題はパルウム化することと、パルウムから自分の姿に再生することです。」

「確かに可能ですね~、理論上では。」

「ドラえもんの『どこでもドア』もこの方法を応用しているという話です…冗談です。」

 時々お茶目なこと言う先生である。

「次はサイコキネシス、日本語では念力とか念動力とか言われています。要するに意思の力だけで物を動かすことですね。」

 先生もオカルト系結構詳しいな。意外とオタクだったりするのかも知れない。

「手を使わずに物を動かすということは重力に逆らうということです。エセ物理研究家達は反重力などと言っていますが、反重力というのは考え方を間違えています。」

 いやあ、エセ物理研究家なんて言っちゃったよ。やばいな先生。

「ベリタスにはお互いに離れようとする力、これを物理学では斥力と言っていますが、この斥力が働いています。」

 セキリョク…お互いに離れようとする力。また新しい言葉を覚えてしまった。

「逆にこの宇宙は基本的に小さくなろうとする力が働いています。これが引力の元です。この宇宙空間はベリタスによって作られました。ベリタスが宇宙の根本原理だというのはこの宇宙がベリタスによって作られたからです。」

 ベリタスがこの宇宙の創造主…。いや、ベリタスに意思はなかったな。

「この宇宙空間はベリタスによって広がり続けています。もしベリタスが無くなればこの宇宙空間は一瞬にしてつぶれてしまうでしょう。と言っても、ベリタスが無ければこの宇宙も生まれませんでしたが。」

 この宇宙空間に寄り添いながら全ての物質と通信をしながら広げ続けているのか。ベリタスもご苦労なことだ。

「ベリタスが多く集まる…集まるという表現は適切ではありませんが、他に適当な言葉がないので集まると表現します。そのベリタスが集まると離れようとする力が大きくなりますから引力は小さくなります。」

 ベリタスが集まる?

「ベリタスは離れようとするのではないですか?」

「そうです。ですから集まるという表現は正確ではないのです。そもそも量とか大きさがあるわけではないので…。なんと言えばいいか。」

 先生は少し考え込んだ。なんつうか、考え込んでいる先生は間違いなく美しい。

「ベリタスの離れようとする力は宇宙空間に働いているのであって、ベリタスそのものに働いている力ではないということです。ベリタスには私たちの考える『大きさ』というものはありませんから、ベリタス自身が広がろうとすることはないのです。」

 そうだった。ベリタスに大きさはない。ベリタスは特定の場所にあるのではない。だからベリタスの離れようとする力は宇宙空間のありとあらゆるところで働きかけているということか。

「ベリタスが多く集まるところは引力が小さくなるということは、ベリタスがあまり集まっていないところは引力が大きくなるということになります。もしもベリタスの集まりを、ある部分だけで自由に調節することができれば…。」

「引力を調整できる!」

「そう、物体を自由に動かせるということです。」

 引力を自由に操作できる…マジ最強だな。ちょっとだけゾクゾクした。

「最後にテレパシー。日本語では読心と言ってますが、メンタリズムとは違います。メンタリズムと言うのは相手の表情や行動から相手の心の中を読み解くという事で、心理学というちゃんとした学問に基づくものです。」

 メンタリズムか。そんなのがあったんだ。

「テレパシーはベリタスとの通信です。生命体とベリタスが通信しているというのはお話ししました。要するに全ての生命体はベリタスを中心としてお互いに通信できるという事です。」

 あ、分かった、つまり。

「そうです。その通信をうまくコントロールできるようになれば、人の心を読めるという事になるのです。」

 驚いたな。確かに理論上では可能だ。

「他の超能力と言われているものも今挙げた三つの力の応用で説明できますからこの位にしておきますが、あくまでも理論上という事であって、本当に出来たとしたら大変なことです。」

 そうか。それにしても、ベリタスの力は計り知れんな。いや、ベリタスに実体はないから力っつうのはないのか。なんか頭おかしくなりそうだな。

 …………?

 いや……。

 それよりさっき…「そうです」って。

 ……僕何も言っていないのに「そうです」って。

 ……と言うより……初めてここに来た時から今まで…。

 まさか…。

「…あれは、私が小学四年生の時でした。」

 先生…もしかして。

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