第1章

魂の時間

その1

 長く眠っていたような気がする。

 時間にして十分くらいだろうか。先生の合図で目を開けると頭がすっきりした感じになっていた。仰向けになって両手両足をマット幅に広げて両掌は上に向けて目をつぶるという、しかばねのポーズだ。まあ仰向けに寝転ぶだけだがネーミングが悪い。「屍」って死体だぜ。そのまま言ったら死体のポーズ。インド人恐るべしだ。その屍のポーズから起き上がると、最初の胡坐の姿勢に戻りレッスンの終了の挨拶をした。

「佐藤さん、どうしてヨガを始めようと思われたのですか。」

 シホさんがキレイ系だから、とは流石に言えない。っつか、ヨガに誘ったの先生だろ。

「う~ん、運動もしていないし、楽して体を鍛えられるかなと思って。」

 まあ、むしゃくしゃしてたというのもあったが嘘は言っていない。

 のどが渇いたのでコーラを一口飲む。流石にちょっとぬるくなっているな。次回から普通の水にしよう。ぬるくなった炭酸系ほど不味いものはないからな。

「正直に仰るんですね。今日体験されてお分かりになったと思いますが、一つ一つの動きはそれほどきつくないのですが、動かずにポーズを持続させなければならないから、普通に運動するよりもつらい部分もあると思います。」

 ヨガのポーズって本当にきつくない。確かに上級者向けにはアクロバティックなポーズ、例えば頭のテッペンだけで立ったり、カエルの恰好から両手だけで立つ(?)とか、素人にはチャレンジすることすら憚られるのもあるが、今日やったのなんか、ただ両掌を揃えて上に持ち上げるとか、足広げて立って両手を広げてそのまま横に傾けるとか、本当に初心者向けの(と言っていいのか分からないが)ポーズが多い。しかし、一つ一つのポーズで静止している時間が長いのだ。

「ただ手を挙げてるだけのを二十秒とか、結構きつかったですよ。」

「ちゃんとやれてたじゃないですか。あまり動いていなかったようですし。」

 ポーズが上手くできるとかよりも、とにかく動かないというのが重要らしい。

「は、ありがとうございます。」

 褒められると、素直に嬉しい。まあ、外交辞令かも知れんがな。それでももう少し続けてやってみてもいいとは思う。怪しくなさそうな感じだし。

「先生はなんでヨガを始められたんですか。」

「私が始めたのは二十歳の時で、その時は自分と向き合いたかっただけなんですが、七年たった今は宇宙と一体になりたいと思っています。」

 ホ~、二十七歳か。意外と年齢隠さないんだな。まだ若いからか。

「宇宙と一体ですか。なんか、すごいですね。」

「ヨガの考え方で言えばある意味既に一体なんですけど。」

 一瞬独り言かとも思ったがまあ、僕が目の前にいるから独り言ではないのだろう。それにしても「既に一体」?訳が分からんな。

「話をすれば長くなるんですが。それはまた次の機会に。それに、今日は初めてのヨガですから、早くお休みになったほうが良いと思いますよ。」

 そうか、そんなに疲れた感じじゃないが、後でドッと来るのかもしれない。じゃあ早く帰るか。

「あの、先生、来週もこの時間、お願いできますか。」

「もちろんですよ。ありがとうございます。来週夜八時、お待ちしております。」

「今日はありがとうございました。」

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