第72話 サーヴァント

【概要:ギー少佐 参戦】


それは一瞬のことであった。


アモンの体が高速度で回転したかと思うと

深々と地面に突き刺さったのだ。


アーパイクという剣闘士に伝わる技である。

強烈な足払いで体勢を崩し、その体を頭から地面へと

垂直に投げ落とすことで致命傷を与える大変高度な技。


その一回の投げでアモンの首は折れ、背骨が砕けた。

俗に言う即死状態である。


人体は頭頂部からの圧力に耐えられるようにはできていない。

前後左右に動いて衝撃を逃がす背骨が直列になっており衝撃を逃がせないからだ。

ゆえにフットボーラーのタックルも相撲のブチかましも

首を傾け肩からぶつかっていく。

いかに、鋼の体を持つアモンでも、人体の弱点である頭頂部を狙われて

無事に済むはずがないのだ。

しかも念入りに回転数を増やして威力を上げている。

この投げを打ったものの技量は図抜けていた。


胸の辺りまで大地に埋まりながら、

逆さになっているアモン。

その傍らに一人の女がいた。

その服装からメイドであることがわかる。


このメイドが音もなくアモンの背後に忍び寄り

件くだんのアーパイクを決めたのだ。

そしてその投げ一発で勝負は決していた。


唖然とする周囲の者たち。

その者たちに構わずメイドは語りだした。


「強さとは曖昧なもの…」


「天賦の才を持つ者が蛮獣に破れることもあれば」


「その蛮獣がこうして不意を突かれ絶命することもある」


メイドは倒れたサイロの残骸を

悲しそうな目で見ながらさらに続けた。


「たしかにザケル中佐は強かった」


「強く、聡明で、義理堅い…」


「だが、強したたかかではなかった」


「天才であるがゆえ、それが決定的に欠けていた」


「しかし私の考える本当の強さとはそういうものだ」


そして不意にライドーたちの方を見るメイド。

瞬間、背筋に悪寒が走るライドーたち。

殺気である。それも極上に禍々(まがまが)しい。


そこで初めて周囲の者たちは我に返って気付く。

この者は暗殺者であると。

ライドーたちの後方に控えた女皇を殺しにきたのだと。


ダロスはその巨体に見合わぬ速度で接近すると

巨大ハンマーを振りかぶった。

この者の戦力を脅威に感じ、先手を取ることにしたのだ。


しかし、そのハンマーを振り下ろす事はできなかった。

破裂音にも似た骨の砕ける音とともに、ダロスは地に倒れたのだ。

だがメイドは、まったく動いていなかった。


近衛兵たちも次々と斬りかかるが、同じように

破裂音とともに、昏倒していく。


ライドーは兵士たちのダメージからこの謎の技の正体が

"音"であることを看破した。

そして通信兵のバックパックに備えられた消音スピーカーのスイッチを入れる。


消音スピーカーは騒音源の音を拾い、それと逆位相になるような音を作り

空間で打ち消し合わせ騒音レベルを下げることができる装置である。

爆音轟く戦場でも会話ができるように通信装置に組み込まれているのだ。

ライドーはそれを作動させた。


もっともメイドの放つ謎の攻撃にそのまま対応できるかどうかは

眉唾であったが多少は効果があるだろうと考えたのだ。

そして一目散に女皇を抱えて走る。


直後、メイドはライドーたちを追わずに通信兵を襲う。

消音スピーカーの効果があったことの証左である。

装置は止まったがこれで逃走の時間は稼げた。

後は、目の前の林に逃げ込めば、

音の攻撃をやりすごすことができるだろう。


その時、走るライドーの鼻先をふくよかなものが打つ。

胸である。女の。しかも先ほどまで後方にいたメイドのものである。

どういうわけか、このメイドは、はるか後方から一息にライドーの

前方へと移動し退路を塞いだのだ。これはもう人の技ではない。


「キミは強したたかなタイプのようだな」


「しかし…」


メイドは強烈な足払いを打った。

高速度で回転するライドー。

先ほどアモンに見舞ったアーパイクの流れだ。

一度見て知っている技。なら防ぎようもある。


ライドーは、とっさに棍を地面に立て回転を止めた。

しかしその動きはすでに見切られており、

立てた棍を即座に足で払われる。


歪いびつな回転で地面に頭から落ちるライドー。

アーパイクの投げこそ打たれなかったものの

脳を激しく揺すられたライドーは昏倒する。


「しかし…」


「強くはないな」


「強したたかなだけの雑草は踏みにじられるのみ」


「それもまた事実だ。私は違うがね」


メイドは帽子をゆっくりと外し、

数m吹き飛ばされポカンとしている女皇の元へと歩いていく。

そして言った。


「お久しぶりです」


「最初にお会いしたのは、もう10年も前ですから覚えてはいないでしょうが…」


「私の名は、ギー・フバーム・ハウゼン。前王の息子です」


「恨みはありません。もちろん憎しみも…だが、あなたの死は私に取って必要不可欠」


「前王の意思は、息子の私が引き継ぐ」


「お許しを…マイア女皇!!!」


メイド改め、ギー少佐は手刀を振り上げた。


ギー少佐はバザム暗殺時のメイドの変装のまま戦闘区域を

横切って田園地帯に駆けつけてきていたのだ。

着替えなかった理由は、着替える時間の節約と、不意の遭遇戦で先手を取るため。


わかりやすい非戦闘員の格好の方が都合がよかったのだ。

徹底した合理主義の考え。それがギー少佐である。


そんなギー少佐の手刀が女皇の首に振り下ろされた。

果たしてマイア女皇の命運やいかに。

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