第71話 セラフ
【概要:少女ルシャンティvsスナイパー】
アモンとザケル。
二人の超雄たちの戦いに決着がついた頃、
その様子を数百m離れた廃家の屋上から見ていた者がいた。
ルシャンティである。
彼女が、その目で二人の戦いを見届け、
そしてザケルの最後を見送ったのだ。
廃家の下、および屋上には数人の兵士が倒れている。
すべてギー軍のスナイパーである。
本来は、彼らの支援を受けつつ、女皇を襲う手はずであったが
彼らはその腕を振るうヒマもなく彼女によって全滅させられていた。
彼らは、この戦いに"不要"なものであったからだ。
ゆえにピジョーでの一件同様、戦闘から排除したのである。
では彼女の目的とは何か?
それは人間では理解しえないものである。
彼女は超常の存在。人の理屈では動かないモノたち。
言うなれば彼女は存在を存在たらしめるためのメソッド。
束縛、緊張、葛藤、目的、あらゆる状況を
観測、精査し干渉する者。世界をあるべき姿に保つための機構。
そういう存在である。
理解はできないし、またする必要もないものだ。
しかし、旧世界の人間たちは、彼女のことを"セラフ"と呼んだ。
炎と破壊の語源を持つ、もっとも純粋な熾天使(ほのお)。それが彼女。
そんな彼女を背後から狙う者がいた。
ギー軍のスナイパーである。
ルシャンティの炎で吹き飛ばされたが、まだ息があったのだ。
スナイパーはすでに彼女の技を見切っていた。
蝶の燐ぷんの舞う空間以外では、あの炎の爆破現象は起きていない。
そして今自分の周囲にも射線上にも燐ぷんはない。チャンスであった。
だがトリガーに指をかけようとした瞬間、
その動きを把握していたルシャンティが掌をこすり合わせた。
直後、スナイパーの体は発火。悶絶しながら数度転がり昏倒した。
ルシャンティの仕業である。
彼女は、粉塵爆破のための燐ぷんの他に
イエローウィードをすり潰した粉を使う。
イエローウィード。
主に休耕地などに群生するキク科の多年草。
この花はアレロケミカルという化合物を分泌し
周囲の土壌を汚染、競合する他の植物を枯らすという性質を持つ。
このアレロケミカルは強い酸化反応を示すことが知られており
ルシャンティはその粉を空気中に散布し、兵士たちの衣服に
付着させていたのだ。
服に積もり沈着したアレロケミカルは膨大な熱を蓄積させていく、
後は、ほんの少しの刺激、例えばルシャンティの掌をこすり合わせた程度の
静電気でも発火してしまうのだ。
燐ぷんを用いた粉塵爆破はイエローウィードの粉の散布を隠すための
カモフラージュだったのだ。
散布量を増やせば、半径30m圏内の人間をすべて消し炭に
変えることができるほどの威力が出せる。
これも二種類の粉を自在に扱うルシャンティの神技があればこその芸当。
だがしかし、それももう終わった。
彼女の役目は終わったのだ。
後のことは彼女の裁量を超えた所にある。
ここから先は神々の領域。
ミスミの森へと還るべく踵(きびす)を返したルシャンティ。
彼女の両の瞳から涙が零れている。
人の感情を有してはいないはずの彼女。
その涙が何を想ってのものなのかは
誰にもわからない。
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