第70話 ハーモニー

【概要:アモンvsザケル 決着】


アモンとザケル。


二人の性質は対極的であった。


まるで熊と鹿のように。

まるで太陽と月のように。


対極的であるがゆえに求めたのか、

対極的であるがゆえに許せないのか、

とにかく二人は拳を交わし合う。


一発一発に殺意を込めて。

一撃一撃に愛情を込めて。


アモンの拳は衝撃波を生みザケルの肉を切った。

ザケルの拳は唸りを上げてアモンの肉を叩いた。


これは陰惨な殺し合いである。

それも人類史上例のない神域の技と神域の体を持ちし

猛者たちの殺し合い。


だが、その戦いを周囲で見ていた者たちは、皆一様に

そこに美を感じた。焦がれを感じたのだ。


人の歴史は戦いの歴史。暴力の歴史。

どんな言葉で飾ろうともその事実は揺るがない。

そしてこれからも連綿と続いていくことだろう。


弱肉強食のこの世界、産まれ落ちた瞬間から

皆、戦うことを運命づけられる。

だからだ。だからこそ焦がれる。


強さに、それも他者の追随を許さぬ圧倒的な強さ。

それがアモンであり、ザケルである。


強さの求める最高峰。

焦がれぬわけがない。美を感じぬわけがない。

老若男女、人が求めるもののすべてが今ここに存在しているのだ。

これは奇跡的なことである。


ある者は大粒の涙を流し、ある者は体の振るえを抑えられなかった。

究極の戦いの前に皆、軍人としての責務など微々に砕けて消えていた。

この戦いを今、見れることへの感動が喜びがすべてにおいて勝っていたのだ。


二人はそんなギャラリーたちを意とも解さず殴り合いを続けた。

アモンは笑う。

ザケルは笑う。

歓喜の笑みだ。

至上の喜びの笑み。


最高峰であるがゆえの不遇。

二人は本気で戦える相手に恵まれなかったのだ。

だが、今は本気で突いている。本気で蹴っている。


もはや感謝しかなかった。

ありがとう。ここにいてくれて。

ありがとう。殺し合ってくれて。

ありがとう。

ありがとう。

ありがとう。


時間も空間もこの場の二人に収束していく。

風の音も木々のざわめきも消えていた。

人の気配も声すらも聞こえない。

とても静かな、そしてとても静謐な銀色の時間。


その静寂を破るかのように突然吹いた風。

満身創痍な二人は、同時によろよろと後退する。


そして構えた。

ザケルは両手を地に突き、クロウチスタートの姿勢。

アモンは腰を落とし、鉄槌の構え。

お互いこれが最後の攻撃となるだろう。


くしくもフーリエンの戦いで取った構えを双方が取っていた。

その際は、ザケルがアモンをクレバス下に落下させて勝利を収めている。

だが今回は、クレバスなど存在しない。

同じ戦法ではアモンを倒せないということだ。


銀色の世界は過ぎ去り、辺りには色も匂いも戻っていた。

風にそよぐ草原が時が戻ったことを告げる。


そして二頭の獣は疾はしり出した。


ザケルは人類未踏の速度からの高速チャージ。

アモンは人類最高峰の剛腕からの打ち下ろし。


だが、ザケルは速度そのままに体を上げ、足先そくせん蹴りを放つ。

アモンは、打ち下ろしではなく、全身全霊の右ストレートを放つ。


二人はあの頃より、多くを学び進化していた。

これが今の彼らのベストな動きであり、最高の技。


拳と蹴りが交わる前に、空気の衝突があった。

怖ろしいスピードにより二人から産み出された空気の砲弾。

その圧力は優にアモンが上回っていたが、ザケルの鋭い蹴りは

その空気の壁をも切り裂きアモンに迫る。


首へと伸びるザケルの蹴り。

恐らくはアモンの鋼の体を持ってしても

耐えられようもないほどの速度、そして威力。


アモンは瞬間、死を覚悟した。


だが、その必殺の蹴りは首の真横を掠めて過ぎていった。

ザケルが外したのではない。

アモンがよけたのでもなかった。


少年である。

アモンがここに来る前に保護していた少年。

弱っていた彼を首元で抱いていた時の姿勢。

ほんの少し首を傾けるその姿勢が今ここで無意識に出たのだ。


勝敗を分けたのは人の持つ他者を労いたわる何気ない仕草。

戦うことを運命づけられた人の最後の希望。

究極の暴力同士の決着はおよそすべての人がするであろう

極々何気ない営みによりつけられたのだ。


アモンの体より生じた膨大なスリップストリームの風が

ザケルを空高く吹き上げた。


そして放物線を描き、巨大なサイロに打ち当たって止まる。

高々度からの致命的な落下。だが、ザケルは生きていた。

打ち当たる際に受身を取り衝撃をサイロの壁面に流していたのだ。

満身創意ながらも技の妙はいささかも衰えてはいなかった。


再び遠間から向き合う両者。

しかしもう二人に戦う力などは残されてはいない。

戦場を支配していた二つの巨大な威圧感は完全に消失していたのだ。


涼やかな風。ザケルから思わず笑みがこぼれる。

アモンもそれを受けて笑った。


その時、強い衝撃を受けて脆くなったサイロが傾いた。

ちょうどザケルの真上である。ザケルはそれに気付いていた。


気付いてなお動かない。

かわすこともできただろう。逃げることもできただろう。

だがザケルは、ただアモンに微笑みかける。


「ザケルッ!!!!!!」


思わず声を張り上げるアモン。

その声がザケルに届く頃には、巨大なサイロは無情にも

彼の上に倒れていた。


アモンは吼えた。

あらん限りの声を振り絞り悲しみの咆哮を上げる。


南から吹く風は、戦場の火照りを冷まし

一人の偉大な戦士の魂を連れ去った。


瓦礫の上に残った青い薔薇は、悲しく朧げに

光を放ったという。

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