第68話 グラタテュード

【概要:剛腕ダロスvs抜刀隊5番隊副隊長レオン】


それは凄絶な打ち合いであった。


戦士団一のパワフルファイター・ダロスと抜刀隊5番隊副隊長レオンが

足を止めて打ち合っているのだ。


片や巨大なハンマーで。

片や無骨な戦斧で。


技術もなにもない。

お互いが力で相手をねじ伏せる豪快なスタイル。


ハンマーがレオンの鎧を破壊し

戦斧がダロスのシェルアーマーを砕く。

彼らの力は拮抗していた。


辺りに舞う血飛沫ちしぶき。

それでも二人は止まらない。


レオンは抜刀隊の名誉のため。

死んでいった多くの仲間のために

不退転の決意で戦斧を振るっていた。


ナノプローブの副作用である黒目の症状。

それが彼の迫る死期と覚悟をダロスに悟らせた。

この戦争に絶対に勝つという焦げ付くような執念と信念。


一方ダロスには信念と呼べるものは何もなかった。

元々パレナの戦士団は傭兵集団であり、

魔道士会に帰属した後、一応は軍隊の肩書きを与えられているものの

その性質は未だに金で誰にでもその刃を向けるフリーランス。


その信念の差か、ダロスは徐々にレオンの鬼気迫る

圧力に押され始めた。


振り下ろされる巨大な戦斧がダロスの命を確実に削っていく。

もう、体力の限界が近かった。

ここで死ぬかもしれない。それもいいだろう。

それで満足だ。そうダロスは思った。


先天性の脳障害で動きが極端に遅く、周囲から

ウドの大木と蔑さげすまされてきた自分の人生を振り返るに

ここまで戦士団の一員としてやってこれたのは奇跡といえるだろう。


そう奇跡である。

回復不能だと思われていた脳にできた細かい傷が

成長とともに修復され人並の動きができるようになったのだ。


その奇跡のお陰で5人の弟、妹を学校へ行かせてやれた。

極貧の両親に多少いい暮らしをさせてやれた。

上出来すぎるほどに恵まれた人生。

何も思い残すことはないだろう。

これで恨み言をいえばバチがあたる。

ならば、ここで死ぬのは本望なのか?


何か釈然としない思いもあった。

何かを忘れている気がしたのだ。


そしてふと、腕に目をやると破壊されたアーマーの断面が

多層構造になっていることに気がつく。


これは博士研究員フィナ発案の防御機構である。

外見の銃弾を弾く機構とは別に内側は

逆に壊れやすい装甲を重ねることで

加えられた衝撃を逃がす仕組みになっているのだ。


堅いだけでは人体は守れない。

時に兜や胴丸を強く打たれ、その衝撃で絶命してしまう者も

戦場では多くみられた。

そのデータを元にフィナ発案でエンジニアゴサクが開発したのが

ダロスの身に付けるこのシェルアーマーなのだ。


しかし、この防御機構の実装は少し遅れるとの

説明を受けていた。では何故、その機構が施ほどこされているのか?

答えは簡単である。フィナがゴサクが戦地へ赴おもむくダロスのために

間に合わせたのだ。


装備を持ってきた二人が少しやつれていたように感じたのを

思い出した。


無骨な気性ゆえ、体を気にかけるようなセリフも

言ってやれなかった。

いや、言う気もなかったのかもしれない。


開発された装備の試験的着用。

断る理由もなかったので、普通に受けた仕事であったが

科学者、技術者のおもちゃにされている感はいなめなかった。

彼ら彼女らの道楽につき合わされていると感じていた。


だが、それは違う。

違うことは、致命的な攻撃を幾たびも受けながら

装備者であるダロスを今なお生きながらえさせている

アーマーの性能を見れば明らかである。


科学は人を殺しもするが、生かすこともするのだ。

そしてこのシェルアーマーはそういうものの結晶。

フィナのゴサクの、人の命を守るための善意の結晶。


ならば負けるわけにはいかない。

諦めるわけにはいかない。

命とは尊いものだ。

自分も人も等しく尊重されるべきものだ。


死ぬために剣を振るう亡者に勝たせてはならない。

死ぬために戦争をするものを看過してはならない。

戦うのなら生きるために戦うべきだ。

戦うために生きてはならない。

死ぬために生きてはならない。


『なぜって…』


激しい連撃を仕掛けてくるレオン。

ダロスはその暴風のようなラッシュに刻まれながら

血まみれの手でレオンの頭部を掴んだ。

そして動く。


『なぜって…』


『命ってのはそういうもんだろう?』


ダロスの強烈な頭突きがレオンを襲った。

それは、兜を砕き、頭蓋を砕き、レオンの悪夢を完全に終わらせた。


死をも覚悟したレオンの気迫を

ダロスの生命力が上回った格好となった。


勝つために死を願うレオン。

生きるために戦うダロス。

それぞれの生き方に貴賎などはない。


ないが、ダロスは思い出していた。

自分の身に起きた奇跡が偶然のものではなかったことを。

あの日、父母や幼い弟、妹を養うため

遠く出稼ぎにでていた時、出会った医者のことを。

無償で彼を治療してくれた女性のことを。


大恩あるその者の名はファイナ。フィナの母親である。

パレナで初めて医療サポートという概念を導入し大量の女性を起用・育成。

医療環境の劇的改善、女性の社会進出の先駆けを担った偉人。

看護婦の母といわれたファイナ・ガルシーア・マーティンである。

体温が異常に高いという特殊な体を持っており、つねに半裸で歩いていたことから

裸の女神とも言われた女性。そんな彼女は数年前に事故で亡くなったと聞いている。


彼女の治療を受けたからこそ、自分はここに立てているのである。

そしてそんな大事なことを今の今まで忘れていたのだ。

脳が修復、再生する際に、その記憶を忘却させていた。


連綿と続く生命のサイクル。

ダロスは彼だけではない、たくさんの命の手で支えられ

こうして生きながらえることができているのだ。

それを思い出した。

思い出したがゆえの報恩の一撃である。

諦めない、諦めてはいけない想いが

再び彼の体に力をもたらした。


ダロスはレオンの顔に手を伸ばし

その瞳を閉じさせると自分のハンマーと

主のいなくなった戦斧を握り戦場を移動する。


彼の生きるための戦いはまだ終わってはいなかった。

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