第64話 スモーク
【概要:女皇護衛者vsギー軍抜刀隊。アモンvs鮮血のグロウ】
ケイヤ北西部。
工業地帯を抜けた田園地帯にて。
戦いの機先を制したのはライドーであった。
ダロスに持たせていた煙幕弾を空高く投げてもらい
それを棍で叩き割ったのだ。
市街でのギー軍との攻防の際に鹵獲したものである。
兵士たちの視界は、たちまち大量の煙で閉じられた。
これでライドーたち戦士団および女皇近衛隊の数の不利が軽減。
ギー軍がバルクレイ平原での戦闘でやった戦法をそのまま
やり返した格好である。
エンキョウは即座にザケルのいた方向へと走った。
戦において大将首を狙うのは基本中の基本。
この場は中佐の階級を持つザケルが仕切っていると
考えるのが妥当であり、そうでなくとも一個の戦力として
最高峰の実力をもつザケルを先んじて倒すことのメリットは計り知れない。
だがエンキョウはそういうことは一切考えず本能で動いた。
アモンに似た強者を求める本能がそれ以外の選択肢を持たせなかったのだ。
ライドーはやれやれという表情で、エンキョウの背を見送ると
即座に女皇の乗った車の周りで隊列を組む近衛兵の下まで行き
簡素な打ち合わせをする。
すべては煙幕弾の奇襲で相手が怯んだゆえに生じた僅かな時間。
その僅かな時間で、ライドーは混乱する現場の状況を通常へと戻した。
後は、この包囲網から逃れるだけ。
ライドーは、ダロスも呼び寄せ
作戦を実行する。
所変わって、ケイヤ南東部の工業地帯。
その支援部隊が駐屯している地で動きがあった。
バリケードに近づこうとした巨躯の男がいたのだ。
現場は騒然となり、近くにいた部隊員は一斉に銃をその男に向けた。
支援部隊ヴァルキリー。
パレナに属するほぼ女性のみで構成された部隊である。
10年前の規制緩和で女性も軍人として採用できるように
なった際、頻繁に起こった男性隊員との軋轢を回避するために
作られた、いわば女性隊員の隔離部隊。
兵站、災害救助、その他、雑多な任務を主としているが
それぞれに専門の部隊は存在しており、錬度も経験もない彼女たちに
指令が降りることは少なく、お飾り部隊と揶揄されることもしばしばであった。
しかし、3年前キュラ・シアッツの肝入りにより
ハンナ・ロマナイエが部隊長に就任してから一転して、
強固な部隊へと生まれ変わる。
そんな彼女たちの初の実戦が今回のロリューの争乱であったのだ。
だが現実は非情である。意気揚々と現地に乗り込んだ彼女たちであったが
すでに戦死者は二桁に達し、女だけの部隊ということで巨凶の第4特務部隊の
何人かに目をつけられ執拗にその命を狙われ続けていた。
次々と陰惨な姿で運び込まれる仲間たち。
もう彼女たちに戦闘意欲はなくなっていた。
早く帰りたい。生きて帰りたい。ただそれのみである。
ゆえに巨躯で禍々しい風貌の男とはいえ
子供を抱いた男に対し、こうして総出で銃を向けているのだ。
もう正常な判断ができなくなっていた。
男は、動けば発砲されかねない雰囲気にどうすることもできず
ただ黙って彼女たちと睨み合っていた。
街で保護した子供を預けにきたはずが逆に危険がある所に連れてきてしまったのだ。
男は困惑の表情を浮かべる。
「…アモン」
その時、部隊員の一人がそう呟いた。
アモンの顔をテレビで見て知っていたのだ。
見ていない者もその噂は聞いていた。
部隊員たちは一斉に息を飲んだ。
曰く壊し屋。曰く荒神。
パレナが誇る最強の男。それがアモンであると。
死んだと思われていたはずの男がこうして目の前にいるのだ。
驚かないわけがない。
しかし彼ならば危険はない。
アモンはアモンの肩口で眠るアルビノの少年を
ここへ預けにきただけなのだ。
緊張から一転し、バリケードの中から安堵の声が漏れた。
部隊員は、防弾加工された車を動かし出す。
そこへ、物陰から様子を
グロウ・クリネ。
第4特務部隊の
その男は、バリケードが開くこの瞬間を待っていたのだ。
さすがのグロウでも、機関銃座を備え付けられたバリケードを抜けるのは
命賭けである。
しかし一度入ってしまえば、中は彼の大好きな女だけ。
後はどうにでもなると踏んでいた。
おいしい獲物を前に、舌なめずりをしながら、
そのカギ爪を振るうグロウ。
だがその爪は届くどころか、どんどん遠ざかっていった。
風が、それも極度の暴風がグロウの体をバリケードの外へと引き戻したのだ。
アモンである。
アモンがすでに拳を打っていた。
その剛拳より生まれたスリップストリームの風が
グロウをアモンの前まで移動させたのだ。
そして拳を下ろすアモン。
その拳はグロウの頭蓋を打ち砕き、一瞬で終わらせた。
唖然とする部隊員たち。
散々に苦渋を舐めさせられてきたあの第4特務部隊の人間を
あっさりと片付けたのだ。
しかも、肩口で眠る少年を起こさないよう腕以外は
動かしていない。すべて手打ちパンチ。
つまり"本気"で打ってはいないということだ。
地上最強の男アモン。
その異名どおりの力は、まさに人知を超えた神の域であった。
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