第62話 メイド

【概要:バザム将軍とメイド】


ロリュー北東部。

自身の邸宅にその巨躯の男はいた。


バザム・ウォーレン。

ロリューの将軍である。天皇派を束ねる軍閥の長でもある。

バザムは苛立っていた。


予想外の首都での戦闘と被害。

複数の自軍拠点の壊滅。

進まぬギー軍の掃討。

遅延している女皇の避難。


特に女皇の避難が遅れていることがバザムの苛立ちの

最たるものであった。

もし、女皇がギー軍の手にかかり暗殺などという

事態になろうものなら

烏合の衆である天皇派の軍閥勢をまとめておくことができなくなる。


当然ギーもそれを狙っていることだろう。

機動力の高いMABVを主軸に暴れまわっているのがその証拠。

なるべく広範囲に戦闘区域を広げ兵力の分散を狙っているのだ。

それで争乱の鎮圧に回す兵が増え女皇の警護が手薄になる。


バルクレイ平原での敗北から、すべてはあの男の思惑通りになっている。

これ以上好きにさせてはいけない。

バザムは、自慢のパイプをヘシ折り、すぐに出陣の準備をするよう

配下の者に告げた。

バザム直々の出陣である。


この男。老齢ながらその胆力はまったく衰えておらず

むしろ益々盛んなほどにたぎっていた。

その胆力の源が彼の強靭な肉体と拳法家として極限まで練磨された技である。


その腕前は大戦中、あの拳聖ナザレに手傷を負わせたことが

あるほどであり、巨凶集団である第4特務部隊が彼に付き従っているのも

彼の権力以上に彼の力そのものを恐れたからに他ならない。


バザムは将軍である以上に、一人の優れたソルジャーであるのだ。

それも最強といっても過言ではないクラスの男である。

ならば、そのコマを使わぬ道理はない。


これから御所へとおもむき、直接、指揮をりながら

女皇を西の御用邸まで護送する。

御用邸の最新防衛設備ならばギー軍も手は出せないだろう。

それからゆっくりと片付ければいい。

それがもっとも確実であり、最善であるのだ。


バザムは己もただの一兵士として、ギー少佐との決戦に

備えるべく指示を出した。

自らの労苦もいとわず、何をしてでも勝ちを取りに行く。

それがバザムの性質であった。


準備のため、慌しく出入りする兵士たち。

お付のメイドも、出陣に備えてバザムの身なりを整える。

少し時間が空いたため、バザムは何とはなくメイドに

独り言のように話をした。


敵であるギー少佐のことである。

彼の人となりについて話をしたのだ。

これから殺すことになる知人に対しての

罪の意識がそうさせたのであろう。


バザムとギーは、ギーが前王フバームの遺児であることが発覚する以前に

旧知の仲であった。彼の拳法の師匠がバザムの盟友であったからだ。

その縁で共に酒を酌み交わしたこともあった。


その盟友が病で倒れた時、死期が近いことを悟ったのか、

ギーに拳法の秘伝奥義を伝授したことがあった。

もっとも優れた弟子であるエリシャを差し置いてである。


そのことを思い出し懐かしさもあって一人ごとのように呟いたのだ。

未だにせなかった。拳法家にとって奥義を託すというのは

最強への夢を託すということ。ならば何故エリシャに奥義を授けなかったのか。

そのことが頭から離れずにいたのだ。


それを受け、メイドはこう答えた。


「まあ、簡単な話なのではないでしょうか」


「強ければ使う必要がない」


「それは、そういう性質の奥義なのでしょう」


「たとえばこのように…」


メイドは、音もなく、気配もなく、まるで肩を叩く様な気軽さで

バザムの口腔内にナイフを突き立てた。

それは、そのまま突き入れられ延髄まで到達する。


「ッ!!!!」


声も出せず、悶絶するバザム。

メイドは言葉を続けた。


「強さとは曖昧なもの…」


「私より遥かに格上のあなただが不意を突けば、こうして殺すこともできる」


「それが我が拳法流派の奥義だ。バザム・ウォーレン」


そういってカツラとマスクを剥ぎ取るメイド。

そこには紛れもなくギー少佐の姿があった。


本物と寸分たがわぬ精度での偽装術。

それがギー少佐が手ほどきを受けた奥義の正体である。


事切れるバザムを尻目に再びメイドへと

変装したギーは部屋を出る。


彼は一人ごとのように

"あと一つ"と呟いていた。

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