第61話 ファイブ

【概要:アモンvs抜刀隊】


ケイヤ中央部・中央広場。

ここには女神ケイを奉る慰霊塔が立っている。


ケイとは、古の昔このケイヤの地にて治世を行なった

女王の名である。


資料も乏しく、定かなことはわかってはいないが

一説ではパレナ・ロリューを含めた大陸全土を

支配した最初の女王であるとされ、女王もまた一騎当千の

武人であったことから、戦の女神としてロリューで長らく

信奉されてきた。


その慰霊塔の脇に座りながら、アモンは件の少年を待つ。

向かいの洋品店で服を選ばせているのだ。


いつまでも自分の上着一枚の格好では風邪を引く。

そう考え、カウンターに金を置き、好きな服を着てくるよう

に言ったのだ。


数分後、少年は戻ってきた。

何とヒラヒラのスカートを纏まとって。


余りの事態にアモンは、思わず白目になる。

男は男らしく、女は女らしくといえば古風な考え方だと言われるが

アモンは、その古風な考えをする男であり、こういうタイプの者には

今まで出会ったことなどなかったのだ。

ゆえに、その対応に困り果てていた。


自分の名もわからず昔の記憶もあやふやな少年。

その境遇はどこかアモンと似たものがあった。


恥じらいながら服が似合うかどうか聞く少年に、アモンは白目で

ゆっくりうなずくと先を急ぐため腰を上げた。


と、そこにバイクに乗った一団が通りかかった。

ギー軍配下の抜刀隊である。

表情を強張らせた少年に洋品店の中に戻るよう手で指示するとともに

アモンは、パンプアップした。

臨戦態勢を取ったのだ。


ギー軍とアモンは因縁浅からぬ間柄である。

出会えば即、戦闘になるのは必然であった。


5人の抜刀隊は刀を抜き、アモンを囲む。

アモンもまた両腕を開き、対応できるように身構えた。


5人が取ったのは"呑龍どんりゅう"と言われる

拳法家殺しのフォーメーションであった。


5人で囲み、5人で仕掛ける。

攻められれば引き、引けば攻める。

どんな達人ドラゴンでも飲み込む必殺の戦形陣とその手練手管。

それが呑龍どんりゅうである。


ジリジリと間合いを詰める5人。

アモンは動かない。だが5人の猛者のただならぬ気配に

後手に回るのは危険と判断したアモンが

野獣のごとき速さでその内の一人に拳を放った。

天を突くほどのアッパーカットである。


しかしその剛拳は、兵士のステップバックであっさりとかわされた。

元々抜刀隊は、パレナの戦士団に対抗するために各隊から

選り抜かれて編成された精鋭部隊である。

その才、錬度ともに折り紙つきであり、たとえどれだけスピードが

あろうとも、素人のアモンの初撃をかわすことは容易かった。


といっても、一対一でこのレベルの剛拳を連打されれば

かわし続けるのは困難であろう。

そしてそれをさせないための陣形である。


すぐさま、残りの4人がフォローに入る。

ステップバックしていた兵士も、すぐさま攻撃に移った。

5方向からの同時攻撃。

これをかわす術は一つしかなかった。


跳躍するアモン。尋常ではない脚力で3m以上浮き上がった。

これで彼らの包囲を抜けようというのである。

だが、これこそが呑龍どんりゅうの最終型。

すべてはこの悪手を打たせるのが目的の戦形であった。


アモンに遅れて飛び上がる5人。

再びアモンは囲いの中に入る。

そして繰り出される剣撃。


とても、かわしきれるものではない。

空中ではどんな達人でも動きが制限される。

しかも5方向からの同時攻撃。

万事休すであった。


その時、アモンの周囲を一陣の風が吹き抜けた。

その風が渦となり5人をさらに上空へと押し上げる。

これには、さすがの精鋭たちも声を上げて驚く。


物体が高速移動する際に生じる前向きの追い風

スリップストリームである。


アモンは先刻の天を突くほどのアッパーで

その現象を用い周辺に竜巻を起こしていたのだ。

すべてはフーリエンでの戦いで得た知識。

対ザケル戦に備えた必殺技。


しかもアモンの規模で行なわれたそれは

もはや強風などというレベルではなく暴風。

荒れ狂う竜巻は5人を受身が不可能な高さまで

押し上げていき、すべてを終わらせた。


地面に叩きつけられ昏倒する5人。

ふうと安堵の息を吐くアモン。

あの技がなければ危ない所であった。


備えるのは、弱さだと思っていた。

鍛えるのは卑劣なことだと思っていた。

しかし、それは違う。

違うとアモンは悟った。


極限まで鍛え、備えたザケルは強かった。

備えたゆえの強さがあった。

鍛えたゆえの正しさがあった。


ザケルの強さ。

あれはまさに人の強さではなかっただろうか。

獣では理解もできぬ高みを目指す強さ。

探究心が生む、学ぶ強さ。


ならば俺も学ぼう。

あの男と再び戦うその時まで。


そう決意を新たにしているアモンに泣きながら抱きつく少年。

アモンの身が心配だったのだ。


怪我がないアモンに安堵した少年は彼の頬にそっと口付けをする。

白目になるアモン。

彼が今回学んだのは、性と心は必ずしも一致するわけではないのだな、という

厳然たる事実であった。

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