第60話 タウン
【概要:アモン、少年を抱え無人の街を行く】
ロリュー・ケイヤ中央部。
アモンは誰もいなくなった無人の街をアルビノの少年を片手に抱き
歩いていた。
ギー軍残党とバザム軍の戦闘により、街の住人すべてが
避難してしまっているのだ。
動くものすべてに攻撃を加えるギー軍。
危険すぎて今では物取りすら残ってはいない。
辺りは不気味に静まりかえっている。
しかし、少年の心は辺りの不穏さとは対照的に
喜びで満ち溢れていた。
見たこともないほどに高いビル群。
光るネオンの輝き。鮮やかな色をした看板。
種々の装飾品。綺麗に舗装された道路。
少年の目には見るものすべてが新鮮であり、輝かしく写った。
その喜びが、不安や恐怖という感情を薄めていたのだ。
心の防御反応である。
長期のストレスからの解放が強い悦楽を産むように、
マイナスな出来事の直後は、どんな些細な事でも
強いプラスの感情を産むように人の心はできているのだ。
すべては心の均衡を保つため。
だがそれは同時に危うさも内包していた。
「ここは…天国なの?」
少年は、アモンにそう聞いた。
たしかに無人の街はどことなく未知の世界を連想させた。
たくさんの人の住まうハズの居住空間に誰もいないという奇異と
街並みのあまりの美しさが少年の心に神々の影を想起させたのだ。
だがアモンは答えない。
いや、答えられなかった。
闘技場での復活。クレバスへの落下。
そして今、あの大陸からの突然の帰還ワープ。
アモンの人生はまるで夢のような事柄の連続であった。
ならばここは現実ではないのかもしれない。
少年の言うように天国という場所なのかもしれない。
そう、わからないのだから答えようがない。
だが一つだけたしかな事がある。
衝動だ。
ここにはたしかに衝動があるということだ。
肉の喜びがあるということだ。
あるということは夢ではない。
あるという夢を見ていたとしても、それはたしかに
今ここにあるのだ。ならば何の問題もない。
アモンは答える代わりにパンプアップした。
一回り盛り上がるアモンの大胸筋。
その大胸筋に圧迫された少年は少し嬉しそうに呻いた。
その時、通りの角から長身の男が現れた。
その男を視認するや否や、少年は恐怖の表情を浮かべて
アモンにしがみつく。
男の放つ禍々しい気配に当てられたのだ。
人を殺した経験のある者が纏う独特の気配。
幼い生き物はこの手の気配に敏感である。
相手の性質を理解できないことは即、死に繋がるからだ。
アモンもこの手の気配には敏感であった。
しかし、特に慌てる様子もなく通りを進む。
長身の男も同様である。
お互いに敵意がないのがわかっていたからだ。
強者を渇望するアモンも、その気がない相手に襲い掛かるほど
野暮な男ではない。
しかも、今は片手に少年を抱いている。
戦える状態ではなかった。
アモンと長身の男。二人は相手を視認しながら通り過ぎる。
敵意がないのがわかっていても、お互い尋常ならざる気配を持つ猛者である。
互いに興味をもたないわけがなかった。
それに、アモンは少年を抱いていた。
長身の男はアモンたちを親子だと思ったのだ。
巨躯のアモンにアルビノの華奢な少年。母親の顔が見てみたくなる
実におもしろい組み合わせである。そういう物珍しさで見てもいた。
二人が車道を挟んですれ違おうとしていた時、
通りの角から巨大な影が現れた。
MABVである。ギー軍の多脚装甲戦闘車両だ。
MABVはアモンたちを見つけるや否や発砲してきた。
とっさに少年を庇かばうアモン。
数発がアモンの背中に当たるがアモンの極度に発達した後背筋により
弾はすべて弾かれていた。
さらに追撃を加えんと高速度で接近してくるMABV。
その前に長身の男が立ち塞がった。
そして片手をかざす。
その手の前で銃弾の軌道は変わり横へとそれた。
機体もまるで主を失ったかのように脇へとそれビルの壁面に激突、
そのまま沈黙する。
謎の技であった。
だがこれは超能力や気などというフィクションの力ではなく
長身の男が持つ列記とした肉体の力である。
助けられた形となったアモンは目で長身の男に礼をいい、
男もまたそれに目で答えた。
そして去る男。
男はこの後、先刻までアモンのいた秘密クラブへとおもむき
そこにいたメンバー・ギャラリー含め、数十人を皆殺しにしていた。
すべては彼の性質に根ざした行動。
もし、この男がアモンの顔を知っていたなら、あの場で勝負を
しかけてきていたであろう。
アモンは今や、パレナ人にとっての精神的支柱であり広告塔のような存在である。
ならばその国家を敵とみなすこの男がアモンを捨て置くわけがない。
男の名は、オックス・ガードナー。
すべての国家を敵と断じ、己の正義を押し付け続ける
狂気の
災禍に見舞われるケイヤの喧騒が
二人の猛者を呼び寄せ引き合わせたのだ。
幸か不幸か二人は、戦わぬままこの街での接点を終えた。
この後、二人が再び再開するかどうかは
神のみぞ知る所。
南から吹く風は何も答えてくれはしない。
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