第59話 クラブ

【概要:アモン、クラブで大暴れ】


ロリュー・ケイヤ南東部郊外。

そこに秘密のクラブはあった。


上階が紳士淑女が酒を嗜むバー。

地下がテアマト教の闇司祭たちが主催する件のクラブ。

そのクラブの催しを見学するためにこの日も多くの人間が

地下の祭壇の間に集まっていた。


薄暗い部屋の中央に石作りの台座がある。

そこに白い素肌の少年が裸で鎖に繋がれている。


透き通るように白い体であった。

アルビノである。

アルビノとは先天的な遺伝子の欠陥によりメラニン色素が

欠乏することによって起こる疾患。


ロリューでは古来よりアルビノの人間はその身に神秘的な力を宿すと

考えられており、その力を求め度々邪教徒たちに儀式の生贄として捧げられてきた。

今回もそのケースの一つではあったが、決定的に違うのは

儀式的な側面よりもショー的な要素がメインであるということだ。


その証拠にこの少年よりも前に

幾人もの少年少女たちが同じ石台で儀式の犠牲となっているが

彼らはすべてアルビノではなかった。


テアマト教の司祭たちも、もはや儀式で力が得られるなどとは

考えてはいないのだ。そんなことは夢物語であることは

彼らの長い歴史が証明していた。


だが、組織を存続させるには金が必要である。

自らの得意分野を生かし金を稼ぐ手っ取り早い方法がこの

惨殺ショーだったのである。


金も権力も手に入れた人間が最後に求めるのはスリルと興奮。

そしてそれを最も簡単に味わえるのが彼らのこの催しというわけである。


端正な顔立ちをした少年が恐怖からかカタカタと震え出した。

股間にさえ目をやらなければ少女といっても間違えるくらいの美少年である。

この少年が今から儀式の犠牲者となるのだ。

顔をフードで隠したギャラリーたちは興奮のためか、どよめいた。


儀式を仕切る司祭の指示の元、最初にナイフを入れる者が

前へと出て構えた。男は少年の耳元でこう囁く。


「大丈夫。痛みもなくすぐに終わるから」


これは真っ赤な嘘である。

最初の一撃は神経の集中する急所を狙うことになっている。

そしてすぐには死なぬよう出血を抑える機構まで備えた

特殊なナイフ。


男の狙いは少年を最大限苦しませること。

それがギャラリーの興奮をより長引かせるのだ。

男が少年に今しがたかけた言葉は彼流のジョークであり、

それがギャラリーに対してのお決まりの型になっていたのだ。


ここにはまともな人間は一人もいなかった。


男はナイフを両手で握り、ゆっくりと持ち上げる。

と、その時、その手を片手で掴んだ者がいた。


相当な大きさの手である。

その手が一瞬で閉じられ、ナイフを握った男の両手を

粉々に砕いた。


断末魔のような悲鳴を上げてうずくまる男。

傍らには巨躯の男がいた。


男は少年の体を縛る鎖を指の力だけで引きちぎると

その身に自らの上着をかけた。


このイレギュラーな展開にどよめくギャラリー。

しばらくして、数人の警備の者と思しき男たちがやってきた。

警備の男の内の一人はこの狼藉者を上回る巨躯を有している。


ゴリアテという大男である。

ドーピングに継ぐドーピングで肥大化した内臓が腹を

押し出しており、一見するとデブに見える。

しかし、そのパワーは人のレベルを超えていた。

ゆえに、ここの用心棒として雇われている男だ。


彼の得意技は、素手での解体。

以前にも儀式に参加し、哀れな少年を八つ裂きにしていた。

その惨殺劇は語り草になっており、彼のファンも多数このギャラリー内に

存在している。


そんな経緯もあり、サービス精神旺盛な彼は

突如現れたこの侵入者を華麗に"畳む"ことに決めた。

そして男の頭に手を伸ばす。

文字通り、そのまま力を下へと加え男を"畳む"ためだ。


首を折り、背骨を折り、腰を折り、足を折る。

最後に残るのは、肉の敷物。

そんな馬鹿げたマネができるほどの膂力が彼にはあったのだ。


数秒後、肉の敷物はできあがる。

もっとも、敷物になったのはゴリアテの方であった。

男の方が逆にゴリアテをその驚異的な力で畳んだのだ。


あっけに取られている警備員たちを尻目に男は、

少年を抱えて跳躍した。

上階との壁は防音のため通常よりも2倍ある壁で仕切られている。

その壁をまるでウエハースのように割りながら上へと飛び上がったのだ。

この男の力はまるで人知を超越した神のよう。


男の名はアモン。

壊し屋の異名を持つ、禁忌の荒神。

アモンが今、争乱の最中にあるケイヤの地に立ったのだ。


彼の目的はただ一つ。

より強き相手との邂逅。

そしてここには、その予感がある。

それも良く見知った者の気配が。


アモンは恐怖のため首元にしがみつく少年に

戸惑いながらも、その歩を進めた。

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