第26話 キャノン

【概要:アモンvsブッチャー決着】


アモンvsブッチャー


戦いはブッチャーの怒涛のラッシュで

佳境を迎えようとしていた。


ブッチャーの大砲のような拳が

アモンの体へ雨あられと降り注ぐ。


吐血しながらズリ下がり続けるアモン。

ダメージ量は相当なものであろう。


ブッチャーは勝利を確信しこう言った。


「弱い。弱いね。アモンちゃん」


「おめえ程度の奴なんざ。大戦時にはいくらでもいたぜ」


「俺の拳はそいつらをすべて肉塊に変えてきてんだ」


「今さらてめえなんぞに、てこずるかよ」


「"あいつら"の介入さえなけりゃあの戦争は俺らのモンだった」


「拳聖ナザレは負傷し、パレナの首都までもう少しって所だったのに…」


「あれさえなきゃ、俺もこんな所でくすぶっちゃいねえんだ!」


「くたばれやアモン!てめえをぶっ殺してパレナのクソ野郎どもの

 鼻をあかしてやるぜ!」


街はずれにまで押し込まれたアモン。


そこで、時計塔の鐘がなる。


ムラサキの恩人。

あの時計職人の老人が作製した時計塔の鐘。


もし存命ならブッチャーの悪行を決して捨て置かなかったであろう老人の。


本能を凌駕する深い思慮とやさしさで、人に接し続けてきたあの老人の作った

人類の平安と繁栄を祈る希望の鐘の音。


それが、アモンの耳に届いた時、アモンは街と自分たちが

ずいぶん離れたことを知った。


もういいだろう。

この辺りで。


アモンは、殴られながら上体を起こした。

反撃の準備に入ったのだ。


ブッチャーの猛攻に

打ち返せなかったのではない。


自分が本気のパンチを打てば、

街も住民も無事には済まない…


そう考えて、あえて反撃をしなかったのだ。


しかし、もうその必要もない。


ブッチャーの背筋に悪寒が走る。


大砲の直撃をもらいそうになった時。

戦車に頭を踏まれそうになった時。

拳聖ナザレの貫き手で負傷した時。


ブッチャーが生命の危うくなった場面場面で

感じた電気にも似た戦慄。


それが今まさに、彼の体を走り抜けているのだ。


そして、彼の本能が感じた今回の危機のビジョンは…


『巨砲』であった。


それも見たこともないほど大きな。


ブッチャーが昔、図鑑でのみ参照できた巨大な旧世界の戦艦。

それの主砲並のサイズである。


ブッチャーは図鑑をみながら思ったものだ。

この大砲を撃ったらどれだけの被害がでるんだ?


幼き頃のブッチャー。まさかそれを自分の体で

体験することになるとは思ってもいなかったであろう。


そして放たれるアモンの一撃。


大気は揺れ、大地は震え、人々は戦慄した。


爆音とともに100m先の建物の窓はことごとく割れた。

そして150mは吹き上がった土煙。

大地に生じた20mを超えるクレーター。


これがブッチャーの求めた答えである。

しかし、クレーターの真ん中で絶命している彼には

もう関係のない話ではあった。


すべての決着はこの一撃でついたのだ。


アモンはブッチャーの死亡を確認すると

クレーターの上へと上がっていく。


そこで彼は予想外の者を見た。


ムラサキだ。

ブッチャーの所有物となり、今しがた

通りの向こうで大怪我を負ったはずのムラサキが、

片手に子供を抱いて立っていたのだ。


痛々しくも左の乳房は垂れ、折れた左腕も下に下がっていた。


肺も痛めているらしく苦しそうに呼吸し、

足も震えている。


身重の身で、これだけの重傷を負いながら子供を右手に抱き、

アモンの元まで歩いてきたのだ。この女の胆力も並の者ではない。


驚愕の表情を見せるアモン。

彼女は子供を下ろすと、アモンの足元にひれ伏した。


土下座である。


彼女の故郷に伝わる伝統的な謝罪のスタイル。


だが今回のケースでは"感謝"の意味を込めているのであろう。


10年におよぶブッチャーの呪縛からの解放。

それをこの街とムラサキに何の縁もゆかりもないアモンが

なし遂げたのだ。


感謝せずにはいられなかった。

ゆえに、重傷の体を引きずりここでアモンを待っていたのだ。


ムラサキは小刻みに震える体を律しながら

負担のかかるその体勢を続けた。


そこで、子供が母親とアモンの間に割って入った。

目には怒りがこもっている。


どうやらアモンを母親の敵と認識したようだ。

アモンは困った顔で頭を掻いた。


その時、アモンの筋肉が語りだした。

誰にも聞こえぬ、声なき声。

筋肉の律動。


『そうだ』


『それでいい坊主』


『その無謀こそ』


『実に"人"らしい』


アモンは、睨む子供とひれ伏す母親を

同時に抱え上げ歩き出した。


病院に連れていくためである。


自身もムラサキに負けず劣らずの

大怪我を負っているにも関わらずに、である。


弱った雌を気にかける雄。

これもまた本能に根ざす人の心。


街の男の筋肉はアモンのその姿を見て

一斉に震え出したという。

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