第25話 ホイール

【概要:アモンvsブッチャー】


アモンvsブッチャー。


その口火を切ったのは何と

ブッチャーのアモンに対する子供じみた罵倒であった。


名乗り合ったわけではないが、

その風貌からこの男が噂のアモンだと看破したブッチャーが

逢瀬を邪魔したアモンを皮肉まじりになじったのだ。


だがアモンは動じない。

黙って一歩踏み込む。


その時、アモンの予想を大きく裏切る行動をブッチャーが取った。


何と、背を向けて走り出したのだ。


まさかの逃走である。


男同士の闘争は望む望まぬに限らず

プライドを賭けたものとなる。


そのプライドをかなぐり捨ててブッチャーは

逃走を計ったのだ。


これにはアモンも動揺の色を隠せなかった。


だが、ブッチャーは、一定の距離が離れた所で踵を返して

アモンの方へ向き直った。


それもただ向き直ったのではない。

投球フォームに入っている。


女だ。

ムラサキだ。

ブッチャーがさきほどまで逢瀬に励んでいた相手。


そのムラサキの片方の乳房を掴み

今まさに、こちらに投げ飛ばそうとしているのだ。


逃走はアモンを動揺させるためのフェイクであった。

ブッチャーはこの球を拾いに走っていたのだ。


直後、ブッチャーの剛腕がうなりを上げ、ムラサキは

アモンに向かって投げつけられた。


その勢いでムラサキの乳房の靭帯は瞬時に破断。

強烈な痛みが彼女を襲う。


さらに受け止めたアモンの体にぶつかった衝撃で

体の骨を数本折り、内臓も痛めていた。


アモンがもし、彼女をかわしたとするなら、

後ろの建物に激突し即、絶命していたであろう。

それほどのスピードが出ていたのだ。


吐血し、地面に倒れようとするムラサキ。

彼女の体を支えようと手を伸ばすアモンの隙を突き

ブッチャーが強烈な一撃を繰り出した。


それはまるで、大砲の一撃。


当たったものを打ち砕かずには

おかないであろうほどの剛拳。


それを顔面に受け、大きく仰け反るアモン。

衝撃で数メートル後ろにズリ下がった。


顔面から出血し、かなりのダメージを受けていた。


しかし、ブッチャーは止まらなかった。


次々と繰り出される拳・拳・拳。


大砲のごとき一撃が矢継ぎ早にアモンを襲う。


ブッチャーのその動きは拳法の動きであった。


劈掛掌。(ひかしょう)

腰を支点に上体を左右に振り、

両手を振り回すようにして連続攻撃する拳法である。


腕を風車のように振り回し、

曲線的な歩法で側面や後ろに回り込み反撃の

スキを与えない連続拳は脅威の一言。


ブッチャーはそれに加え、八極拳の必殺性、

詠春拳の連打性を独自の解釈でブレンドし、

融合させ、無敵の拳技を創始していた。


その名もホイール・パンチ。


一度動き出したら止まらない

最凶の大車輪。


事実、彼はこの技で屈強なパレナの戦士たちを

物言わぬ肉塊へと変えてきた。


まさにブッチャー(肉屋)の名に相応しい技である。


この猛攻を受け、ただ打たれるだけになったアモンは

長い路地をひたすらズリ下がっていった。


めくれる街路。

破壊される建物。


この異常な事態でも街行く人々は

何食わぬ顔で通りを横切っていく。


これがこの街の住人の処世術であったのだ。


長いものには巻かれ、臭い物にはフタを。

何も見ない。それゆえ何もしない。


それどころか、街を守るために体を張り

ブッチャーの所持品にまで堕ちたムラサキを

嫌悪までしていた。


宗教色の強い街ゆえ、街の往来で所構わず

逢瀬に励まれれば、無理もないことではあったが、

理屈で考えれば彼女を嫌悪することなどあってはならない。


だが人は嫌悪する。何故か?


それは、それが人の本能であるからだ。

本能に根差す"努力は必ず実るもの"とする強い信仰。


現実的にムラサキの努力は実らず

こうして苦渋を舐めているにも関わらずに、である。


長い時間をかけて物事に従事しなければ

生命を維持できない人間という種にとっては、

努力が無駄になることもある、などという

発想自体があってはならないことなのだ。


そして事象の仔細さえ論じられず人はこう考える。


努力が実らないのは、その者が努力を怠っているのだ。

悪い事の起きた者には、それを引き起こす原因があるのだ…と。


公正世界信念という社会心理学の一説である。


つまり、街を守るために戦ったムラサキが

このような目に合っているのも、すべてムラサキ自身に

原因があり、ムラサキが悪い人間である、という考え方だ。


これは理不尽であり、とうてい理屈には合わない考え方である。

しかし人は宗教の有る無しに関わらず本能でそう考える。

そういう生き物であるのだ。


くしくもブッチャーという悪魔の出現が

街の住人の本性をさらけ出す形となっていた。


そしてそれは今後も続くだろう。

この巨凶を倒さぬかぎり…


ブッチャーの大砲のような連撃は、留まることを知らず

さらにその勢いを強めていった。


アモンは、ただただ打たれ続け街の外まで押し出されていく…


その時、街の時計塔から昼時を告げる鐘の音が聞こえた。


これは終わりの音。

終焉の合図。

死神の到来を告げる警鐘。


その音を聞き、血みどろになり仰け反っていたアモンの動きが止まった。


そして次の瞬間。


恐るべき破壊行為を実行する。


アモンvsブッチャー決着の時!

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