第24話 パープル

【概要:ムラサキという女】


大陸の向こう、小さな島国に

ムラサキという女の武人がいた。


彼女は十代にして類稀なる才能を発揮し

自国の格闘大会をことごとく制したほどの

拳法の達人である。


そんな彼女は弟の死を切欠に、家を出て

放浪の旅を始めた。


海を越え、山を越え、そして辿りついたのが

ピジョーという古い街であった。


街はずれで行き倒れていたのを

時計職人の老人に助けられたのだ。


その後、ムラサキは老人の家で共に暮らすことになる。

そして老人から職人の技術を学ぶことになったのだ。


老人は、常々ムラサキにこう言っていた。


「同じようにできる必要はないんだよ」


「揺らぎがあなたの個性になる」


「たとえダメでも」


「それでも世界は回っていくものさ」


そう言って老人は笑った。

この言葉を聞くとムラサキはいつも悲しい気持ちになる。


そう、同じにできる必要はなかった。

人より抜き出た才能もいらなかった。


では何故、弟は死なねばならなかったのか?


ムラサキの弟は

姉に比べて自分の才能の無さを恥じ

自らの命を断っていたのだ。


拳法道場の跡取り息子としての責任、まわりの期待。

幼い心には、どちらも重すぎるものであったのだろう。


この老人のように言ってあげられる者が一人でもいたなら

運命は変わっていたのかもしれない…


いや、そうではない。とムラサキは思った。


他人は関係ない。

私が弟を追い込み、そして死に追いやったのだ。


女だてらに、拳法を齧り、男たちを負かして

得意げになっていた自分の浅はかさ。


何の抵抗もできず才能に蹂躙され

居場所を奪われていく者への配慮。


それが自分には決定的に欠けていたのだ。

配慮は弱さだと思っていた。


しかし、こうしてブッチャーの

私物と化した今ならわかることがある。


才能や努力程度ではどうにもならないこともあるのだ。

それが身に染みてわかった。


この絶対的巨凶の前ではすべてが無意味。


ムラサキはブッチャーの凶悪な責めの前に

痛みと悔しさの余り大粒の涙を流す。


それは後悔の涙。


弟を死に追い込んだことへの。


街を荒らすブッチャーに無謀にも挑んだことへの。


腕を破壊され今は亡き老人の後を継ぐという夢がもう叶わないことへの。


そして子供への…


無限の悔恨の涙。


その時、ブッチャーの動きがふいに止まり、

通りの後ろを振り返った。

ムラサキは地面へと逃れ後ろを振り返る。


そこにはマッチョのブッチャーを超えるほどのマッチョ。


アモンが立っていたのだ。

ブッチャーのハント依頼を受けての登場であった。


その体はすでにパンプアップ済みであり

臨戦体勢は整っている。


ブッチャーは、口角を歪ませニタリと笑うと

ズボンを上げて向き合った。


巨凶vs巨獣


はたして勝負の行方は…?

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