第23話 ブッチャー

【概要:ブッチャー登場】


ロリュー南東部にある寂れた酒場。

そこにガスマスクを装着した男がいた。


マスクの脇からチビチビと酒を飲んでいる。


異様な光景だが大戦中の怪我で顔を大きく損傷しており、

それを隠すためにマスクが手放せないのだ。


彼の名はウォーム。ロリューの軍人である。


彼は数度に渡ってアモンのヒットを計画した男であった。

そしてそれがことごとく失敗に終わり荒れているのだ。


「アモン…」


そうつぶやきグラスを力いっぱい握り締めた。

目は血走り、その声には怒気がこもっている。


自分で言い出した暗殺計画ゆえ、よけいにギー少佐に申し訳が立たない。

そう考えているのだ。


「ブッチャーを呼べ」


ウォームはそろりとそう言った


その言葉に周りの兵士たちは戦慄しザワめく。


虐殺者ブッチャー。

大戦時に活躍した元軍属の男である。


たった一人で1000人を超える首級を上げ、

大いにロリュー軍の士気を高めた男。


しかし軍規に違反すること352回。

殺した友軍の数、実に158人と大変厄介な男としても知られており

そんな男を招集するという信じられない言動が

先刻の兵士たちの動揺に繋がったのだ。


次々にウォームに苦言を呈す兵士たち。

それらの声を一喝し、ウォームはこういった。


「銃弾の雨を掻い潜って戦い続けた屈強な兵士は他にもいるだろう」


「だが銃弾を浴びながら嬉々として殺し続けた男は奴だけだ」


「アモンの相手に相応しい男だと思わないか?」


ウォームの鬼気迫る表情と声。

もう後には引けぬ者の必死の形相。


それを見て説得は不可能だと判断した部下の一人が

こう切り出した。


「それなら私に妙案があります」


ウォームに耳打ちする部下の男。

ガスマスクの下に笑みがこぼれた。


所変わってロリュー中央部にある街ピジョー。


時計技師の街として知られ、都市計画に沿って

建設された町並みは整然として綺麗である。


そんな街並みにそぐわぬ巨凶の男がいた。


彼の名はブッチャー。


男はタバコを吸いながら馬に乗り街を散歩するのが

日課の男であった。


その馬とは、後ろ手に縛られた裸の女である。

体に残る無数のアザが痛々しい。


その女が大きな臨月の腹を揺らしながら大男を

背中に乗せて歩いているのだ。


この異常な状況にも街の人間はそ知らぬ顔で脇を通り過ぎる。

もはやこれがこの街の常識であった。


女の目に通りの角からこちらをうかがう子供の姿が見えた。


まだ幼い我が子。

孤児院に引き取られてはいるがまだ母親が恋しいのだ。


歩いていけば数分と立たずに会いにいける距離である。


しかし、彼女と子供の間にはその距離では計りきれぬほどの

大きな隔たりがあったのだ。


目に大きな涙を溜め、見つめ合う親子。


唐突に男に進入され女は悶えた。

往来の真ん中で、である。


こんな狂った日常がもう10年にも及んでいるのだ。

しかし女になすすべはなかった。


巨凶の男ブッチャー。


この古い街の中で彼に逆らえる者は誰もいない。

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