第12話マッスル

【概要:アモンvs黒豹チャゴ】


ジーコニア・エンブリースタジアム。


ここでは、ある法案可否を巡る争いに終止符を打つべく

決闘が行なわれようとしていた。


話は数日前に戻る。


とある法案をめぐる争いで負傷した女議員をパレナから派遣されてきた

ライドーと名乗る交渉人が見舞ったのだ。


交渉人は彼女の惨状を見て、事態を把握。

国民投票の日程をずらしてはどうかと言った。


もちろん女議員はすぐさまこの申し出を断る。しかし、それも

予測済みであった男は、ある提案を持ちかけた。


それがパレナに伝わる決闘法イェルポンパによる解決策であり、

彼の力強い説得が始まる。


決闘法イェルポンパ。

"女王に捧げる"という意味の、古式縁の決闘法である。

ルールは素手であるということ以外、特に設けられてはいない

デスマッチともいえる過酷な決闘法であった。


古代パレナの王族たちは、この決闘で親族間または、他国との諍いを

平和的に治めたのである。


これを使って両者の問題を解決してはどうか、との男の提案であった。


もちろんこの決闘法には今や何の拘束力もない。

決着がついても、それに従う義務はどちらにもないのだ。


さらには、法案成立後のジーコニアへの武力介入には

国民投票が必要不可欠であり、勝負じたいが互いに

ナンセンスなものであった。


だがメリットはあると男は続けた。

どういう形式であれ、一度は決着がつくというのが肝なのだと。


もし、勝利という結果が得られれば反故にされても

今後、パレナが干渉しやすくなる素地ができ、

たとえ負けても拘束力などないのだから、デメリットは少ない

だろうとの考えである。


男の粘り強い説得に応じ、女議員は彼にすべてを託すことにする。


男はさっそくヤクザ側の男たちとも交渉を始めた。

当初は難航するかに思われた交渉は意外にもスムーズに運び

彼らに決闘での決着を受諾させるに至る。


これは事前にジーコニア麻薬の最大顧客である

パレナの闇商人に口利きと麻薬関連での取引量を大幅に

増やすように根回ししていたのだ。


表にも裏にも通じ、そしてそれを分け隔てなく使える男。

それがこのライドーという男の性質であるらしかった。


そして、数日後。

イェルポンパの決闘会場であるエンブリースタジアムの中央に

各代表である両雄は集った。


一人は、女議員側の代表、アモン。

一人は、ヤクザ側の代表、チャゴ。


チャゴは女議員の体を喜々として破壊し続けた狂気の男であった。


武闘場中央に揃い審判から説明を受ける両雄。


唐突にチャゴはアモンに呪いは信じるかと問うた。


アモンは無言であり、違うとも信じるとも言わなかった。


構わずチャゴは続ける。


「俺はこれでも幽霊を信じていてね」


「呪われるのが恐くて、恐くて……」


「でも、今はそんなモンはないと断言できるね。なぜなら

 星の数ほど女をぶっ殺してきたが、霊を見たことも

 殺されそうになったことも、ただの一度だってねえからさ」


「知ってるか?ナヤーマのやつら死ぬときゃ

 決まって相手に呪いをかけやがるのさ。まったく、エげつない野郎共だぜ。

 黙っておっ死んどきゃまだかわいいもんをよぉ」


アモンは答えない。黙ってチャゴを見つめる。


「何で俺がこんな話をするかわかるかい?これから無駄死にする

 野郎に対して、せめてもの情けってことで。いわゆる忠告さ」


「この世にゃ霊も呪いもない。たぶん天国も地獄もな。

 もし、てめえが次の世界を信じてる脳内お花畑野郎なら今すぐ、

 ここから逃げ出してママのおっぱいしゃぶりに行くこった」


「俺は野郎とイチャつく趣味はねえんでな。そっちの方が助かるぜ!」


そういってチャゴは下卑た笑いを浮かべ、ゲラゲラと笑った。


アモンはそれを受けてポケットから一房の髪を取り出した。


「あん?なんだいそりゃ?」


アモンは静かに答える。


「コレは呪いさ」


そういってアモンはその場を離れた。

しばらくワケが分からず呆気にとられていたチャゴも

鼻で笑い武闘場中央から引き上げた。


あの髪はジーコニアの下に位置する貧国ナヤーマの女の遺髪であった。


ちょうど無法な暴力により蹂躙され事切れる直前に女が

通りがかったアモンに手渡した自らの髪であったのだ。


それは殺しの依頼料。

朦朧とした意識の中アモンを闘神と見間違えた女の

最後の願い。


アモンはそれを受け取ったのだ。


武闘場脇には、車椅子に乗った女議員と団体のメンバーたちが

固唾を呑んで見守る。


そして会場は多数の男たちで溢れていた。この決着に国の行く末が

かかっているのだ。見守らないわけにはいかなかった。


交渉人であるライドーは、同時に武道家でもあった。


彼はチャゴの異常に発達した筋肉や体さばきを見てチャゴが

ボクシング修得者であることを看破。


そしてその滲み出る異様な戦力に危険を感じ取り、

アモンに忠告しようとする。しかしアモンはそれを目で制した。


「問題ない」


「すぐに終わる」


試合はその言葉どおり、すぐに終わった。


ドラの音が鳴らされ、黒豹がごとき素早さで踊りかかってきたチャゴに

雷光のようなアモンの下突きが決まったのだ。


血反吐を吐きながら空に打ち上げられるチャゴ。


その体が地面に落ちた時、すでに目に生気はなかった。


直後、怒号のような歓声に包まれるスタジアム場内。


ライドー、女議員たちは呆気にとられている。


そしてゆっくりとアモンの巨体が動き、あるポーズを取った。


両の手の甲を内側に向けながらその手を頭の上に上げ少し広げた状態。

オリバーポーズである。


無残に儚く散ったすべての命に対する

慰霊の念が篭った渾身のオリバーポーズ。


究極といっても過言ではないほどに張り詰めた肉体が

このポーズでより際立ち観客を魅了、歓声を上げさせる。


だがそんな歓声もほどなくして一斉にやむ。

観客の男たちの体が一斉に震え出したのだ。


それは怒り。筋肉たちの無言の抗議。


アモンの強大な力と筋肉にあてられ、

モノ言わぬ観客たちの筋肉が一斉に騒ぎ出したのだ。


『それぞれの事情があっただろう』


『逆らえば無意味に殺されて終わっただろう』


『自分には何もできなかったかもしれない』


『だが、それでも。』


『だが、それでもッ!!』


『女・子供だけ矢面に立たせて、いったい何のための筋肉かッッ!!!!!!』


そういって筋肉たちが自らの主人に無言の抗議をしたのだ。


それを本能で悟った男たちはただただ泣いた。

悔しさで、惨めさで、申し訳なさで。


女たちも女議員も泣いた。

もう帰らぬ者たちを想って。


そしてライドーは臨時雇いの男の予想外の戦力に

感嘆のため息を漏らす。


春風吹き荒ぶエンブリースタジアム。

ここは、翌年に国民投票の会場となり、

女議員たちの法案は賛成多数で可決されたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る