第6話シャーク

【概要:アモンvs鮫】


大海原を前に手製の竿を振る巨躯の男がいた。


アモンである。


その彼の頭を高速度でこづいてまわる小さな影があった。

だがアモンは微動だにしない。延々と竿のチェックをするのみである。


しかし彼は影のその攻撃性の弱い疑攻の気配から

それがモビングであることを悟った。


モビング。

一部の鳥類が己が強さを誇示するために行なう威嚇行動の一種。

自分よりはるかに大きいフクロウを動きの鈍くなる昼間を狙って

ここぞとばかりにこづきまわるセグロセキレイなどの例が有名である。


しかしその羽音は鳥類特有のものではなかった。

どちらかというと昆虫類。それも蝶のような優雅さと蜂のような激しい

リズムを刻む奇妙な羽音であった。


羽音の主に興味が沸いたアモンは、高速度で飛来するそれを

難なく指で捕獲した。指先に伝わる感触と弾力。

それは昆虫でも鳥でもなく人のそれに似通っていた。


フェアリーである。


フェアリー。

ミスミの森に棲むといわれる人型の有羽生物。

その姿は人の女性に似て美しくコレクターの間では

億単位の金額で取引されるという。


「○$ΡΜΨッ!!!」


捕獲されたフェアリーは、何事かをまくし立てながら狼狽し

暴れた。


アモンは彼女を顔の高さにまで持ち上げその姿を確認すると、

あっさりと手を離し、また再び竿のチェックを始める。


通常、一匹捕まえるだけで一財産できるといわれるほどの

希少種フェアリーを逃がすことなどありえなかった。


だが、アモンの興味は羽音の主の正体を知った瞬間に終わったのだ。

それ以外のことは彼にとってどうでもいいことである。


しかし、アモンのこの行動に逆に興味を示したそのフェアリーが

アモンに話しかけてきた。人の言葉を話すフェアリー。

これも大変に希少なことである。


口数少なく応対するアモンに矢継ぎ早に話しかけてくるフェアリー。

その大半がどうでもいい世間話ではあったが、わかったことがある。

それは、


・彼女の名がアギーだということ。

・彼女は人とフェアリーのハーフであること。

・両親とは事故で死別し妖精の住むミスミの森に来たこと。

・ハーフであるため他の妖精より非力であり仲間に入れてもらえないこと。

・そこで巨躯のアモンにモビングし、遠くで見ている仲間たちに

 自分の強さを認めてもらいたかったこと。


などなど、妖精アギーはとうとうと語った。

当初は黙って話を聞いていたアモンだが、ゆっくりと口を開く。

妖精が話した、ある言葉に引っかかったのだ。


「強さとは…」


「認めてもらうものではない」


「えっ?」


雰囲気の変わったアモンにたじろぐ妖精アギー。

そんなアギーを尻目に、アモンは、鉄製の竿を大きく振り上げ、

海原へと振り下ろす。


糸の先端の碇とも形容できる大きな針は

勢いよく飛び、海中に突き刺さる。


直後、その針は何モノかに引っかかった。


途端にアモンの上腕に、力が篭る。

遠くで激しく上がる水柱。


そして、その水柱は、徐々に近づいていき……


全長18mの巨大鮫、グランシャークといわれる

魔獣が口を開けて襲いかかってきた。


「強さとは…」


「認めてもらうものではない」


「強さとは」


「認めさせるもの」


アモンは鮫の頭部に拳を打ち下ろした。

鉄槌といわれる空手の技である。


だが、アモンの人並み外れた膂力で振るわれたそれは。


まさに破城槌ともいえる威力にまで跳ね上がり、

鮫の頭蓋骨を容易く粉砕する。


「あわわわわ……」


あまりの事態に再び狼狽し始めるアギー。

そんな彼女に、構わずアモンは帰り支度を始める。


この周辺海域を荒らし回る鮫のハント。

それが今、終わったのだ。長居する理由もなかった。


崩ぜんとするアギーに目であいさつし

その場を去るアモン。


その後、彼女は巨大鮫を一撃で倒した怪物にモビングした女として

仲間たちから英雄として扱われたという。

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