第7話ソニック

【概要:女囚マシラ登場】


パレナ領にある監獄離島。

そこにその女はいた。


肩幅は広く恵体。


腕も足も太く、後ろから見たなら

屈強な男に見間違えたことだろう。


だが正面から見たなら

艶かしく張り出した胸と、十代にさえ見えるほどの童顔と体との

アンバランスさが妙な色っぽさを醸し出し、どうみても

女にしかみえなかった。


彼女の名はマシラ。

軍人、テロリスト、活動家と

様々な顔を持つ、闇の人間の一人である。


血と死臭に彩られた数々の殺し《経歴》。

彼女を囲う分厚い強化ガラスは

そのまま彼女の危険度を物語っていた。


「ねえ、見て♪」


彼女はガラス越しに周囲の警備員に話しかけた。


だが彼らは答えない。彼女は大型の猛獣のようなものである。

彼女と敵対するのも危険ではあるが、気に入られるのも十分に致命的であり、

ゆえに、彼女との会話は禁止されているのだ。


「じゃん!どう?至福(しふく)!」


マシラは、至福と書かれた習字をガラス越しに警備員たちに見せた。

彼女の作品である。


彼女は毎朝全裸で習字をするのがいつしか習慣になっていたのだ。


「至福……この上ない幸福って意味よ。やっぱり

 女に生まれたからには求めてもいいものじゃないかしら?」


そういってマシラは席を立ち、歩を進める。


「ふふ、まあいっか……」


そしてガラスの前に立ち、掌をガラスにピタリと押し当てた。

この不審な行動にも警備員は微動だにしなかった。


数々の耐久実験の経て、開発されたこの分厚い強化ガラスは

7トンある巨象の体当たりでさえビクともしなかったことを

彼らは知っているのだ。


彼女が何をどうしようと、これにヒビさえ入れることは不可能であると。


「はい♪では注目!」


「ここに~♪この掌をこうギュ~って、押し当てるでしょお♪」


「そしたら、こうよ。こう。わかる?」


マシラがガラス越しに張り付けた手の平が蛇のように

蠕動しているのがわかる。


トリックタッチというマジシャンの使う技法である。

手の平だけでコインを持ち、ボタンを外し、物を取るための技である。

マジシャンはこれができる掌を作るのに7、8年の時間を費やすという。


「こうやってぇ♪空気を外に押し出してるの。わかる?

 今、この手の中、真空よ。真空」


「でも、これだとただの強めの吸盤でしょ?

 だから、こっからがキモなんだけどね…」


「少し、ほんの、少しだけ」


「壁と掌の中に隙間を作るの」


「すると……ね♪」


突如、マシラの掌から響きわたる爆音。


強化ガラスは一瞬で砕け散り、警備員は昏倒。

正面のコンクリート壁には大穴が開いていた。


真空は隙間を嫌う。

科学書に記載されている言葉である。


マシラの掌の中で広げられた真空は隙間を埋めようと

マシラの掌を急激に引き寄せ高速度でガラス壁に打ち当てたのだ。


その速度は音速を超えるといわれ

生じた衝撃破はあらゆるものを打ち砕くという。


「どう♪これぞ、必殺"音速掌打(ソニックショット)"ってね♪」


「コツは、ソフトリィ&ウェットリィ《やさしく たおやかに》♪」


「さあてと、じゃあ遅めのバカンスに行きましょうか♪」


マシラは、自分が空けた大穴から一息に跳躍し

寒空の海へと飛び込んでいった。

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