第13話 最低な相棒契約(中)
「……ふぅ、やっと静かになったか」
耳障りなアナウンスもセキュリティシステムの作動もない事を確認し、インクは崩れ落ちそうになりながら外へと出る。
「……中で何があったの?」
入り口の傍に立っていたテレサが、インクのフラフラっぷりを見て眉を寄せる。
「……何でもねぇよ。入っても大丈夫だ」
説明する気力すら湧かないほど疲労困憊になっていたインクは、テレサが口を開くよりも早く踵を返す。
その後を追ってテレサとゼル、ニアが続く。
「ところでインクさん? 何で中がこんなにボロボロになってるの?」
「……知らん!」
抑揚のない声で話しかけてくるテレサの顔を直視しないように、インクは頑なに振り向かずに歩を進める。
「つーか、何だ、この禍々しい照明は?」
ゼルは赤い光が照らす室内を見回しながら訝しげに呟く。
インクが派手に破壊した扉があった穴をくぐると、テレサでも見たことがない機器類が部屋中に並んでいた。
今まで数多くの発掘物や論文などで見たスケッチや写真にもない、用途不明の代物だった。
「……すごい。こんなの初めてだわ」
半ば放心しながらも、子供のように目を輝かせながら見入っていた。
平べったい硬質の物質で出来た板に浮かび上がる、よく分からない文字や数字、グラフの数々。
チカチカと蛍のように点滅を繰り返す、何かの計器類。
その中で赤く染まった画面に浮かんだ瞬く大きな文字と、徐々に減っていく数字がテレサ達の目に入った。
「何を書いているのかしら? 見たことがある神代文字だけど……」
テレサは首を捻りながら、肩に掛かっているバックから一冊の本を取り出す。
それをパラパラと捲りながら、交互に画面と本を見る。
「ビンゴ。出土割合が多いから、これなら翻訳出来そう」
テレサは眉を寄せて、画面に羅列されている内容を解読し始める。
「えーと……警告? ……重要……守る……」
所々分からない単語が並んでいるため、しかめ面をしながら文章にするのに苦戦している。
「うーん?」
そんなテレサの肩越しからひょこっと顔を出したニアが画面を眺める。
「警告。セキュリティシステムが侵入者に突破されました。機密保持の為、自爆装置を起動します。爆発まで後、一分三十秒」
『……』
そう読み上げたニアに、テレサとインク、ゼルの顔が向いていた。
三人と目が合ったニアは、ニコッと笑みを浮かべ返す。
「――って笑ってる場合か! 逃げるぞ!」
ゼルの引きつった大声に、呆然としていたインクとテレサが我に返る。
表示された数字は既に三桁を切っている。
「ねぇ、これ解除出来ないの?」
真っ先にニアを抱えて飛び出したゼルを追おうとしたインクを、テレサはその袖を掴んで引っ張る。
「出来るかアホォ! 俺は賞金稼ぎで、爆弾処理のプロじゃねぇ!」
「……ええ? そんな、勿体ない」
テレサは未練深げに機器類を見ながら、場違いな台詞を吐く。
「大体、こんな未知の爆弾を一分以内に解除するなんて、その道のプロでも無理だろ! ぼさっとしてないで、さっさと逃げるぞ!」
インクはテレサに言いながら、その身体を抱き上げる。
だが、予想以上の重さが腕にかかり、二人揃って引っ繰り返りそうになった。
「……チッ! ここまでへばってやがんのか」
辛うじて踏みとどまったインクは忌々し気に震える足を一瞥する。
「ちょ、ちょっと、待ってよ!」
「ヤダね! 俺はこんな機械と心中するつもりはないんでね!」
インクの腕の中で慌てるテレサを無視し、鉛のように重い足を引きずりながら必死に走る。
建物の外へ出たインク達を先に飛び出していたゼルが大きく腕を振って声を張り上げる。
「早くしろ! 残り二十秒しかねぇ!」
「――嘘だろ!?」
チラリと後ろの建物を見るインク。
爆発の規模がどれぐらいかは分からない。
だが、建物を木っ端微塵に吹っ飛ばす威力と考えれば、今からどれだけ走っても安全圏へは逃げられない。
そうなると、出来る事は一つ。
「――クソッ! インク、鍵を使え!」
ゼルもインクと同じ結論を導き出し、インクへと叫ぶ。
ただ、インクは鍵を使いたくなかった。
何故なら、今の体力が余りにも少なすぎたからだ。
「……もう嫌だ! こんな役目ばっかり!」
インクは本心をやけくそにぶちまけながら、鍵を発動させた。
その直後、周りの景色が白い光に搔き消された。
分厚い砂埃が舞う中、インクは震える腕を突き出したまま立っていた。
「……もう……ダメだ」
うわ言のように呟きながら、糸が切れた人形のように仰向けに引っ繰り返る。
再び体力を根こそぎ使い果たし、足腰に全く力が入らなくなっていた。
「……なんつー威力だよ」
ゼルが顔を引きつらせながら辺りを見回している。
徐々に晴れてきた視界に映る物は地面以外に何も見えない。
自爆装置は機密保持の為の爆発の範疇を超えた破壊を振り撒いていた。
「それだけ相手も本気で私達ごと消そうとしたのかしらね。爆発の威力はエネルギー量から逆算すると、初期型の原子爆弾数発分といった所ね。おそらく爆心地から半径数キロは跡形もなく消し飛んでいると思うわ」
ニアも表情の消えた顔で周囲を観察しながら抑揚なく呟く。
「でも、流石ゼル! 鍵の力を使ったのは正解だったわね! 空間干渉が出来る鍵の力でなければ無傷じゃ済まなかっただろうから!」
「そうだな。……とは言え、流石のオレ様もここまでの威力は想定してなかったぞ」
パッと表情を咲かせたニアに背中をバシバシ叩かれながら、ゼルは乾いた笑みを浮かべてしまった。
「そう言えば、キャンプの面々はどうした? お前の言う通りなら、キャンプ地は即死圏内から外れているとはいえ、無事じゃ済まないだろ」
爆心地なら一瞬で蒸発しているだろうが、そこから離れた場所でも強烈な爆風や熱線を食らったなら運が良くて瀕死状態になっているはずだ。
「それなら大丈夫よ。ヘカトンケイルの件があってから、発掘物の運搬のために駅のある街へ移っているから」
「そうか」
最悪の事態は回避しているのを聞いたゼルはホッとする。
「……半径数キロが跡形もないとか嘘でしょ?」
ゼルとニアの会話を聞いていたテレサの顔色が変わった。
弾かれるように走り出したその背へ、ニアが手を伸ばす。
「――待って!」
ニアの制止を振り切り、テレサの姿が砂埃のベールの中へと消えていく。
ポツリとゼルの鼻の頭に大粒の水滴がはねた。
上を見上げたゼルは黒く濁った分厚い雲に覆われた空が映る。
そこから立て続けに大粒の雨が落ちてくる。
煤と砂埃を含んだ粘り気のある泥水の雨がバケツをひっくり返したかのように勢いよく地面に降り注ぎ始めた。
それから一時間後、ドロドロに汚れたずぶ濡れのテレサが今にも死にそうな顔でフラフラと戻ってきた。
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