第6話 見えざる統率者(上)

 インクとゼルナルドのに視界に、サデュロスの軍団が横並びに映る。

 彼らの口から発せられるメロディに乗るように、手に持つ凶器で傍にある木々を叩いてリズムを刻みながら歩み寄って来る。

 距離が数メートルになった所で、サデュロス達が一斉に立ち止まる。

 列が三つに分かれると、両端の列がインク達を囲むように移動する。

 インクはその様子を窺いながら眉をひそめた。

 サデュロスとの戦闘は何度も経験しているが、個々が好き勝手に襲ってくる戦い方をしていた。

 今回のように明らかに陣形を組む高度な戦い方をするほど、仲間意識も知能もないはずだ。

 ゼルナルドが言っていた視線の主の仕業か。

「……ケッ、こんな小細工でオレ様をどうにか出来ると思ってやがんのか」

 インクの考えを汲んだかのように、ゼルナルドがサデュロス達を鼻で笑う。

「いい根性してやがるな。雑魚がいくら集まっても雑魚に変わりがないんだよなぁ」

 不敵な笑みを浮かべながら指を鳴らす。

 悠然と軍団へ向かって歩んでいくゼルナルドに、正面のサデュロスの一団が襲いかかった。

 時間差で左右に展開していたサデュロス達も同時に踏み出す。

 顔色一つ変えず、ゼルナルドは近くにあった自分の背丈よりも高い岩に手を付ける。

「――ふんっ!」

 手に力を入れると、強引に地面から巨大な岩を引き剥がした。

 その岩を掴んだ腕を真上にゆっくりと上げると、目の前に迫っていた正面の一団目がけて思いっきり振り落とす。

 金属が圧し折れる音が響く中、横目で左右のサデュロス達を見る。

 再び腕に力を入れると、岩を持ち上げて左側の一団へ一歩踏み込んで薙ぎ払う。

 その勢いを殺すことなく、更にもう一歩踏み出して体を回転させる。

 さらに勢いの乗った岩が、右から襲ってきた一団を叩き落した。

 たった三撃で、サデュロスの軍団が壊滅してしまう。

 イビルワープは脅威だが、相手によってはヒトの力でも倒す事が出来る。

 急所となる頭か心臓部を破壊すれば、機能を停止させられる。

 もしくは大砲や大きな鈍器で大破させる手もある。

「ほぉー、スゲーな」

 インクはゼルナルドの戦い方に感嘆した。

「って、なんでてめぇは動いてないんだ!」

 その場から一歩も動いていないインクをゼルナルドが睨みつける。

「俺は荷物持ちをやってたからな。イビルワープは任せた」

「っざけんな! てめぇもさっさと戦え!」

「おーっと、次はオーガが来たぞ。頑張れ~」

 完全に他人事と決め込んで、笑顔で手を振って茶化す。

 木々の間を縫って、三メートル近い鋼鉄の巨人達が十数体姿を現す。

 頭に大きな角を二本生やし、両手の鋭い爪と強力な腕力を武器とする下級イビルワープ。

 分厚い装甲で覆われた身体は大砲レベルのパワーでなければ大破させられない程頑丈だ。

「このクソ野郎! 星の使徒が怠けてんじゃねーよ!」

「無駄口叩いてないで仕事しろよ」

 喚き散らすゼルナルドから顔を背けて、インクは口笛を吹く。

「こいつら叩き潰したら、次はてめぇだからな!」

 ゼルナルドは岩を持ち直すと、地面から引きずり上げながらオーガの一団へ走り出す。

 裂帛の気合と共に振り回された岩は弩から弾き出されたかの勢いで、一体のオーガに激突する。

 強烈な一撃を受けたオーガの体が傾く。

 だが、何事もなかったかのように、ゆっくりとバランスの崩れた体勢を持ち直していく。

 ゼルナルドはすぐに岩を引き戻すと、追撃の一撃を再び叩きこむ。

 だが、その間に割り込んで来た別のオーガが手を突き出して攻撃を受け止めた。

「――チッ!」

 攻撃の手が止まった間を見逃さず、最初に攻撃を食らったオーガが鋭い爪を振り被る。

 ゼルナルドは躊躇う事なく岩から手を離すと、大きく飛び退いた。

 その一瞬後、振り下ろされたオーガの爪が直撃した岩が粉々に砕け散る。

「クソ、こんなナマクラじゃ通用しないか。おい、ニア! 武器だ! クラウ・ソラスを出せ!」

 宙に漂う砂埃の向こう側にいるオーガ達を睨みながら、ゼルナルドは後方にいるニアへ声を張り上げる。

「イ ヤ で す!」

 ニアは一言一言を区切りながら、思いっきり拒否した。

 当然のように武器を手に出来ると思っていたゼルナルドは、構えを取った間抜けな恰好のままオーガの攻撃をモロに食らう。

 その小柄な体はボールのように高く吹き飛び、木々を圧し折りながら地面に転がった。

「……おい」

 ピクリとも動かないゼルナルドを見たインクは、恐る恐るニアへと首を向ける。

 どう見ても即死の一撃を食らっている。

 だが、ニアは頬を膨らませてふてくされた表情をしてた。

「――って、なんでだよ!」

 後ろからゼルナルドの大声が響き渡り、インクは思わず振り返った。

 飛び起きたゼルナルドが普段と変わらない口調で、ニアへ突っ込みを入れている。

「だって……いつも私を置き去りにして逃げるじゃない」

 ニアは人差し指を付け合わせながら口を尖らせる。

「こんな時だけ頼ろうとするなんてヒドイわ。私、そんな都合のいい女じゃないのよ」

 顔を両手で覆うと、シクシクとわざとらしい泣き方をし始める。

「だあああああっ! 今は漫才をやってる場合じゃねぇだろ! いいから、さっさと武器を出せ!」

 地団駄を踏みながら大きな声で喚き散らすゼルナルド。

「ふーんだ。知らないもん。自分でどうにかすれば?」

 ニアはぷいっとそっぽを向いた。

 ゼルナルドは高ぶった苛立ちや怒りで何かを叫んでいるが、既に何を言っているのかが聞き取れない。

 そこへ、ゼルナルドを囲んでいたオーガ達の攻撃が空を切り裂きながら襲いかかる。

 降り注ぐ攻撃を紙一重で躱しながら、オーガの脚の隙間から逃げ出した。

「……どいつもこいつもオレ様を虚仮にしやがって!」

 握りしめた拳をブルブルと震わせ、怒りで噛み合わない歯をカタカタと鳴らせる。

「上等だ! 下級ごときが、オレ様を舐めてんじゃねぇぞ!」

 ゼルナルドを追撃してきたオーガへ叫ぶと、大きく拳を振りかぶる。

 周囲に重い衝撃音が響き、空気を震わせる。

 岩をも容易く砕いたオーガの一撃を、ゼルナルドのストレートが相殺していた。

「……う、おおおおおああああああっ!」

 腹の底から絞り出したゼルナルドの気迫で、拮抗していたバランスが崩れ始める。

 オーガの巨体が徐々に後ろへ圧されれていた。

 ゼルナルドは両手でオーガの手を掴むと、腕に更に力を込めていく。

 掴まれたオーガの腕が反り返り、金属が軋む音が上がる。

 そして、その巨躯が徐々に地面から引き剥がされていく。

 「――ゼェエエエエーーイッ!」

 宙に浮き上げたオーガを振り回し、他のオーガに叩きつける。

 それを目尻に捉えながら、別のオーガに疾走する。

 攻撃を出そうとするオーガへ跳ぶと、膝を足場に更に跳ぶ。

 オーガの頭まで一気に詰め寄ると、渾身のストレートをぶちかます。

 重い音と共に頭部が陥没し、その体が大きく後ろへ傾かせた。



 ゼルナルドの様子を見ていたインクは困惑し、どう反応すればいいか分からなくなっていた。

 なによりもおかしいのがゼルナルドとニアのやり取り。

 普通はあの場面で、普段と変わらないやり取りが出来るわけがない。

 イビルワープとの戦闘でふざけていれば、一瞬で命を落としてしまう。

 星の使徒であろうと、イビルワープの攻撃は直撃を避ける。

 いくら鍛えていても、ロボットのパワーには耐えられないからだ。

 眉をひそめていたインクの頭上を幾つもの影が跳び越えていく。

「……しまった!」

 影を追った視線の先には、ニアとテレサの前に立つ四体のオーガ。

 慌てて二人の元へ向かおうとしたインクの目の前に、更に三体のオーガが立ち塞がる。

「――クソッ!」

 ――間に合わない!

 インクは血の気が引く思いを無理矢理押さえ込み、鍵の力を発動させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る