第5話 謎の遺跡
翌日、道なりに進んでいた鳥車へ、反対側から鳥に跨ったイタチの獣人が猛スピードで近づいて来た。
インクは鳥車を止めさせると、素早く外へ飛び出る。
「……何だ?」
訝しげに向かい来る相手を見ると、切羽詰まった必死な形相をしている。
「盗賊、って訳じゃなさそうだな」
インクが呟いている間に、ゼルナルドとニアがテレサをエスコートしながら車から降りてくる。
「……スミス准教?」
テレサは鳥に跨った准教を見て、目を見開く。
「――ハーネス助教!」
インク達の目の前で鳥を止めた相手は肩で息をしながら、何かを口にしようとしていた。
「……どうされたのですか?」
余りにも深刻な表情に耐えかねたテレサが声を出す。
「……キャンプが襲撃された――イビルワープに」
過呼吸に喘ぎながら、准教が声を絞り出す。
それを聞いたテレサは全身から血の気が失せた感覚に襲われる。
ふらつきそうになったテレサを、ニアが素早く支える。
「……教授達は大丈夫なのですか?」
「ああ。怪我人はいるが命に別状はない。君がグラニに戻っている間に、とんでもない物を見つけたのだが……それか切欠になったのかは分からないが、イビルワープの大群が襲って来たんだ」
「一体、何を?」
恐る恐るたずねたテレサに准教は首を振る。
「分からない。見たことのない素材で出来た巨大な筐体だった。信じられない事に、機能が生きていた」
生きた遺産物など聞いた事がない。
眉をひそめるテレサに准教は続ける。
「詳しく調べる間もなく、イビルワープが襲いかかって来た。興味は尽きないが、今は余りにも危険すぎる。今までの発掘で得た遺産物だけでも大きな収穫だ。今回はこれで撤退するしか……」
疲れ果てた口調で話をする准教へ、
「ちょっと待て、それじゃあオレ様達の仕事はどうなるんだ?」
そう言ったのはゼルナルドだった。
「こっちは大金を貰うために、わざわざ出向いてやったんだ。危険だから? 馬鹿抜かせ。それをどうにかするのが、オレ様達の仕事だろ。勝手に食い扶持を減らされてたまるか」
ゼルナルドは腕を組んで、鼻で笑う。
准教の目がゼルナルドへ初めて向けられる。
「……ま、そういう事だ。こっちはイビルワープをぶっ飛ばすために雇われたんだ。しっかり片を付けてやるから、安心して金の準備でもしてな」
インクも気だるげな表情で言ってはいるものの、全く物怖じしていない。
「それに、発掘の中止なんて、ここのお嬢様が許すわけないしな」
と、テレサの肩に手を置く。
「……え、ええ、勿論よ。スミス准教。私に任せてください! 必ず成果を上げてきます!」
インクに背を押されたテレサは強張っていた表情を緩め、胸に手を当ててはっきりと言葉を口にした。
「……なんだこりゃ」
発掘現場を目にしたインクは呆然となった。
草木が取り払われ、綺麗に掃除をされた現場には、城のように巨大なコンクリート製らしき建物がいくつも並んでいた。
発掘現場は幾度となく見たことはあるが、ほとんどが瓦礫と化していて、形が残っている物は稀だった。
だが、目の前の遺跡は長い歳月にも揺るぎなく佇んでいた。
一部瓦解した壁からは捻じ曲がった金属製の棒がいくつも飛び出している。
雨風に晒されて壊れた物ではなく、何か大きな衝撃で破壊された痕跡を生々しく残していた。
「びっくりするぐらい、しっかりと残っているでしょ? 中はもっと凄いわよ」
テレサの言葉に、インクは錆びて大穴が開いた金属製の巨大な入り口を跨ぐ。
穴の開いた天井から降り注ぐ光の筋に照らされて、建物の中に潜んでいた物の姿がインクの目に映った。
五、六階建ての高さはある、様々な形のモジュールが所狭しと並んでいた。
一部は朽ちて崩れかけているが、当時の面影をしっかりと思い起こさせれるだけの原型を留めている。
「一体なんなんだ、この建物は?」
「私にも分からないわ。それを調べるために、ここで調査していたんだから」
テレサは腰に手を当てて顔をしかめる。
「でも、目的の場所はここじゃないわ。行きましょう」
テレサの案内で遺跡の奥へと進んでいく。
まだ手を付けていない場所なのか、草木が無造作に生えている。
「ここには私も入った事はないから、教授達の言葉を信じるしかないけど……こっちみたいね」
発掘予定の地図を見ながら、木々の間を縫って行く。
やがて、それは見えてきた。
それは雑木林の中には余りにも不自然な建造物だった。
「……これのことね」
現物を目の当たりにしたテレサは、呆けた表情でそれを見た。
三、四メートル平方の金属製らしき黒いキューブが立っていた。
表面に彫られた規則的な直線模様はブルーグリーンに淡く輝き、不気味な重低音を発している。
「確かに、生きている。何なの、この物体は?」
テレサはキューブを注意深く窺いながら、周囲をゆっくりと歩く。
インクは先ほどの准教の言葉を思い出して、テレサを目の端に入れながら辺りの様子を気にしていた。
イビルワープの出現に備えて、両手の鍵をいつでも作動させれる用意をする。
「……ニア」
「うん」
険しい顔で宙を見回しているゼルナルドの言葉に、ニアは頷く。
「どうした?」
舌打ちをしているゼルナルド達にインクは訝る。
「見られてる。駅からずっと感じていた視線だ。気配は……近い」
宙を見据えたままのゼルナルドの言葉に、インクの背にぞわりと緊張感が走り抜ける。
ゼルナルド達が何を見て、何を感じているかは分からない。
だが、敵はすぐ近くにいる。
警戒レベルを最大まであげ、臨戦態勢を取る。
その時、木々の奥から不気味な音がメロディを奏でるように聞こえてきた。
「……え?」
その音に弾かれるようにキューブから目を離すテレサ。
「――来たぞ。イビルワープだ」
静かに呟いたインクの声に、テレサは顔を引きつらせて後ずさる。
「音楽を発する特徴から、相手は下級イビルワープ、サテュロス。数はおそらく四、五十体」
ニアは敵のいる先を睨んだまま、事務的な口調で呟く。
背丈は獣人や亜人よりも一回り小さな二足歩行のロボット。
上半身は角が生えた亜人の姿、下半身は鳥のように捻じ曲がった脚を持つ。
狂暴かつ獰猛で、手に持つ鈍器でヒトをミンチに変えるまで、遊戯を楽しむ幼子のように襲ってくる。
複雑な地形をものともしない脚を持ち、猛スピードかつ高い壁をも軽々と飛び越えて襲ってくるため、目を付けられると逃げ切るのが困難だ。
「テレサ、逃げ道を確保してろよ。俺も相手によっては構えなくなるかな」
「……後は、遺跡の破壊も最低限に抑えてくださいね」
「……よく、そんな減らず口が叩ける余裕があるな。いや……」
テレサの言葉に半ば呆れたインクだが、彼女なりの気遣いだと気付いた。
「任せろ。その代り、報酬をケチったらタダじゃ済まさねぇからな」
インクはニヤリと笑うと、ゼルナルドの隣に並ぶ。
「行くぞ、クソガキ」
「うるせぇ、オレ様に指示するな」
相変わらずのやり取りをしながらも、インクとゼルナルドは同時に構えを取った。
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