第4話 星の使徒

 列車に揺られて半日程。

 現在の大陸縦断鉄道の終点に到着した。

 その先はまだ工事中で、線路の延長工事が進んでいる。

 鉄道事業はエウロスの未来を賭けた一大事業だ。

 大陸の南側にあるエウロスは、大陸の中央と北の地を結び、更なる発展を目指そうとしている。

 その要となるのが、数十年前にほぼ無傷で発掘された、古代の列車だった。

 今まで最先端の技術だった蒸気機関の交通手段と比べ、十倍近い速さで走ることが出来る規格外の遺産物だ。

 積まれた機関の動力がどうなっているのかは解析不能だったが、エネルギー源の補給を一切しなくてもボタン一つで簡単に起動し、単純な操作で車体の制御を自動的に行う。

 機械の騒音もなく、振動も加減速に伴う衝撃もほとんど感じないため、非常に快適な移動手段としても人気が上がっている。

 それほどの遺産をイビルワープの脅威から守るため、エウロス連合軍は完成した線路と最前線の警備を行っている。

 国内の常駐軍を除き、残りの国軍はローテーションで護衛に当たっているため、エウロス州内には予備の軍隊をどこかに回す余力はない。

 国が確実な未来の投資に金を回す方がいいと判断するのは当然で、ガラクタ発掘に興味を示すわけがない。

 テレサとしてはそれが不満らしい。

 列車の中で延々と研究内容と愚痴を聞かされたインクはグッタリとしていた。

 テレサ達の研究機関は、蒸気機関よりも優れた熱機関の発見と開発が進んでいるらしい。

 その研究の発展には更なる情報が必要で、発掘は優先されるべきだと言う。

「……で、お偉いさんはなんて?」

「説明はしましたが、鼻で笑われましたよ! 列車に積まれている機関に比べれば、遥かに効率が悪いですもの! それに燃料が粗悪な物しか出来ないので、すぐに焼け付いてしまうのもありますが。ですが、燃料の詳しい組成が分かり、精製が成功すれば蒸気機関より小型に出来て、パワーも今以上に引き出せるはずなんです! 大体、この列車だって故障したらどうするんですか? 列車の機関の構造をまとめた資料を見ましたけど、さっぱり訳が分からないんですよ。直してくれなんて言われても、どうしようもないんですよ! そんな事も考えずに、高速列車へ馬鹿みたいにお熱入れ過ぎなんですよ! こんな手に負えない代物を崇める前に、今の我々の技術力の進歩に力を入れるべきなんです! ですから、今回の発掘は……!」

 と、こんな調子でテレサのマシンガントークを浴び続けていた。

 ゼルナルドにもバトンタッチさせようとしたが、ニアに絡まれて二人の世界を作っていたから無理だった。

「……こんなのが続くぐらいなら、イビルワープと殴り合っているほうがマシだ」

 荷物を下ろしながら、苦々しく溜め息混じりに呟くインク。

「物騒な事を言わないでください。出ない事にこした事はないんですから!」

 口を尖らせる元気なテレサにまた溜め息を吐いてしまう。

「この先は迎えがくるんだろ? どこに来てるんだ?」

「ええ。連絡は行っているはずですから、今日到着することは知っているはずですが……」

 テレサは周囲を見回す。

「あ、来ましたよ!」

 少し離れた場所から、ゆっくりと近寄ってくる鳥に引かれた車を指した。


 インク達を乗せた鳥車は、舗装されていない森の中の道を進んでいた。

 インクとゼルナルドは窓の外に目をやり、周囲の様子を窺っていた。

 出土した遺産は高値で取り引きされるため、それを狙って盗賊が現れる可能性がある。

 また、イビルワープもいつ現れるか分からないから、警戒するにこしたことはない。

 ふとゼルナルドに目をやったインクは、せわしく周囲に目をやっているのに気付く。

「何キョロキョロしてんだよ?」

「……いや、嫌な視線を感じるんだ」

「……視線?」

 インクも神経を研ぎ澄ませて周囲を窺ってみたが、不審な感じはなかった。

「気のせいじゃないのか?」

「だといいがな。なんか、誰かに監視されているような、不快な視線だ」

 と、釈然としない様子のゼルナルド。

「なーに? 私の視線は不快なのー?」

 横から目を細めたニアが首を突っ込んできた。

「――てめぇの事じゃねぇよ!」

 ゼルナルドは顔を引きつらせて、大げさに仰け反る。

「ゼルったらぁ、薄情なんだからぁ!」

「だー! 無駄に抱き付くんじゃねぇ! 止めろ、離せ……折れる……!」

 蜘蛛の糸に絡まれた得物よろしく、ニアの腕の中でゼルナルドがもがいている。

「乳繰り合うなら他所でやってくれ」

「……てめぇ! これのどこが乳繰り合ってるんだ! 目が腐ってるのか、クソ野郎が……!」

「……はいはいはい」

 罵詈雑言を吐くゼルナルドの声を聞き流し、インクは再び窓の外へ目を向ける。

「インクさん」

「……ん?」

 隣のテレサが声をかけてきたので、インクは目だけを向けた。

「重ね重ねお願いしますが、遺跡や出土品の破壊は厳禁でお願いしますね」

「分かってるよ。イビルワープには、指一本触れさせやしねぇよ」

 少々しつこいなと思い、インクの口調が少し荒くなる。

「いえ。インクさんに言っています」

「……ちょっと待て。どういう事だ?」

 思わず顔をテレサに向ける。

「インクさんの話を色々と聞きました。周りで不幸な事が多く起こるそうですね。曰く、歩く破壊神とか、貧乏に祝福された男とか、金運に見放せし者とか……」

「待て待て待て!」

 不安そうな口調で呟くテレサの口をインクが遮る。

「その話、誰から聞いた?」

「エミーさんです。ギルドの受付の」

「……あのクソ女ぁ!」

 インクはワナワナと肩を震わせた。

 依頼主に何を吹き込んでやがるんだ!

 最近調子に乗ってきているから、どこかでキツイ制裁を加えてやらねばなるまい!

 などと、内心荒れ狂っていたが、口の上手さと借金という人質があるせいで難攻不落である事に気付き、インクは頭を抱えてしまう。

「ところで話は変わるのですが、インクさんのアーティファクトを見せてもらえますか?」

 アーティファクトとは古代文明の遺産の中で、使用可能な超文明的な道具の総称だ。

「俺の?」

「そうです。だって、あなたは『星の使徒』でしょ?」

 テレサの言葉に、インクは微妙な顔つきに変わる。

 星の使徒。

 又は、鍵の支族とも呼ばれる、守護者から託された時の神の封印の鍵を持つ者の総称だ。

 インクのいる二番目に大きな面積を持つ南北に伸びた大陸、『アトランティス』

 アトランティスの隣にある鉱山資源が豊富な大陸、『メガラシア』

 天空大陸の異名を持つ、陸地全体がビルのように天に向かってそびえ立つ高高度の大陸、『レムリア』

 世界最大の面積を持つと言われる、東西に広がった大陸、『テングリ』

 多くの群島国家が存在する、無数の島々からなる環大群島の海域、『パシフィス』

 雲の上を彷徨う、謎に包まれた浮遊大陸、『ムー』

 クラリオンの海の三分の二を占めるといわれる、荒れ狂う超海洋パンサラッサ。その海のどこかに存在すると云われている黄金郷シャンバラがある伝説の大陸、『アガルタ』

 クラリオン上の各区域に散らばった、星の使徒の持つ鍵はアーティファクトの中でも最上位の遺産だ。

「ちょっと見せてくれない?」

 テレサがインクの手を取って、ブレスレットを見ようとする。

「――触るな!」

 インクはテレサの手を大きく払うと、素早く腕を引っこめた。

 その余りにも鋭い声に、テレサは目を丸くした。

 それもすぐに真面目な表情に変わり、インクを真っすぐ見る。

「……もしかして、噂は本当なの?」

 そう訊いてきたテレサに、インクは神妙な面持ちで頷く。

 鍵にまつわる噂。

 星の使徒は鍵に選ばれた者と言われている。

 それ以外のヒトが触ると天罰が下るという話がある。

 悪戯に触れるものなら、その者は全身が炎で包まれて消し炭に変えられる。

 だからこそ、誰かに持ち去られる事も壊される事もなく、今まで脈々と受け継がれてきている。

「……そっか、じゃあ何も調べられないわね。残念」

「こいつにさえ触らなければ、別に他は何に触れてもらっても構わないがな」

 苦笑するテレサに、インクはそう言い、ふと口を噤む。

「……スミマセン、財布にも触らないでください」

 張り詰めていた雰囲気をぶった切って、インクはテレサに土下座する。

「……触らないわよ」

 呆れた口調でインクを見下ろす。

「そんな事より、腹が減ったぞ。飯にしようぜ」

 横からゼルナルドが大きな声でテレサへ言う。

「んー……。いや、先は長いから休みなしで行くわよ。夕方まで我慢してね」

「……マジかよ」

 ゼルナルドはニアの腕の中で、悲愴な表情のまま項垂れた。

 飯を口実にニアから逃げ出そうとしたらしいが、目論見は見事に潰されてしまったみたいだった。


 日が傾き始めたころ、やっと鳥車を止めたテレサ一行は野営の準備をしていた。

 テント張りや薪を集めているゼルナルドとニアから離れ、インクは川辺へと歩いていた。

 夕飯用の魚を確保するためだった。

 だが、インクは手ぶらだった。

 ブーツを脱ぐと、ズボンの裾を捲り上げて川の中に入って行く。

 岸から少し離れた場所で、水面から顔を出した一抱え程の大きさの石の前に立つ。

 大きく深呼吸を繰り返し、目を瞑る。

 せせらぎの音に心を静め、集中力を練り上げていく。

 薄っすらと目を開くと、足元の石へ下段突きの動きの予行演習を数度繰り返す。

「――ふっ!」

 腹に溜めた空気を鋭く吐き出すと同時に、拳で石を叩く。

 インクの拳で叩かれた石はヒビ一つ入らなかった。

 だが、タイムラグを置いて水面に魚の白い腹がいくつも浮き上がって来た。

「よしよし、食い応えがあるぞ」

 魚の大きさを見て、インクの表情が緩む。

 先ほどのインクの行動は石を振動させて、水中の魚を衝撃波で気絶させるための行為だった。

 力のコントロールが上手く出来なかった頃は、石を砕いてしまったり、やり過ぎて巨大な衝撃波を対岸まで叩き付けてしまう事もあった。

「お前は魚を全滅させる気か?」

 かつての師匠ジジイの呆れた顔が脳裏によぎる。

 気難しい老人で嫌味な口調で淡々と話す癖に、馬鹿みたいに強くて手も足も出せなかった野郎だった。

 インクは両手のブレスレッドに付いた、二つの鍵へ目を落とす。

「……ケッ、偉そうな事ばっか言いながら、くたばってんじゃねぇよ、クソ師匠ジジイ

 そう呟くインクの顔はどこか寂しそうだった。

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