東京1-1

【東京 2110年 5月10日】

黒い雨が降り注ぐ。耳に届くのは、瓦礫に足を潰された老人の叫び。火達磨になった少女が叫ぼうとしている声に似た何か。そして、今なお上空で激しく繰り返される『何か』と『何か』の衝突音。

一方は白い輝きを身に纏い、他方は黒い淀みでその身を覆っている。だが瓦礫の中、力なく佇む私にはそんな絶望の声も、日常とはかけ離れた衝撃の音もどうでもよかった。


目の前で、両親と弟が「消えた」のだ。


例え、限りなく高い可能性であろうとも、それが「死」であるとは断定できない。一瞬で、突然、何の前触れもなく、消えたのだ。その日は日曜日なので久しぶりに家族全員で買い物に出かけた。自分が中学生に入ってからは部活などで予定が合う日がなかったから、本当に久しぶりだった。

デパートで服を買って、お昼ご飯を食べた。

「おやつを買って帰ろうか。」

そう父が私に提案してくれた。

私は笑みを浮かべて頷こうとしたのだ。

―――視線の先で父が溶けたのは次の瞬間だった―――

天から降りた闇と光が入り交じった一筋の光線。それが、私の視線の先にあった私の3人の家族を消し去った。

「お父…………さん……?」

なんだ。何が起こった。なにが。起こった。なんなんだ。なんなんだ。

――今!私の手を握っているっそれより先のない腕は、一体何なんだ!!――

『お父さん』の腕だけが未だに私の手を握っている。

お父さん、思い出せない。

母も弟も今目の前で消えた!なのに…

「なん…で?思い出せない?お父さん?お母さん?」

数秒前まで隣を歩いていた肉親の顔が、名前が、記憶が、頭の中から消え去っている。

何で?大切な、私の大切な家族が数瞬前にこの世から消えてしまったその事実だけが解っている。でもその消えてしまった大好きだった3人の名前と顔が、何も思い出せない。

それだけじゃない。私は3人の死を、消滅を、こんなにもすんなりと受け入れている。確かに動揺はしている。でもそれは『眼前で人が突然死んだ』事への動揺。『肉親が眼前で死んだ』動揺ではなかった。

その事実に気づいた瞬間、強烈な吐き気が私を襲う。

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

なんで私は、泣いていないっ?

「死んだんだよ?!お父さんも!お母さんも!それにたった1人の姉弟まで!それなのにッッ……」

私は、上空に視線を向ける。その時、上空で熾烈な争いを続けていた白い光が私に意識を向けた気がした。

『ミエテルノカ?』

そんな声のような何かが脳内に直接響く。だが今の私はそんな音に構っている暇はない。再読視線を自分の右手を握る腕に向ける。あぁ…あああああああ

「お父さん…お母さん…」

父と母はまだしも今は思い出すことのできない名前で呼んでいた弟は呼びかけることすらできない。頭が痛くなってきた。どうしてこんな事になってしまったのだろう?今日は楽しい休日だったはずだ。「お父さん…お母さん…」気がつけば、上空からの音は消えている。黒い光は遠くへと飛んで行った。白い光は…私の上空を飛び回っている。人間ひとりほどの大きさだ。人の形をしている。

「お父さん…お母…さん?」

『アナタナラ、イマコノバデ、オオキナウンメイヲ、エタ、アナタナラ、ワタシノチカラヲ、』

まただ、音が直接頭に響く。頭が痛い。

『ミエテイタ。ソシテ、ミエテルンデショ?ワタシガ』

「お父さ…あれ?」

『ワタシハ、エンジェル、コレカラヨロシクネ。ワタシノ、器サン』


「お父さんって…誰だっけ?」


私はそう言うと、右手を握っていた誰かの腕をゆったりとし動作で外して地面に投げ捨てた。

そして、私の中の私じゃない「何か」が言う。


「『悪魔ヲ、…狩らなきゃ」』

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