第176話 戦後の領土問題



 ホランド王国首都カドリアの歴史は浅い。約百年前に現在の王家であるカドルチーク王家が建国を宣言して、この地に居を構えたのが始まりである。

 元来ホランドの民は定住せずに脚竜や羊に山羊などの家畜の草を求めて移動する放牧民がルーツであり、定住して都市を作る習慣は無いのだが、当時のカドルチーク族の長が国を作るなら王都を制定しなければならないと考え、都市づくりを推し進めた。

 つまり、カドリアは西方の都市の中でも新しい部類に入る都市なのだ。この歴史の浅さが、隣国アルニアをしてホランドを蛮夷と蔑む価値観の基礎となっていた。

 その見下しを屈辱を受け取ったドミニクによりアルニアは滅ぼされたのだから、第三者から見れば自業自得と言える。己の歴史の長さを誇るのは結構だが、それを理由に他国を貶めて驕り高ぶる国となっては身の破滅である。

 とは言え同時に、成功体験に酔いしれリトニア、プラニアを滅ぼして暴虐な国と化したホランドはより強い国に打ちのめされて、敗者として歴史に名を刻んだ。これを因果応報と言わずして何と言うのか。

 そのホランド始まりの地であるカドリアは、現在ユゴス=レゴス連合軍が主人として居座っている。かつての住民達は報復を恐れてとっくに逃げ出していた。

 ホランド北側にあるカドリアは本来ユゴスの占領担当だったが、それではユゴスがホランドを征したと思われかねず、レゴスが風下に立つ羽目になると文句が出て、結果共同で王都を管理していた。当然諍いは日常茶飯事、殺人こそ無かったが毎日のように二国の兵に怪我人が出ていたものの、どうにか統治は形になっている。

 そして今日、この街で歴史的会談が実現する。ドナウ、ユゴス、レゴスの国王が一堂に会し、戦争終結を宣言する和平会談が催される。それはこれからの西方の未来を決める話し合いに等しかった。



 ホランド王城内の謁見の間に円卓が用意されている。今日の会談に使う為に特別にしつらえたテーブルである。本来テーブルは四角だが、今回の会談には上座も下座も無い。王同士に上下関係は無いのだから、テーブルも座の位置に意味を持たない丸いテーブルが用いられた。

 その円卓に席が七つ用意されている。既に空いている席は無く、それぞれが席に座り、配下や護衛は部屋の隅に待機していた。


「それでは皆様席に就いたようですから、これより和平会談を始めたいと思います。司会進行役は私、ホランド王国第一王子バルトロメイが務めさせていただきます」


 玉座を背にした席に座るバルトロメイがホランド語で会談の開始を告げる。会談は全てホランド語で進められる。これはどの国の言葉で話すかが問題となったためだ。このような複数国が参加する場で使われる言葉となれば、それは傍から見て国そのものの上下関係と受け取られかねない。相手国に配慮して相手の言葉を用いる事もあるが、負けたような気がすると気になる者も多い。

 そこで要らぬ軋轢を生みたくない王達は開催地という名目を使い、ホランド語を選択した。これなら負けた国への慈悲や、開催地に配慮したと言い分も通りやすい。国そのものと言って良い王への配慮となれば、席一つ、言葉一つでも細心の注意を払わねばならないのは珍しい事ではないのだ。勿論参加した王は、心情は兎も角、ホランド語が話せる。


「まず初めにここに私バルトロメイは、最後のホランド王族代表としてここに座る全ての国王に降伏を申し出ます。今ここで首を差し出せと言われれば迷わず自裁致しましょう。如何様にもこの身、この地を扱ってくださって結構。ただし、これ以上ホランドの民の血は流さないで頂きたい」


 事実上の無条件降伏を申し出たバルトロメイに、残る六名の王は粛々と受諾した。

 六人―――西方に残る王国はホランドを除けばドナウ、ユゴス、レゴスだが、ここにはもう三つある。かつてホランドに滅ぼされた王国、リトニア、プラニア、サピンの三国の王も席に就いていた。

 リトニア王リドヴォルフ、プラニア王シャルル、サピン王ダリオ=ヘス=エレディア。一度は滅んだ国も三人が王位を復活させ、和平会談に同席している。

 ホランド側の無条件降伏を受け入れた六人の王は次の議題へと入る。


「我が国が統治していた領土は、各々の国に全て差し出しましょう。ちょうど貴方方の国同士が結んだ国際協定に、占領地は今現在実効支配している国が最終的に統治権を有するという項目がありますから、そのように分割して頂いて結構です」


 協定とは以前アラタが提唱した地球の国際法を参考に、法務長官ジークムントが現在の西方に合うように制定し、ユゴス、レゴスもそれを認めた西方初の国家間にまたがり、ある程度の強制力を持つ明文化された取り決めである。

 それをドナウ、ユゴス、レゴスは大筋で認め、助力があったとはいえ自ら故郷を解放したリトニア、プラニアもそれに続く。しかし、ただ一国、サピンだけはそれを不服として、ドナウにサピンの領地返還を求めた。


「そもそも私、ダリオ=ヘス=エレディアが生きている以上は私に統治を任せるのが筋ではないでしょうか。私の父、エウリコはサピン王アーロンの実の甥。私は王の孫にあたります。王族の男児が生きているなら、王に返還するのが筋ではないでしょうか」


 席に就いた王の中で最も若い20歳程度の男、ダリオはホランドとの戦いで壮絶な死を遂げたエウリコ=ロドリー=エレディアの妾腹の息子だった。彼は早い段階でレゴスに逃れており、そこでレゴスに自らを売り込み、傀儡の王となる事を選択した。

 既にエウリコの本妻の生んだ息子は王都エルドラで戦死しており、ようやく自分に日の目が当たると、この会議で自分の存在感を王達に刻み付けようと意気込んでいた。


「それにドナウのサピン統治は、王族の女を妻に娶ったドナウ王子が行うと聞き及びましたが、果たして他国人の王子にサピンの民がどれだけ付いて来てくれるのか。私のような生粋のサピン王族の方がより統治の説得力があると思いますが。

 同席しておられるリドヴォルフ王やシャルル王はどう思われますか?」


 気障な物言いでカリウスをけん制し、自分と同じ立場にあるリトやシャルルを味方に付けようと目配りをする。しかし二人の新しい王は反応が薄く、国同士が取り決めた協定が優先されるのではと、そっけない返事しか帰ってこない。

 それに対してカリウスは息子と年の変わらない若造が生意気な事を言うと鼻で笑う。それが癇に障ったのか、ダリオは直接カリウスに意見を求め、それにカリウスも答えた。


「王族とは言うが、最後の王アーロンの血は既に絶えた以上は誰であれ傍流でしかない。それにダリオ王は民が付いて来るかと言うが、貴殿こそ本当にサピンの民全てが自分に付いて来てくとお思いですかな?」


「ど、どういう意味ですか!カリウス王は私を侮辱しているのですか!!」


 気色ばみ、声を荒げるダリオを隣に座っていたレゴス王アレクサンドルが宥める。彼はダリオに見えないように、カリウスにもっとやれと眼だけで許可を送った。


「侮辱も何も、ホランドに攻められる中、早々に他国に逃れた王族を民がどう思うかと、彼等の心を代弁しただけに過ぎませんな。余も貴方がどの時期にサピンを離れたのか聞き及んでおりますよ。

 我が義娘から聞いた話では王都が陥落する一月前まで、他の王族や貴族も必死で戦っていたそうですが、貴方はその間一体何をされていたので?それに余の義息やリドヴォルフ王が調べた所、貴方の弟もそこに居て果敢に戦い、最後は力尽き倒れたと聞きます。

 もう一度聞きます、貴方はその時何をしておられたので?」


 つまらない相手を見るように興味なさげにダリオに疑問をぶつけると、彼は言葉に詰まる。民を見捨てて逃げた者に民は付いて来るのか?至極当然の問いに、ダリオは答えられない。

 それを操り主であるアレクサンドルは黙って見ている。彼にとって操り人形は大人しい方が都合が良い。今ここで本物の王に鼻っぱしをへし折ってもらって、今後も自分の言う事だけを聞いて用意した玉座に座ってもらいたかったので、何もせずに静観していた。

 ただ、さすがに可哀想になったシャルルとリトが二人の仲裁に入る。


「国を見捨てて逃げたと言われれば、私も反論出来ません。なにせ私は民の命惜しさに真っ先にホランドに下った臆病な貴族です。何と言いますか彼を見ていると私自身を見ているようでいたたまれないので、その辺にしておいてもらえませんか」


「私も国を、父を、妻を捨てて他国に逃れてのうのうと生きていた恥知らずですので、耳が痛くて仕方がありません。どうか、そこまでにしてあげて頂けませんか」


 二人の王に止められたカリウスは、二人がそこまで言うならと、矛を収める。ただし、占領した領地は譲らないと主張は変えなかったが。

 多少ごたつきはあったが、最終的にドナウの意見が通り、新生サピンの領地は南部の王都エルドラ一帯のみとなり、残りは全てドナウの領地に併合される。領土の比率は9:1である。

 ドナウ=サピン間の新しい線引きが決定したのを皮切りに、ユゴス=レゴス間の領土も制定された。ホランドは南北で二分され、北側がユゴス、南側はレゴスの領土となった。こちらはあまり揉めなかったが、問題は定住していない放牧民からどうやって税を徴収するかを決めねばならないが、そこは二国間の問題になるので今この場で話す事ではない。これから長い時間をかけて取り決めるだろう。

 さらにリトニア、プラニアもかつてホランドに滅ぼされる前に使われていた国境線を復活させて、改めてこの場で独立宣言をした。それをダリオは不快そうに見ていたが、支援してくれたアレクサンドル王が何も言わない事を知って、腹立たしく見ているだけだった。

 ここで一つ問題になったのがアルニアの地をどうするかだ。と言っても国家間協定に則れば全てドナウの領土となるが、ここでカリウスは最年長のユゴス王サハールに、アルニアの北半分を割譲すると宣言した。


「ユゴスがホランド兵二万を討ち取ってくれたおかげで、我々も随分と戦が楽になり申した。アルニアの北地はその戦働きの御礼としてお渡し致します。ホランド兵は全て追い払い、簡単に治安維持だけしておきましたので、如何様にもなされるが宜しい」


「ほほう、それはありがたい申し出ですな。アルニアの北となれば多くの港がありますので、統治のし甲斐がありますな。今後も貴国とはよりよい関係を維持して行きたいものです」


「「ははははは」」


 極めて和やかな領土割譲劇を目にした王達は拍手を以ってそれを称える。元々水面下の交渉でユゴスにアルニア北を譲渡する話は伝えてある。レゴスにもそれは伝えており、自分達が譲歩させられるわけでは無かったので、文句は出なかった。ただ、長年の敵であるユゴスが国力を増大させるのには脅威論もあったが、自分達も間接的にサピンの一部を有しているので、消極的には認めていた。

 しかしそれを見ていたバルトロメイは、こんな話まで最初から決まっていたのかと知って、戦だけで全てを解決してきた自分達では勝てるはずが無かったと、父や弟の武辺さと自身の無力さに打ちひしがれていた。

 これによってホランドにより二十数年に渡って変動してきた国境線は再び引き直され、西方は新しい枠組みを作り、出発点とした。

 ただし、この国境線の制定は和平会議の前半でしかない。まだまだ国同士の話し合いは続く。


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