第149話 狩人同士の戦い



 ホランドの凶手ハヴォムがドナウに秘密裏に入国した情報を手に入れたアラタは自機V-3Eの観測機器を用いて人知れず情報収集に力を割いていた。その甲斐あってこの暗殺者が誰を殺しに来たのかが判明し、却ってアラタは困惑する。


(カリウス陛下でもエーリッヒ殿下でもなく俺が標的だと?優先順位がおかしいだろうが)


(大尉の意見に賛同しますが、収集した情報は確かな物です。ホランド人ハヴォムはカリウス王を始めとしたドナウ人の情報を重視していません。内通しているドナウ貴族から大尉の情報だけ受け取っており、他の者とは一切接触した形跡もない事から、完全に大尉を狙っています)


 淡々と所有者の命の危機を伝えるドーラには何ら感情は載っていない。彼は道具であり感情は必要とされていない。それらしい反応を時折見せる事もあるが、それはアラタとの接触による機能としての調律、または調整に近い物であり、感情があるように見えているだけで、実際には感情がある訳では無い。そんな事は元から知っているし、そもそもアラタはドーラに人間らしい振る舞いなど求めていないので関係無いが、実はアラタは時々ドーラに本当に感情が芽生えているのではと怪しむ事がある。それだけこの管制人格は人間臭い時があるのだ。

 そんな疑惑の管制人格はさておき、アラタにとって頭の痛い問題は片付いていない。自身より強いと予想できる暗殺者にどう対処すべきか、最優先事項はそこだ。


(まったくこんなのを引き入れた地方貴族は何を考えているのか。俺を恨む理由が羊皮紙のシェアを奪いかねないからだと?麻紙の用途とは重ならないようにこちらが気を遣ったのに、それを無駄にしやがって)


 そもそもが識字率1%程度の国での製紙産業の影響力などたかが知れている。言って悪いが細々とした市場の元締めでしかない木っ端貴族が余計な事をしやがったぐらいにしかアラタは見ていない。これは最初からホランド側が自分を暗殺しようと考えて、元から不満を持っていたドナウ貴族を抱き込んだと見るべきだろう。しかしホランドと通じて危険な暗殺者を招き入れた事には違いないので、事が片付いたらきっちり責任追及するつもりだ。

 小物の処遇は後回しでも構わないが、暗殺者の方はそうもいかない。既にハヴォムは北部の港を旅立っており、早ければ三日後には王都に辿り着くだろう。その前に対処する手もあるが、まだ行動を起こしていない状態でこちらが手を出せば、ホランドが抗議する可能性もある。未だ国境で交渉中のエーリッヒに不利な材料を押し付けたくなかった。


(理想は相手に仕掛けさせておいてからの返り討ち。生きたままが望ましいが、そんな手心が通じるような相手では無い。最低限その場で殺して不安要素を断つ。

 こちらが警戒していては容易に手は出せないが、いつまでも懐に置いておくのは精神的にきつい。――――ならこちらから隙を見せて手を出しやすい環境を整えて釣り上げるか)


(状況の設定はそれでよろしいでしょうが、問題は相手を確実に討ち取れるか否かでしょう。こちらで収集したデータでは、大尉が一対一で戦った場合、勝率は20%程度だと試算が出ましたが)


 そう、問題はそこだった。人体改造の恩恵を受けたアラタはドナウでも五指に入る戦闘力を有している。そのアラタが正面から戦った場合、五回に四回は殺される相手となると、生半可な護衛ではなすすべもなく殺されかねない。確実にハヴォムに勝てると断言出来る相手は今の所、近衛騎士団長のゲルト=ベルツと求道者のガートぐらい。

 ただ、ゲルトの方は難しいと言わざるを得ない。元より近衛騎士は王を護るのが存在意義であり、そこにアラタは含まれていない。一応親族になるので平団員程度なら派遣して護ってくれるが、団長に四六時中護ってもらうのは現実的では無い。となれば残りはガートしかいない。

 ガートの戦う理由は単純明快、己の強さを極める事、ただそれだけだ。その為にあらゆる強者と戦い、己を鍛え上げる必要がある。そこに相手の都合など無く、ただ強ければよいと以前リトは彼女をそう評していた。ただ、誰彼構わず挑むような戦闘狂でないのが救いだ。

 取り敢えず話だけでもしてみて、護衛を引き受けてもらおうかと、アラタは自ら貧民街へと向かうことにした。



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 十日後、アラタは代官の仕事の為にソルペトラ村へと向かっていた。同伴者は近衛騎士のユリアンと従士達、そして対ハヴォム用に連れて来たガートだ。

 暗殺者の狙いが分かってすぐにガートに話を持ち込むと、彼女は二つ返事で引き受けてくれた。最近は歯ごたえのある相手に恵まれず、どうにも身体を持て余していた時に強敵と戦える話を持って来てくれたので、寧ろこちらが感謝される程だった。非常に嬉しそうにまだ見ぬ強者との戦いを夢見るガートを自身を棚上げして狂人だと内心思うが、常人から見たらアラタもガートも等しく狂人でしかない。

 相手はゲルトやガートと同クラス、生半可な使い手ではどれだけ囲んで叩いた所で何の成果も得られず、むざむざと殺されるだけ。ならば数を揃えても意味がない。となれば最適解は同等の相手をぶつけるに限る。

 戦力は万全、あとはハヴォムが引っ掛かってくれるかが問題だったが、彼も街中の人目のある所で襲撃するより、道中の目撃者も碌に居ない状況の方が都合が良いと思ったのだろう。一行とはかなり離れて付いて来ている。ハヴォムを引き入れた貴族経由でスケジュールを知られる様にわざと情報を撒いたのが功を奏していた。



 道中は特に騒動は無い。精々護衛の従士がガートに興味を持ってちょっかいをかけて、初手で力量の違いをその身に叩き込まれてからは非常に大人しくしている。昨年のホランド兵相手の無双の話はある程度伝わっているはずだが、それでも自分の目で見た事でなければ容易に信じられない人間はどこにでも一定数居るらしい。ガートも知らない人間から見れば、全身引き締まっただけの平均より大柄な女性にしか見えないので、判断を誤る事もあるだろう。

 今回は常に観測機器を張り付かせて動きを四六時中見張っているが、行きはハヴォムも目立った動きを見せない。まだ獲物が油断するのを待っているのだろう。そうなるとアラタの予想では村で代官の仕事をして疲労の溜まった帰りに仕掛けてくる可能性が高いと見える。それも王都帰還前の1~2日前程度なら気が緩み、さらに仕事がし易くなると判断するだろう。

 アラタには釣りの経験は無いが、士官学校時代の実戦形式サバイバル訓練の中で、訓練終了直前で気の緩みを読んだ教官達が張った罠に一網打尽された苦い経験があった。だからこそ狩る者の心理もある程度読めた。あの盲目の暗殺者は獲物が油断するのを待っている。ならばこちらは相手の思惑通りに動いていると見せねばならない。


(今更ながらに士官学校で真面目に勉強しておいて良かったと思う。技術以前に精神の不備に付け込まれたら、どんな猛者でも格下に喰われる。しかも今回の相手は俺より力量が上、血が滾って仕方が無い)


(以前から苦言を呈していますが、レオーネ大尉の嗜好は合理性に欠けます。敵対者は出来る限り弱いに越した事は無いでしょうが。自身が殺される可能性を考慮して頂きたい)


 当然ながらアラタの漏れ出した思考はドーラに理解不能だと駄目出しされる。人工知能でしかないドーラからすれば人間の非合理的な行動は大半が理解が及ばない。ある程度は合理から逸脱した行為も人間ゆえの感情の振れ幅だと認識して何も言わないのだが、今回のように命が掛かっている状況で愉悦を覚えるアラタには微塵も同調する事は無い。兵器であるドーラにとって自己を使うアラタの存在は自らの存在意義に等しい。その生存を第一に考えるのは道具として当然の行動だった。

 アラタもドーラの優先順位は分かってるし、側で忠告をする存在を疎ましいとは一度も思った事は無い。勿論人のように扱った事は一度も無いが、内心では頼もしいと思っている。



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 その頼もしい道具を有効利用したアラタ一行は何事も無く村へと到着する。村長のジャスティが出迎えてくれたが、ガートの顔を見るなり、リトに何か良くない事でもあったのかと聞かれたが、別件で連れて来たと伝えると、それ以上は詮索しなかった。長年裏街道で暮らしていた嗅覚が、自分とは関係の無い厄介事だと嗅ぎ取ったからだろう。しかし、久しぶりにかつての仲間の顔が見れたのは嬉しかったようで、そっけない態度のガートでも構わず気さくに話しかけていた。

 アラタの方は相変わらず人気者で、多くの村人に囲まれて生まれた子供の名付け親になってくれと言われたり、出来上がったアブサン以外の酒の試飲を頼まれたり、エーリッヒの息子のトリハロンの事を聞きたがった。

 それら村人の要望をある程度聞いてから、火薬工房に顔を出して職人から進捗状況の把握をしておく。最近は硝石丘がある程度稼働しており、纏まった量の硝石が採集出来るので、連日工房は火薬製造に忙しそうだ。惜しむらくは硝石の安定供給に目途が立ったのに今度は硫黄の供給が途絶えてしまい、現在は硫黄の在庫分しか火薬を作れない。本来ならホランドと交易して硫黄を征服地のサピンから手に入れるはずだったが、それも先の騎兵襲撃のせいで棚上げだ。一応訓練用を除いても二戦分は全力で使える量を確保出来るが、兵站を気にして戦うのは心臓に悪いとアラタは不安を感じている。

 アラタの不安はさておき、工房の職人から報告を聞いて、今の所目立った事故は起きていないのを喜ぶ。ただ、最近ホランドだけでなくユゴスやレゴスからも、この村を探ろうとする人間がやって来ているのが不安だと聞かされた。今の所はジャスティが警戒して自警団も四六時中目を光らせているので行方不明者が数人増えただけで済んでいるのが幸いだった。

 今更だが国境沿いの開拓村という立地条件は秘密を守るのに苦労するとアラタは思った。しかし当時の自分には好き勝手出来る土地はここぐらいしか無かったというのも事実である。多少カリウスに無理を言えば内地の直轄領を幾らか用意してくれたかもしれないが、そうなると今度は他の貴族連中からやっかみを買う事になる。国境かつ油を吸って農耕に向かない戦場後の土地の代官だから、大して嫉妬されなかったと、当時の考えを否定する気は無い。



 あらかた職人やジャスティから報告を聞き終わったアラタは表向きの仕事である書類整理と村人との交流の為に、二日ほど村に滞在した。その間ハヴォムは村から離れた川沿いで野営して、その場を動かないのを観測機器が監視を続け、村に乗り込む気が無いのを確認したアラタは、彼が帰り道で仕掛けてくるとほぼ確信した。後は自分の生存力とガートの力量に全てを預ける覚悟があれば十分だった。


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