第148話 変わり者の主人




「ララちゃん、お茶の用意できてるー?」


「出来てるよー。ディアちゃんもお菓子並べ終わったー?」


 平民の使用人らしき少女達が簡素な丸テーブルに焼き菓子の乗った皿を並べ、四つのカップにお茶を注ぎ終える。そこにさらに二人の少女が複数の果物と瓶を抱えて入って来た。


「遅れてごめんね二人とも。ギリギリまで冷やしてた果物持って来たから、今から切り分けるね」


「ヤギの乳の酪(ヨーグルト)も少し貰って来たから、これをかけて食べても良いよ」


 新しく部屋に入って来た二人はそう言うと、果物の皮を包丁で剥き始めて切り分ける。


「気にしなくて良いよ、エリィちゃんもローザちゃんも遊んでたわけじゃないんだし。今日はお仕事も無いから沢山おしゃべりしようね」


 ディアと呼ばれた少女が後から来た二人に笑って謝罪を断る。ララと呼ばれた少女もそうだと言いつつ二人を急かす。

 お茶、焼き菓子、切り分けられた果物、ヨーグルトをテーブルに載せ、四人は席に就く。そしてエリィが四人を代表して、音頭を取って話し始めた。


「今日はアンナ様のご懐妊のお祝いで、一日お休みを頂いた事を感謝しつつ楽しくおしゃべりしよっ。お茶請けには貴重な砂糖を使ったお菓子が配られたので、みんなも味わって食べようね。

 じゃあ、ここには居ないアンナ様とそのお子様に感謝を」


「「「アンナ様、元気な赤ちゃんを産んでください」」」




 事の発端は数日前、アンナが急に気分が悪いと訴えて嘔吐を繰り返した事だ。最初は何か食当たりを起したのでは、と屋敷の者は考えたが、その後は食欲が衰えるどころか吐いては食べてを何度も繰り返した事から、妊娠による悪阻だと周囲は確信した。念の為月の物が来たかを確認して医師にも診せた所、身籠ったのはほぼ確実だと分かった。

 そこから先は屋敷がまるでお祭りのような騒ぎになった。騒いでいたのは主に本人とマリア、そして一番アンナに懐いていたラケルだった。何故か夫のアラタは思っていたより冷静に事実を受け止めていたが、その顔は安堵の笑みを浮かべていた。アンナは子供のように大音量で号泣し、その隣でマリアは始祖フィルモに祈りを捧げつつ使用人にお祝いの準備をしろと命じ、ラケルはまた弟か妹が出来たと知って大いに喜んだ。

 翌日にはお祝いのお裾分けという事で、屋敷の使用人にそれぞれ一日の休日が与えられ、さらに祝いの品として貴重な砂糖を使った焼き菓子のクッキーが振る舞われた。今四人がテーブル並べた菓子もその祝いの品なのだ。

 その菓子をただ食べるだけでは面白くない、休みを使ってお茶会を開こうと、エリィが同じ屋敷の使用人の娘達に提案し、現在に至る訳だ。

 普段から甘味を口に出来ず、それも貴族でさえおいそれと口に出来ない砂糖を使った菓子を目の前にしたエリィ以外の三人はクッキーを慎重に、だが貪るように口にして、その甘味の魔力に酔いしれた。それをエリィは冷ややかに眺めてヨーグルトのかかった果物を食べる。いつもアラタにくっ付いているエリィは砂糖を口にする機会も相応にあるので、三人ほどがっつく気が起きない。それはそれとして甘い物は好きだが。


「むぐむぐ…ごくん。あー美味しいなー。私、このお屋敷で働けて幸せだなー。御館様も奥様も優しくて、こんな美味しいお菓子をくれるなんて。でも何で側室のアンナ様に子供が出来て一番喜んでいるのが正室の姫様なんだろうね?」


 一枚目のクッキーを食べ終えたディアが幸せを噛みしめつつも、自分の常識外の対応をするマリアを疑問視する。


「だよねー。普通は側室に子供が出来たら怒るよね。私もこのお屋敷で働いて一年以上経つけど、おかしな事ばかりだよー」


 ディアの言葉にララも同意する。二人ともアラタ達がこの屋敷に転居した時から使用人見習いとして働いているが、主人夫婦とその側室の仲の良さにはいつも驚かされている。


「私はプラニア人だからドナウの事は良く分からないけど、やっぱり変だったんだこのお屋敷の三人は。最初にこのお屋敷に来た時、三人一緒に暮らしているのが当たり前なのかと思ったけど、普通は側女のアンナ様は離れて暮らすよね」


「確かにおかしいけど、仲が良いならそれで良いんじゃないの?あたしはこのお屋敷大好きだよ」


 ドナウの風習だと勘違いしていたプラニア人のローザも後でおかしいと気付き二人に同意する。そしてそれを否定はしなかったが、エリィは特に問題はないと言い切る。その言葉にディアとララは品の無いニヤニヤした笑みをエリィに向ける。それを感じ取ったエリィはビクリとする。


「おやおや嘘はいけませんねえエリィちゃん」


「そうだよねー。エリィちゃんが好きなのはお屋敷じゃなくて御館様じゃないのー?」


「勿論アラタ様の事は好きだよ。あたしを村から連れて行ってくれて、いろんなことを教えてくれて、美味しい物も沢山食べさせてくれるし。死んじゃったお父さんとは全然似てないけど、あたしにとってはもう一人のお父さんなんだもん。嫌いなわけないじゃない」


 からかい混じりにエリィがアラタの事を好きだと指摘した二人に対し、当のエリィはそれを否定せず、しかし男としてではなく父として好きだと説明する。それを思っていたような反応とは違った返しに二人は不満そうにしている。こういう時はもっとあたふたして否定してくれると非常に面白いのだが、死んだ身内の事を出されて返されると却って反応に困る。

 いじりがいのないエリィに見切りをつけた二人が次に目を付けたのは、我関せずとお茶を啜っていたローザだ。はるばる隣国から幼馴染の少年にくっ付いてドナウまでやって来た猛者だが、少年本人の性癖をどう思っているのか知りたかった。


「ローザちゃんはセシル様の事どう思ってるのよ。ドナウにまで付いて来るぐらいだから好きなんでしょ?本人はその、アレだけど」


「言葉を濁さなくても分かってる。セシル様が私の事なんて見向きもしないのは知ってるけど、それでもずっと一緒に居てこれからも一緒に居たいんだもん。けど私はただの平民だし、今は時々一緒に出掛けたり、お世話するぐらいでもいいの」


 口では現状に満足していると言っても、顔を見ればそれが単なる痩せ我慢だと一目で分かる。本来ならフィリップ家とドナウが関わらなければ、第二の故郷の開拓地で二人は一緒になっていた可能性が高かった。それが運命のイタズラというか、アラタの策略によってセシルはドナウへとやって来た。そうなると政治的理由からセシルはドナウ貴族と縁談になり、平民のローザは出る幕が無い。性癖云々関係なしに、自身がセシルと一緒になれないのは本人も分かっていた。それをわざわざ指摘されるのは不愉快であり、ローザは唇を噛んで悔しさを堪える。


「まったく、こんな良い娘を放って置くなんてセシル様も駄目な人よねー。そりゃあ奥方様はお綺麗だから目が行くのは分からなくも無いけどさー。もうちょっとさー何とかならないのかなー。……!!良い事思いついた!」


 若干空気が悪くなったので、ララがフォローの為にローザを持ち上げ、それと同時にセシルに駄目出しする。さらに何か冴えたアイデアが降りて来たのか、悪い笑みを浮かべてローザ以外の二人はララを胡散臭そうな目で見ていた。


「ローザちゃん!!今夜セシル様の部屋に行って股広げてきなよー。そうすれば男の子なんてイ・チ・コ・ロだよー」


 あっけらかんとセシルに抱かれて来いと言い放ったララに、エリィはお茶を噴き出し、ローザは可哀想な人を見る目になり、ディアは『あー分かるわー』と同意した。


「本当にそうなんだよー。私の実体験だから嘘じゃないよー。男の子なんてちょっと裾をまくって濡れた股を見せたら、犬みたいにのしかかって腰を振るんだよー。セシル様だってローザちゃんが股を見せたら絶対上手く行くよー」


 のんびりした口調とは裏腹のララの非常に過激な物言いに、ローザは顔を紅くしてそんなこと恥ずかしくて出来ないとそっぽを向く。

 娯楽の少ない西方では手軽な楽しみとして性交が容認されているので、四人ぐらいの13~14歳の少女でも同年代の少年と性関係を持つ事は特におかしなことではない。寧ろ早い内に子供を作って家庭を持つ事の方が尊ばれる。この屋敷の主であるアラタのように20過ぎてから女性と関係を持つ男の方が希少なのだ。それ故に陰ではアラタは変人扱いされているが、本人は全く気にしていなかった。

 そこにさらにディアも自分の事をあっけらかんと話し始めたので、さらに場の空気はおかしくなり始める。


「私もこの前同じような事あったよ。ちょっと悪戯で物置の中でお尻見せたら、そのまま押し倒されてしちゃった。まあ相手の事は好きだし、元から期待してたから別に良かったけど」


「ディアちゃんの相手ってー、うちの庭師のマックスさん?けっこうカッコいい人だよねー」


 自分の相手を褒められたディアは得意げになる。マックスはこの屋敷で庭師の見習いをしてる16歳の少年だ。使用人同士が関係を持つ事はこの国ではよくある事で、ララの相手もレオーネ家ではないが、元いた王城の使用人の少年である。

 そして二人は普段自分達がどんな行為をしているのかを話し始め、それを隣で聞いていたローザは顔を真っ赤にしながらも興味自体はあるのか熱心に耳を傾けている。エリィは去年村に帰った時に似たような事を聞いていたので、ローザほど関心を持たなかったが、それでも興味はそこそこあった。


「御館様って凄いよねー。毎日奥方様とアンナ様を相手にして平気な顔してるんだもん。お部屋のお掃除とか浴室のお掃除大変だけどさー。御館様が居ない時も掃除大変だけどねー」


「そうだよね、特に朝に寝室に入ると臭いでむせ返る時あるし。シーツにも色々ついてるから、洗濯が大変だって他の人も愚痴をこぼしてた。そりゃそれだけしてれば奥方様も二人目が出来るし、アンナ様も出来るよね」


 子沢山な事は基本良いと思われるのは古今東西共通の価値観なので、アラタ達がどれだけ子供を作っても文句を言われる事は政治以外では早々無い。しかし、その後始末をする使用人からすれば、他人の情事の後を毎日見せつけられるので、愚痴ぐらいは言いたくなる。

 さらにアラタが不在の時にもマリアとアンナが情事に耽っているのは、この屋敷の人間全員が知っており、仲が良いのは結構だが、そこまでする必要があるのかと首を捻る事も多い。


「エリィちゃんは男の人と気持ち良い事したいって考えた事は無いの?」


「うーん、あるにはあるけど、抱かれたいって人が居ないし。よっぽど好きな人が居るなら止めないけど、アラタ様もアンナ様も興味本位とか遊びでするのは反対するんだ」


「あー、あのお二人はそういう考え方するよねー。ああいうのを身持ちが堅いって言うんだよねー」


 ディアの質問にエリィは相手が居ないのと、主人から忠告を受けていると話すと、ララは納得したように自分達と主人達との考え方の違いを茶化す。彼女達のような平民からすれば手軽に暇を潰せて気持ち良くなれる性行為を忌避するアラタの思考は理解し辛い。

 西方でも性病は幾つかある物の、それが性行為によって伝染するとはまだ知られておらず、不特定多数との接触による感染の危険性を知るアラタからすれば、非常に危険な行為だと考えて可能な限り避けている。

 かと言ってアラタがドナウで性行為の危険性を説いた所であまり意味はない。多死多産が当たり前の西方では生殖行為は率先して行われる物で、出来るだけ多く子を産む事は美徳と捉えられている。そして代わりとなる娯楽が無ければ、人は従来通り性行為を娯楽として楽しみ、子を作ろうとする。そういう意味ではアラタの方が妙な事を気にすると西方の人間は首を傾げるだろう。


「アラタ様は色々変わってる人だから。けど、言ってる事にはちゃんと意味があるのはずっと一緒に居て知ってるから、今はご主人様兼お父さんの言う通りにするつもり」


 お父さんとエリィは言うが、ドナウで貴族の主人に対してそんな口を聞いたら間違いなく折檻を受ける。しかしここの館の主なら苦笑いしながら流すだろう。それはエリィを除く三人も容易に想像できた。かと言って主人は威厳が無いという訳でもなく、逆に説明しようのない怖さが滲み出ている時もあるので、屋敷の使用人達はアラタを決して侮ったり舐めた態度を取らなかった。

 エリィと居候のローザを除く二人は、暴力を振るわず慶事があれば気前よくお菓子を振る舞ってくれる主人を変わり者としか見ていなかったが、居心地の良い屋敷だから細かい事はどうでもいいかと、大して気にしなかった。国政に関わらない一平民の娘の考えなどその程度の物だった。



 そしてその変わり者の主人が同時刻に何をしているかと言えば、城の自分の職場で部下から気になる報告を受けていた。


「北の港で白髪盲目のホランド人が地元の貴族と接触していたか。――――あの男、一体誰を殺しに来たのやら」


 厄介な手合いを引き込んだ売国奴に悪態を吐く。暗殺者がわざわざホランドを離れてドナウに入ってくる理由など一つしかない。問題は誰を殺しに来たかだ。第一に考えられるのは国王カリウス、次点で王太子エーリッヒだろうが、この時期にドナウ貴族がカリウスの首を狙う手助けをするのは合理的とは言えない。三年前、ホランドと戦をする前にカリウスの首を差し出して命乞いをするならそれなりに筋は通っているが、今はホランドが随分と弱体化しており、ある程度勝ち筋も見えている状況で自国の王を殺そうなどと、勝利を自分から捨てるような愚行を幾ら木っ端貴族でも選択するはずが無いと考え、だからこそアラタはハヴォムが誰の首を狙うのか測りかねていた。


(ドーラ、一番近くにある観測機器を今からこのハヴォムに張り付かせておけ。何かドナウ側から洩らすかもしれん)


(了解しました。すぐに北方の海を探索していた観測機器を移動させます)


 幾ら電子戦機のV-3Eでも広大な惑星丸ごとの精密なデータは短期間で収集出来る物では無い。場合によっては西方では未発見の海を隔てた大陸にも観測機器を派遣してデータ収集にあたらせている。それを一個人の動向に割くのは甚だ効率が悪いが、今ここでドナウに混乱が起きるとアラタもかなり困るので、腹立たしいがリスクを考慮し監視せねばならない。


(王の首を獲るのが戦で最も効率の良い勝ち方なのは知っているが、やられる側は結構腹が立つ。ライブに地球人と同じ感情があるとは思わんが、かつての奴等も巣の女王を破壊されて怒ったのかねえ)


(愚にもつかない考えなど破棄して、今後の対策に思考を回して下さい。ライブであれ人間であれ、怒りの感情があっても無くても敵なら排除するだけ。違いますか?)


 ドーラは機械らしい非常に合理的な思考で所有者に苦言を呈する。感情など相手ごと排除してしまえば関係ない。言ってる事はそれで正解だが、アラタから見れば、そこに至るまでの過程は感情に大きく左右されると捉えており、世の中全てが合理で動いていないとドナウに来てから厭と言うほど思い知った。

 ただし、この場で感傷に浸った所で益になる物も無いのはドーラの言う通りだったので、アラタは自分の仕事に戻る。己より強い相手を殺すにはどうすべきか、その手段を考えねばならない。そう思うと自然と愉悦が込み上げていた。



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