第100話 神術



 野営地に戻ったアラタは、用意されていた食事を摂りつつ、これから神の祭壇を調査してくると、全員に伝えた。何人かは暗いので危険ではと、消極的に止めたが、少し見て来るだけだとアラタは取り合わなかった。他の者は昼間あれだけ山道を歩いたのに、まだ動けるのかよと、アラタのタフネスぶりに閉口していた。殆どの者は昼間の山歩きでクタクタになっており、すぐにでも休みたいと思っていた。



 食事の後始末を終えた一行は、早々に休みを取って横になる者ばかりだった。ガートもアラタ同様平気そうだったが、アラタが不在の野営地を護る役目があり、身体は休めていたがいつでも動けるようにしていた。

 結局アラタは付いて行きたいというエリィと共に、ガートの言う神の祭壇へと向かうことにした。日没前だったが暗い事もあり、二人は手を繋いで互いに離れない様に歩いた。



 一時間ほど山道を歩き続けると、目的の峰の麓に着いた。日が落ちすっかり暗くなってしまったが、暗闇に慣れた目には人間とは比較にならない巨大さが広がっており、圧倒的な存在を放っていた。昼間見た時は赤茶けた岩肌が光を照り返していたが、今は日も落ち黒い壁にしか見えない。

 目的の祭壇はその壁の手前にあり、ドーラの報告通り環状列石の様式をとっていた。


「ふーん、本当に丸く石が置かれてるね。でも昔の人は何を考えてこんな山の上に石を置いたんだろう?神様の住んでる所にしては随分寂しいよ」


 エリィが松明を片手に環の中に入りつつ、石をしげしげと眺めていた。エリィからすれば神とは空か、城の礼拝堂のような凝った作りの場所にいると思っており、こんな野ざらしの石の輪っかが神の住居とは到底思えなかった。

 エリィの意見はドナウ人の一般的な意見なのだろう。父祖信仰の盛んなドナウは墓に力を入れる傾向がある。より凝った装飾を墓に施し、祖霊を祀る事で加護を得られると信じられていた。アラタが思うに、多くのドナウ人は今の自分があるのは先祖お陰であり、その先祖を大事にする行為が墓の装飾として顕れているのだろう。おそらくは、この思想が建国王フィルモを重要視する土台なのだ。

 むしろ金銀をふんだんに使う華美な装飾を好むサピンの神の祭壇が、このような石だけなのが不思議だった。長年放置されていたようだが、観測結果から最初から石だけで作られているらしい。金属の残留も無く、石その物にも加工の形跡が見当たらない。本当に切り出してすらいない自然石だけを並べた祭壇なのだ。

 そのどれもがおよそ50cm程度の人一人が頑張れば持ち運べる大きさで、それが等間隔に30個程置かれている。かなり均一に石を選別したらしく、そのどれもが同じ大きさと形状に見える。


(もしかしたらイギリスのストーンヘンジのように天文所として機能しているのかも知れないな。祭事の場と同時に観測所として使用していたのかも)


 アラタは少ない情報からそう予想を立てたが、自分の答えが当たっているとは思わなかった。この星に来てから二年が経過したが、天文学はまだまだ未開の部分が多い。西方でも暦の研究はそれなりに進んではいるが、絶対的なデータ量が不足しているし、V-3Eの観測情報も多いとは言い難い。その不足した情報からはこの遺跡の意味も読み取れそうになかった。


(あるいは本能的に神術と同じ力場を感じ取って、この地を聖域と考えたか。それならば神術の使い手にしか価値が分からず、放置されている理由にはなる)


 一万人に一人という低確率でしか生まれてこない神術使いの数では、そう大した事は出来ない。もしかしたら貴族か王族に生まれた神術使いが、この地に何かを感じ取り、人に命じて石を置かせたが、その子供や家族には理解を得られず、死後放置されたのかも知れない。現にここには長らく人の踏み入った形跡が見当たらない。ガートにこの場所を教えた村人も、話ぐらいしか知らないのだろう。

 となれば、やる事は一つ。ここに神術の使い手がいるのは幸運と言えた。


「なあ、エリィ。この辺りで神術を使ってくれないか?もしかしたら何か変化があるのかも知れない」


「え?それは良いけど…まあやってみるね」


 いきなり神術を使えと命じた主人を不審に思いながらも、突飛な事を思いつくのはいつもの事なので、また何か感じ取ったのかと思い、言われた通り神術を行使し始める。

 心に思い描くのは、最近ご無沙汰である寝心地の良いベッドだ。ここ数ヶ月地面か敷物の上で寝ているので、いい加減自分の部屋のベッドで眠りたいという欲求が形となり、幻影を生み出す。

 そうして顕現したのは自室そのものだった。簡素な作りのベッドを中心に、タンスや勉強机、装飾品の入った小物入れ。もう数ヶ月は見ていない自室が記憶に違わぬ姿で顕れる。

 問題無く神術を行使していたエリィだったが、何となくいつもと違う気がしていた。言葉で明確に表せないのだが、どうにも気分が軽い気がする。神術の行使はそれなりに疲れるのだが、今回はいつもより疲れない。山道を歩いていつも以上に疲労して、なおかつ術を使っているのに、何故か気分が良く疲れないのだ。


「んーなんかいつもと違う。いつもより疲れないよ。何でだろう?」


「座の中にいると負担が減るという事か。なら今度は座の外に出て術を使ってみてくれ」


 言われた通りエリィは環の外に出て、同じように神術を行使すると、今度はいつも通りの疲労感を感じる。それをアラタに伝えると、今度はもう一度中に入って、最大範囲で術を行使してみろと命じられた。

 エリィの神術は生物の視覚に直接作用するというより、空間に投影する能力だ。言わば立体式のプロジェクターに近い。それを生身で自在に操るというのはアラタからすれば非常識すぎるだが、勿論有効範囲が存在し、彼女の場合は自身を中心として10メートル程度までが操作限界になる。

 限界まで神術を使うのは結構疲れるが、アラタが見たいというのなら仕方ないし、自身も何時もと違う感覚の原因を知りたいと思い、術の行使に入る。

 最大範囲となると、自身の部屋だけでは賄いきれない。なら、同じ屋敷の中の大食堂を思い浮かべて現実へと投影する。全てを再現できないだろうが、きっかり10メートルでイメージを切るような器用な真似は疲れるので全て思い浮かべる。


「―――――むむむ、何か変な気分」


 先程よりさらに違和感があるのか顔を顰めているが、痛みや不快感の類ではないらしい。どうやら飲み物を摂取した時のように何かが身体の中に入ってくるような感覚だという。

 そうして違和感に構わず心のイメージを顕現させると、10メートルどころか数倍の規模の景色がそこに現れる。普段屋敷で食事をする長大なテーブル、その上には贅を凝らしたランプや燭台、パンを載せたバケットや水差しが置かれ、細工の施された天井から壁までが再現されていた。およそ30メートルの空間だけが暗闇の山の麓から切り離されて、帰るべき我が家へと変貌していた。

 エリィを中心として観測機がデータを収集しているが、詳細はまだわからない。幾ら情報解析に特化した電子戦機でも時間は掛かる。


「まだ、やれそうか?」


「大丈夫だよ。むしろ調子が良いぐらい。でも変だなあ、さっきより身体が軽いし疲れも取れてる。神術使うといつもは疲れちゃうのに、今は使えば使うほど気分が良いんだ」


 少し心配になったアラタがエリィを気遣うのだが、却って疲れが取れると口にし、気分を高揚させたエリィの返事に、酷い不安感を募らせる。

 まるで麻薬を投与された中毒者のような事を言うエリィを危険と判断したアラタは中止を命じるが、エリィは指示に従いはしたものの不満そうだ。どうにも気分が高ぶっており、もう少しさせて欲しかったと文句を言われたが、アラタは聞き入れなかった。



 ある程度データが拾えた事もあり、今夜はこれで引き揚げると言ってエリィの手を強引に引いて神座を離れる。大人の力に勝てる訳が無いし、主が自分には分からない何かを感じ取って、身を案じて場を離れたと直感で理解したこともあり、名残惜しかったがそのまま従った。

 帰りの道中、エリィが幾つか感覚的な違いを教えてくれた。アラタが一番信用するのは客観的なデータだが、主観的な感想も不要とは思わない。時にはそういった不確かな情報が最適な回答という事もある。

 先程の座の中での会話と同様、疲れるどころか疲労回復して気分が高揚するのと、いつもの数倍の範囲を投影出来たのが効果らしい。ただ、それが永続的な効果ではないようで、帰りの山道で術を行使すると普段通りの範囲と疲労感だという。

 となれば、どういった原理かは理解出来ないものの、あの座は間違いなく神術使いにとっては特別な場所と言える。後はドーラからの解析結果を待つしか無いが、いずれは本格的に調査しておく必要があると記憶に留めておいた。



 無事に戻って来た二人を起きていた者が迎えて、白湯を持って来てくれた。それほど寒い訳では無いが、その心遣いには素直に礼を言っておいた。

 他の面子の大半は既に寝ており、エリィも帰り道で疲れたようで、白湯を飲んだらアラタの膝を枕に眠ってしまった。


「こうしていると、親子というより仔猫と飼い主みたいですね」


 眠ってしまったエリィに毛布を掛けてやり、頭を撫でている様子を見て、そう揶揄していた。アラタは動物を飼った事は無いが、きっと言っている事は正しいのだろう。

 それから少し話をしていたが、ドーラから解析結果が送信されたので、会話を切り上げて休む振りをして、結果を吟味する。


(―――エリィが術を行使すると、あの座から力場が行使者に流れ込んでいるのか。一緒に中に入っていた俺には何の変化も無いとすると、やはり神術の素養が無ければ関係ないらしいが、一体どういう原理だ?)


(それは分かりかねます。過去に地球にも龍脈や地脈といった、その場にいるだけで超常的な力を宿せるという思想はありましたが、26世紀現在では単なる迷信と判断されています。この星特有の現象なのでしょうが、現段階での回答は不可能と言えます。あるいは多くのサンプルデータがあれば解析も進むでしょうが、現在の僅かなデータだけでは結論を出せません)


 ドーラの補足を聞いても謎は解けない。さらなる情報を集めたいのだが、エリィをこれ以上被験者にしたくない。先程の精神的効用を見るに人体にどのような影響が出るのかも分からないのだ。隣で気持ちよさそうに眠るエリィの寝顔を見て、出来る事なら実験動物のような真似はさせたくないと考える。殺人の片棒を担がせて言えた台詞ではないが、自身にとっては家族に近い感情がある。そんな娘を犠牲にしてまで情報は得たくない。アラタの偽りの無い思いだった。


(―――何かがあるのは確かなんだが、現状では放置するしかないな。ドナウにはこの手の遺跡の記録は無かったはずだから、あるのは他国か。サピンは現物がここにあるからそれでいいが、他の国にも記録が残っていればいいんだが、ホランドが焼き捨てているだろうし……観測機器を全て使って西方、あるいは星中の似たような遺跡を探してみるか)


(不可能ではありませんが、観測機器の移動や整備、実際の解析時間を考えると年単位は確実に掛かります。それでもよろしいですか?)


 どうせ地球に帰る気など無いのだから構わない。ついでに各地の資源調査も命じておく。ドナウには硝石が無かったが、他国になら鉱脈が眠っている可能性もある。ホランドとの戦いには間に合いそうにないが、今後を考えれば必須と言って良いので、今の内に調べておく必要がある。


(ドナウに戻ってから倉庫を開けておく。六基全部使って少しでも情報を集めろ。もしかしたら本当に神が居るかもしれないからな)


 それだけドーラに伝えると、アラタは眠ることにした。分からない事の方が多いが、もしかすれば本当に神、あるいはその痕跡にたどり着けるかもしれないのだ。何年掛かってもやる価値はある。

 そう思うとアラタはとても楽しかった。人間に苦難を課すだけで、何もしてくれない神を殺せるかもしれないのだ。そんな暗い感情を抱きつつ、明日の為に身体を休めた。



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