第26話 アラタの簡単クッキング




「おらー!ちんたら動いてんじゃねーぞ!!寒いなら、体動かせからだぁ!!」


「掘った土は袋に詰めろ!そこ、穴には落ちるんじゃねーぞ!杭が刺さったら命は無いぞ!」


 ドナウ王国にも雪がちらつき始める初冬。人里から離れた王家の直轄領に屈強な男達が集団を成して、声を張り上げながら忙しそうに動き回っている。

 この集団はれっきとしたドナウ王国直轄軍で、甲冑や武器こそ身に付けていないが、この辺境の地で軍事教練の真っ最中なのだ。



 彼等は幾つかの集団に別れて作業をしており、ある集団はひたすら穴を掘り続け、またある集団は切り出した丸太を斜め上に立てつつ、地面に埋めている。

 そこから離れた集団では、木製の建築物を組み立てる者と、組み立てた完成品に大の大人と同じ重さの岩を括りつけている者がいる。完成品の形は以前アラタが御前会議でドナウ王国の重鎮達に披露したトレブシェットの模型と酷似しているが、大きさが全く違い、完成品は5mを超える巨体を誇示している。

 トレブシェットは巨大なおもりの位置エネルギーを利用して石を投げる大型の平衡錘投石機だ。動物の腱などの弾力を利用するバリスタなどの他の投擲兵器と違い、岩石などを詰めた箱の重量を利用した、てこの原理を用いるので、大きく造ればそれだけ威力が増し、詰め物の重量を変えることで射撃距離を自由に調整でき、精度も高い。100kg超の物体を最大300m飛ばす能力があり、大型で移動不可能な点を除けば非常に強力な兵器と言える。

 西方地域には攻城兵器はそれなりにあるが、トレブシェットのような大型の兵器は無い。投石器やバリスタのような小型兵器は多いが、これほど大きな投擲兵器は歴史上登場しない。製作は軍の工兵隊の担当だが、中には建務省から派遣された官僚も参加して、如何に効率良く組み上げるかを怒鳴り合いながら、作業に勤しんでいる。


「だからここは先に全体の骨組みを作ってから」


「いーや、個々の部位を地上で作ってから一気に組み上げた方が効率が良い」


「それでは重すぎて持ち上がらない!どれだけ早く作っても完成しなければ意味は無い!!」


「そんなことは無い!ちゃんと持ち上がるはずだ!」


 互いに熱が入りすぎて取っ組み合いになっているが、誰も気にせず自分の作業に集中している。工兵隊の隊長は貴族出身者で数学にもそれなりに強く、同じく貴族の建務官僚と言えども頭ごなしに命令を聞かせられない。結果、熱が入りすぎて取っ組み合いになっているという訳だ。

 彼等はアラタに指導を受けているが、アラタ自身も専門家ではないので基礎部分しか教えられておらず、自分達だけで実際に組み立ててみなければ、分からない事も多い。

 組み立て以外にも運用の問題もあり、使用中に破損などしたら目も当てられないのだが、実際の戦場では如何に防壁に守られていようが敵の攻撃で破壊される事も想定して、即席で修復して使用する事も考えて組み立てているのだ。

 実戦で投擲する物体は樽に入ったナフサで、試験運用でも何度か投擲して着弾地を爆破させている。訓練当初は未体験の爆発に恐れおののいて、ナフサの取り扱いもおっかなびっくりしながらの訓練だったが、数日も訓練を重ねれば余裕が出てきて、淀みの無い動きを見せていた。ただし、毎回訓練でナフサを消費するには数が足りないので、大半の投擲物は重量を似せた丸太を使用している。



 そんな彼等は派遣された官僚以外は、れっきとしたドナウ王国直轄軍の軍団兵であり、来るべきホランド軍との開戦に向けて、この辺境の地で人知れず演習に励んでいるのだ。彼等がこの地にやって来たのは一月を超える程度の期間でしかないが、さらに半年前から国内各地で、街道整備に明け暮れていた。

 街道整備と一言で言っても、ただ草を引いて地ならしして終わりではない。地面を深く掘り下げてから大きさの異なる石や砂利を敷いて水はけを良くし、入念に打ち固める大作業だ。道の舗装以外にも壊れた橋の再建や、河川の堤防の修繕など多岐に渡る建築作業に従事しており、それなりに経験を積んでいた。

 最初はただの穴掘りだと反発して士気が低下していたが、給金を増やし酒などを振る舞われると、皆やる気を出して作業に取り組んでいた。実に現金な者達である。



 その街道整備もひと段落して、各地に散っていた軍団がこの地に集められて、ホランドとの戦の為に砦建設をすると説明を受けると、かなりの兵士が気炎を上げて、ホランドへの怒りを露わにしていた。ここ二十年間、ホランドの拡張政策によって三つの国が滅ぼされて、王侯貴族は皆殺しにあい、かつての国民は奴隷として圧政に喘いでいる。自らの生まれ故郷であるドナウが同じ目に遭うのを座してただ黙って見ている事など、到底受け入れる事が出来ないのだ。

 しかしながら兵力で大きく上回り、野戦で無類の強さを誇るホランド騎兵を相手にするにはドナウ軍はあまりにも非力であり、少数だが脱走者も出てしまった。幸い脱走した兵士は簡単に捕らえる事が出来たが、機密保持も兼ねて敵前逃亡ということで処刑された。

 その事に反発する者もいたが、大部分は臆病者など居ない方が良いと吐き捨てて、すぐに忘れてしまった。恐怖で縛りつける事は効果的だが、反発を招く可能性が高いので頻繁には使えない。士気の低下も考慮していたが杞憂に終わり、軍司令や主だった隊長らは胸を撫で下ろしていた。

 どうにもホランドの暴虐を己が押し留めるのだと、自分に酔っている兵士が周りを扇動しているのだが、今回はそれがうまく働いているので、大事になっていない。あらかじめ指揮官が、中にサクラを仕込んで煽っているのかもしれない。アラタやツヴァイク司令が一番恐れたのが脱走者による情報漏洩で、それが未然に防がれたのは大きな収穫と言える。



 しかし当初は故郷を護る使命感に酔いしれていた兵士達も、時が経てば一時の狂乱から平静になると目に見えて士気が落ちており、訓練の効率も落ちていた。

 幾ら故郷の為とは言え、人の碌に居ない未開拓地域では、娯楽に乏しく、ただひたすら訓練しかやる事が無いとあっては、全員がストレスをため込んでしまう。真っ先に脱走者を処刑したため、後に続いて脱走する者こそいなかったが、ギスギスとした空気は残り続けていた。

 部隊の一部は交替で別所の街道整備に従事する事で、ある程度ストレス軽減が出来ていたが、この地に居残って単純な訓練をしている者にはそれが出来ない。

 後から合流してきたアラタが宿営地の司令部に案内されて、そこで士官の一人にこれまでの状況の説明を受けていた。士官の説明を受け、腕を組みながら予想より深刻な軍の状況に眉間に皺を寄せる。


「娯楽の提供が急務だな。みなが鬱憤をため込み過ぎて暴動に発展しかねない。一番良いのは酒と女だが、酒は何とかなるが、女は…」


「外部の者を出入りさせるのは危険です。どこで情報が洩れるか分かりません。かと言って兵同士で抱き合うのは軍の規律に影響が出ます」


 この西方では男色は禁忌ではない。勿論推奨される物ではないが、それを理由に迫害されるような趣向ではない。但し、軍に置いては階級を盾にして部下などに関係を強要するような真似は認められていないし、集団で寄って集って相手を嬲る行為も処罰の対象になる。

 あくまでも個々人の恋愛として認めているのだが、今回のような閉鎖的な土地で訓練漬けになると、欲に駆られて軽率な行動を起こす者が出やすくなるのは、どの国でも同じだ。

 そうなれば軍規が乱れ、訓練も滞る破目になり、最悪ホランドと戦う前に軍が崩壊しかねない。


「この場で出来る娯楽を提供するしかない。後は上手い飯でも食わせて気分転換させるか」


「簡単に言いますが、妙案がお有りですか?顧問殿を疑う事は致しませんが…」


「俺の国で流行っている競技を幾つか普及させよう。比較的規則の少ない、分かりやすい競技で広い敷地があれば出来る遊びだから、ここでも可能だ。食事に関しても、俺が指導しよう。この国に無い料理なら気分転換になるだろう」


「は?あ、あの顧問殿、大変失礼かと思いますが、その…料理の経験がお有りで?」


 貴族は自ら料理をしない。料理を作るのは使用人の仕事だ。精々、貴族の夫人が厨房の指揮を執ることはあっても、貴族のそれも男が自ら料理など卑しい行為でしかない。

 軍隊である以上、女性を連れていけないので料理も自分達で作る事は当然の事だが、それは兵卒の仕事であって、厨房の責任者も平民であって貴族出身者が就く事は無い。軍隊において食事は重要な要素には違いないのだが、腹を満たす為の物で、軍の食事は娯楽とは程遠い。

 アラタが平民なのは周知の事実で、王家から大きな権限を与えられている以上、貴族と同列に扱うのが妥当なのだが、その貴族に料理を作らせるとなると、軍の責任問題に発展するのではと、及び腰になってしまう。


「孤児院出身でな、ある程度はそこで仕込まれた。軍の教練でも補給切れの状況を想定した自給自足の訓練で料理もしている。大人数向きの料理も幾つか知っているから、今日の夕食に出せるかもしれん。調理班に案内してくれ」


「は、はい!承知しました」


 本人がやると言っている以上、ここで拒否しては却って罰を受けかねないと判断した士官の一人が、宿営地の炊事場までアラタを案内する事になった。



 炊事場まで案内されたアラタを、責任者の百人長を初めとする炊事兵は戦々恐々し、頭を垂れて出迎えた。


「まず、現在の備蓄している食糧を確認したい。俺も補給部隊と一緒に、ここに来ているが、使えそうな食材が他にあるかもしれないからな」


「へえ!と言いましても軍の兵糧はどれも日持ちのする食材ばかりで、特別旨い食材は持ち合わせとりません。精々、士官用に生きた家畜を確保しているぐらいでして、それでは到底一万の兵の腹を満たせません。小麦や大麦にイモ、干し肉や腸詰、魚の干物、チーズにバター、後は野菜に干した果物ぐらいですよ」


「ふむ……所で豚や羊の脂はまだあるか?」


「脂ですかい?照明用に確保してありますから、手元にありますよ」


「あとはイモと小麦粉がいるな。じゃあ、料理の説明をするから、きちんと見て覚えてくれ」


 そう言うと、食糧庫から必要な食材を持ってこさせてアラタは料理の仕込みに入る。

 王家の顧問役が来たと思ったら、料理を教え始めてしまい、炊事場の兵士たちは呆気にとられながらも、話を聞いていないとなれば懲罰物だと慌ててアラタの説明を一字一句洩らさず聞く事にした。

 手始めに家畜の脂を鍋に入れて、火に掛ける。その間にイモの皮を剥いて、親指サイズに切り分けた後、小麦粉をまぶしておく。鍋の脂が温められて液状になったら、イモを投入する。

 ここでアラタの調理を見ていた炊事兵がざわめきだす。ドナウを初めとした西方地域の料理では油を大量に使用する揚げ物料理は存在せず、彼らがこの西方で初めて揚げ物料理を目の当たりにしたのだ。

 暫くイモが揚がるのを待ちつつ塩と皿を用意して、充分火が通ったら鍋から出してイモに塩を振る。


「ほら、これがフライドポテトだ。試食してみろ」


 ズイッと差し出された皿には、揚げたばかりで湯気の立ち込めるイモが、冬の寒気に負けじと熱と香ばしい匂いを放っている。その匂いに、責任者の百人長はごくりと生唾を飲み込む。


「で、ではお一つ―――――おお旨い。このホクホクとした食感と脂の旨み、塩加減が堪りませんな」


 百人長の高評価に聞いて安心した他の兵士が我先にと、皿のポテトに手を出して、あっという間に皿は空になってしまった。


「これの利点は簡単かつ、調理に時間が掛からない事。材料も最低、油とイモがあれば大量に用意出来る事だ。主食には足りないだろうが、付け合わせなら問題無いだろう。今日はいきなり来たからこのぐらいにしておくが、明日もまた教えに来るからな」


 アラタもいきなり他人の職場にやって来て、あれこれと指図するのは相手の不興を買う事を理解しているので、今回は顔見世程度に抑えて、明日も顔を出す事にした。

 料理一つで士気を上げる事ができるなら、率先してやるべきなのだ。

 明日は何を教えようか、兵器と同レベルで料理を教えようとしているアラタを、ドナウの上層部が知ったら一体どう思うのだろうか。呆れるだろうか?怒りを覚えるだろうか?それとも笑い話として大いに笑うだろうか?残念なのか幸いなのか分からないが、この地には彼らは居ないので、今は誰にも分からなかった。



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