第25話 エリィのよくある一日




 肌寒い晩秋の夜明け前、使用人部屋として与えられた小さな一室のベッドでエリィは目覚めた。一使用人のエリィに個室が与えられたのは、他の者と違い家族が居ない事とアラタの専属の使用人という立場だからだ。

 王城にはエリィと同じぐらいの年頃の子供も集団で住んでいるが、彼等は使用人や下級役人の子供で、家族と一緒に城で生活しているので個室ではない。

 その為アラタの特異な立場上、同じく彼に連れてこられたエリィも他の使用人とは扱いが若干違う。尤も、エリィの与えられた部屋はアラタのような貴族用の部屋ではなく、平民用のベッドと数点の家具のあるだけの狭い個室だ。その為、他の平民の使用人達から嫉妬ややっかみは大して受けていない。精々が他の子供達から個室を羨ましがられる程度のものだ。



 まだ肌寒い部屋の空気に身震いしながらも、ベッドから這い出たエリィは寝間着を脱いで、使用人用の仕事着に着替える。この城に来た当初は寝心地の良すぎるベッドに慣れなかったが、一ヵ月も使っていれば流石に体が慣れてくる。

 平民用のベッドだが村に居た時は村長ぐらいしか使用していない貴重な家具なのだ。田舎の農民の寝具など、藁山にシーツを敷く程度の粗末な物でしかないのに、それがこの城では平民の娘に与えられるのだ。都会の人間は恵まれていると、羨ましさの反面呆れもする。



 着替えた後は部屋から出て、今日の仕事場へ向かう。アラタの使用人であるエリィには特別仕事は無いのだが、当のアラタが軍の仕事で一ヵ月は不在で、その彼から仕事を覚えさせてほしいと使用人長に頼んでいたからだ。


「おはようエリィちゃん!今日も寒いよね。あたし寒いの苦手なんだ。エリィちゃんも朝起きるのつらくない?」


「おはようカタリナちゃん、んーあたしはそんなに辛くないよ。お城の中って農村に比べると結構暖かいから」


 仕事場に向かう途中で、エリィと同じ年頃の少女が挨拶してきた。彼女はカタリナといい、この城で両親が使用人として働いているので、一緒に見習いとして働いてる。カタリナのような立場の子はこの城にもそれなりに居り、それぞれの場所で見習いとして働きながら仕事を教えられている。


「今日のお仕事は城内の掃除だって。あたし水仕事嫌だなあ、手が冷たくてアカ切れになっちゃうから」


「しょうがないよ、冬なんだし。でもこのお城ってすごいよね。井戸で水くみしなくても、勝手に水が出てくるんだもん。水道だっけ?あたしの村じゃそんなの無かったから、ここに来てすっごく驚いたもん。水汲みしなくて楽ちんだよね」


「そう?あたしはこの城で育ったから、それが当たり前だと思ってたけど」


「もう!これだから都会の子は―――」



 二人でふざけ合いながら、平民用の大食堂に向かうと、他の使用人やその子供達がテーブルに集まっていた。みな、仕事前に食事を摂りに来たのだ。

 既にエリィも慣れているが、初めてここに来た時は大勢の使用人の数に目を疑ったものだ。この城で働いている使用人の数だけでエリィの住んでいた村の住人の数を楽に超えているからだ。

 各自で賄い料理を貰って好きなだけ食べる方式を取っており、二人も他の人と同じように料理を貰いつつ、空いてる席で食べ始める。朝の献立は野菜屑の入った麦の粥だ。使用人の料理に手間や良い食材は使わない為、こういった大量に作れる料理が賄いになる事が多い。食材は貴族や王族に出した料理の残り物で作られるので、品質自体は変わらないのだ。単に見た目が悪い程度で、エリィからすればかなりのご馳走なのだ。それを毎日食べれるお城の使用人は本当に恵まれていると思う。



 朝食が終わればすぐに使用人長から今日の持ち場を伝えられて仕事に取り組む。故郷の村でも掃除をしていたが、お城の中の掃除とは勝手が違う。特に城の随所に設置されている調度品の取り扱いには、細心の注意を払って掃除をしなければならない。

 花瓶や彫刻一つで街の平民が一年暮らせるほどの値段だと聞いて、恐れるよりアホらしいと感じたのは内緒だ。花瓶は花瓶だろうに、何故そんな価値があるのか良く分らなかった。確かに綺麗だが、一年分のごはんの方がよっぽど大事だろうに。

 そう内心思いつつも、仕事は手を抜かない。下手に手を抜くと後でアラタに報告が行って、折角の望遠鏡が手から零れ落ちてしまうからだ。今から考えると、これを見越して我が主人はエサを用意していたのかもしれない。なんだか担がれたような気もするが、エリィにとっても美味しいエサなので、まあ良いやと納得している。



 真面目に掃除をこなしていると、すぐに昼になりお腹が空いてきた。丁度、見回りに来た中年男性の使用人長が見習いの仕事を確かめに来たのだ。これに失格と言われると、やり直しを命じられてお昼御飯が遠のいてしまう。その為、見習いからは結構嫌われている。

 後にアラタがその事を聞いた時には、『食うための仕事なんだから当然だろう。小言言われるのが嫌なら、しっかり仕事するだけだろうが』とにべもなく返された。正論なのだが、面白くない。

 じっくりと午前中の仕事の成果を調べている長の様子を緊張しながら見守っていると、振り返ってエリィをじっと見つめつつ、


「大変よろしい。真面目に仕事をこなしていますねエリィ。お昼を食べに行っていいですよ。それと、食べ終わったら君はベッカー様の邸宅に行きなさい」


「はい、分かりました。ではお昼を食べてきます」


 どうやら合格を貰えたらしい。ほっと安堵の息をつき、掃除道具を持って持ち場から立ち去る。

 食堂は朝と違って人がまばらだ。夜明けと共に起き出す朝と違って、それぞれきりの良い時間は違うので、仕方が無い。昼の賄いの黒パンと塩漬け肉の入ったスープを貰って、知り合いを探す。


「ヨハンさん、一緒に食べよう」


「ああ、エリィか。良いよ、一緒に食べようか」


 年上だが同じ主人に仕える使用人の少年の隣に座り、賄いを食べ始める。


「エリィも大分この仕事に慣れてきたようだね。他の人が褒めてたよ、年の割に真面目に仕事をする娘だって。君ぐらいの年頃は遊びたい盛りだから、なかなか真面目に仕事をする子が少ないから」


「アラタ様のおかげだよ、あの人が頑張ったらご褒美をくれるって約束してくれたからね。真面目に仕事も勉強もしないと、望遠鏡が貰えないから」


「ああ、あの便利な道具か。レオーネ様も気前良いよな、あの望遠鏡まだ十個ぐらいしか無いらしいのに、それをポンとくれるんだから。それにあの道具に使ってるレンズも城の役人が絶賛してたよ、これで書類が随分見やすくなったって。ほんとあの人は僕らと中身が全然違うよ。あれで平民だって言うのなら、あの人の国の王様とかはどれだけ凄いんだろう」


 アラタがやってきてから半年の間、世話をしていたヨハンは彼が生み出す道具の数々を間近で目のあたりにしているが、同じ平民とはとても思えなかった。平民であれだけの知識と教養を持ち合わせているのなら、彼の国の貴族や王族はどれほどの傑物なのかと、この城の使用人たちは口々に噂をしている。

 これがこの国の平民で、アラタのような異国の者でなければやっかみや嫉妬で嫌がらせの一つでも有るものだが、ここまでこの国の常識とかけ離れていれば、どこか遠くの別の生き物に見えてくるのだろう。それに特別被害や損をしたという事も無く、むしろ得になる事が多いので、理解出来ない存在だが遠ざけるのも惜しいという、実に微妙な立場にある。

 これで王の技術顧問役という立場を鼻に掛けて好き勝手していれば反発もあるものだが、そんな事も無く極めて理性的かつ、禁欲的な男なので却って人間味が感じられないと、不気味に思う者も当初はいたらしい。ただ、最近になって近衛騎士やエーリッヒ王子と年相応に騒いでいたり、アンナを度々訪ねている事が話題に上ると、多少なりとも普通の人間だと受け入れられている。

 尤も、西方の人間と基本的に狂人と修羅が大部分を占めていた地球人類のメンタリティの差異は途方も無く、恐らくはその差が埋まる事はこれからも無いだろう。それに気づいているアラタ自身も、特別改善する気も無く、上っ面だけ整えつつ結果を出していれば問題無いと割り切っていた。


「あたしら田舎の農民からしたら、このお城の人も凄いけどね。平民でも字が書けたり算数出来たりするし。村の大人でも字が書けるのは村長とかの家の人ぐらいだったよ。あたしもまさか、字の勉強する事になるなんて思わなかったもの」


「そうだね、足し算引き算は街で買い物とかするから簡単な計算は必要になるけど、読み書きは僕も出来ないし。それだけ期待されてるって事じゃないか、やっぱり字を覚えるのは大変?」


「うん、とっても難しいよ。字は覚えられても、組み合わせが良く分らないし、文法とかいうのを覚えないと怒られるし、平民のあたしが覚えても使う事なんかあるのかな?」


「うーん、レオーネ様が君に何をさせたいのか分からないから、僕にはわからないなあ。あの人の考えは突飛で読めないから」


「やっぱりそう思う?アラタ様っていい人だけど、良く分らないとこあるよね。神術があるからあたしを引き取ったみたいだけど、ここに連れてこられて最初にさせられたのが勉強だったし」



 そんな会話を二人でしながら昼食を食べ終わると、ヨハンは次の仕事の為に食堂を後にし、エリィもそれに倣った。自室に戻り、勉強用の筆記用具などを袋に詰めて城を出て、真っすぐにベッカー邸を目指す。

 他の使用人は昼食が終われば、各自で自分達の仕事に取り掛かるがエリィにはそれが無い。勿論遊ぶための時間ではなく、勉強の時間だ。読み書きの練習から始まり、算数もあれば礼法もあり、中には神術の訓練も入っている。

 途中で露店の物売りの活気の良い声に立ち止まりたい衝動を抑えながら足を進める。この活気の良さも村には無い物で、様々なモノを取り扱う露店は田舎娘のエリィには殊更魅力的に映る。

 懸命に寄り道したい衝動を抑えつつ、ベッカー邸に着き裏門に回る。エリィは貴族でも客でも無いので、正門から入れないので使用人用の出入り口を使っている。


「ごめんください、エリィです。リザ様に礼法を習いに来ました」


「いらっしゃいエリィちゃん。リザ様はお部屋にいらっしゃるから、行っておいで」


 邸宅の使用人とは既に顔見知りになっており、一言挨拶をすれば殆ど素通りで屋敷を歩き回れる。

 城の中には教師となる人員も事欠かないので、アラタが勉強を直接見る必要が無い。読み書きも計算も、財務や学務の役人から教えてもらえればそれ済むし、裁縫などの雑務も女中から教わる。ただし神術については使い手自体が少数の為、教師も不足気味なのだが、アラタもそこまで急いでいないと言うので、教師役の時間が取れた時に教わる程度だ。


 神術以外は誰が教えても構わないのだが、エリィの教師役を買って出たのは何故かベッカー家のリザだった。

アラタのお共で何度かベッカー邸に足に運んだ時に、暇を持て余していたエリィに色々と指導しており、アラタが不在の日もこうして屋敷を訪ねている。

 リザがエリィの事を可愛がっており、年寄りの手慰みだと言って、指導を買って出たのでこうして礼法や刺繍などの勉強に来ているのだ。


「こんにちはリザ様、ご機嫌いかがですか」


「こんにちはエリィ。そうねぇ、今日は目覚めも良かったし、晴れているから気分も良いわ。年のせいか雨が降ると関節が痛くてね」

 既に60歳を超えているが10歳は若く見えるリザだが、やはり年の為か身体のあちこちにガタが来ていると嘆いていた。ただ、両親を亡くしたばかりのエリィからすれば、それでも長生きできるだけ幸福なのではと思う。


「こんにちはエリィ、今日は私もご一緒させてもらうわ」


「アンナ様も御機嫌よう。あたしのような平民にはお気遣いは無用ですよ」


「うふふ、そんなに畏まらなくてもいいのよ。私はあまり外を出歩けないから、あなたとお話しするのも良い気晴らしになるのよ」


 ニコニコとアンナはエリィに笑いかける。三人には平民と貴族という身分差はあるが、それでも互いを好ましく思っているのは確かなのだ。



 挨拶もそこそこに済ませると、早速リザから今日の指導を言い渡される。この時のリザは穏やかな老女ではなく、厳しい態度の教師だ。エリィも何度か指導を受けているのでそれを知っており、真剣に教えを受けている。その横でアンナも一緒になってエリィの指導をしている。

 アンナもリザと同様に指導している時間は普段の穏やかな表情が引っ込み、真剣な顔つきでミスをするエリィを容赦なく叱り飛ばしている。どうやらアンナもリザに昔、指導を受けていたらしく、叱り方もよく似ている。

 女性なので暴力こそ振るわれたり鞭で叩かれる事は無いが、エリィにとっては結構な精神的負担なのだ。しかし、他の見習いならばミスをすれば平手が飛んでくる事をヨハンやカタリナから聞いており、それが無いだけでも幸運で、他の使用人から羨ましがられた。

 今日の勉強は読み書きで、教材は古くからドナウに伝わる寓話をまとめたものだ。エリィも親から聞いた事のある話が載っており、比較的分かりやすい教材だ。

 それでも何度かミスをして叱られているが、めげずに書き取りを続けており、毎日続けている成果が徐々にだが出始めている。



 数時間練習に集中していると、途中でリザがお茶にすると言ってエリィを止める。ふうと大きくため息を付いて、固まった筋肉をほぐすと、アンナが労いの言葉を掛ける。


「よく頑張りましたねエリィ。おやつも用意してあるから、休んでいいわよ」


 多少辛くても、この屋敷で勉強すれば休憩時間にお菓子が振る舞われるので、エリィには楽しみの一つなのだ。

 暫くすると使用人が焼き菓子とお茶を持ってくる。今日のお茶請けはハチミツ入りのケーキだ。ハチミツは田舎なら比較的手に入りやすいが、それなりに貴重な甘味なので、街に持って行って現金に代えてしまう事が多く、エリィもあまり口にしたことが無い。

 しかし、この屋敷に来ればちょくちょく食べる事が出来るので、最初の頃はともかく、今はがっつくほどではない。それでも楽しみであることには違いないのだが。

 早速ケーキにかぶり付くと、口いっぱいにハチミツの甘味が広がり、エリィは幸せそうに顔を綻ばせる。平民にとって甘味はご馳走なのだ。

 そんな様子を楽しそうに眺めながら、二人はお茶を楽しんでいる。


「アラタ様は今頃どうしているのでしょう?もう冬になるというのに、まだ帰ってこれないのでしょうか」


「仕方がないわ、殿方というのは外で仕事をする物ですから。それを何も言わずに待つのも女の仕事です」


 ふと外を眺めながらアンナがぽつりと呟く。まだ雪が降るまで時間はあるが、吹きつける風は随分と冷たくなった。外に一日中居れば、風邪を引いてしまうかもしれないと、アンナは心配している。

 エリィはアンナほどアラタの事を心配していないが、それでも出来れば早く帰ってきて顔を見せてほしいと思うぐらいには、アラタの事は気に掛けている。

 まだ幼いエリィでも、アンナがアラタの事を好きなのだと気づいており、アラタもアラタでアンナの事が好きなのは直ぐに分かった。城の使用人の噂話でも、結構有名な話だ。実際にアンナと接していると、その穏やかな気性が目につき、それが理由でアラタが好きになったのかと勝手に納得した。


「あの、多分大丈夫だと思います。アラタ様は頑丈な人ですし、本人も年が代わる前には戻ってくると仰ってましたから。きっと元気に戻ってきます」


「―――そう、そうよね。きっとあの方は元気に戻ってくるわ。この前だって二ヶ月以上も旅をしていたけど、病気に掛かったりしなかったって仰ってましたし、きっと大丈夫よね。ありがとうエリィ、私を気遣ってくれたのね」


 そんな、ここには居ない主人の話題に花を咲かせつつ、お茶会は進む。その中でエリィが何気なくアンナに、爆弾を投下してしまう。


「ところでアンナ様はアラタ様といつ結婚するんですか?」


「ぐほっ!!げっほげほっ!――――な、なにをいきなり言うの!!」


 およそ貴族の女性が出してはいけない声を出しながら、むせ返りお茶を噴き出してしまった。予想外のリアクションと取るアンナに驚きながらも、エリィはテーブルに零れたお茶を布巾で拭きとる。


「でもお二人が好きなのはあたしも見てれば分かります。だからアンナ様に聞いてみたんですが、駄目でした?」


「そ、そんな事私に聞かれても―――それにアラタ様が私の事をす、好きなのかだって分からないでしょう!!」


「あはははははは。もう、二人は私を笑い殺す気ですか?いいですかエリィ、世の中、知っていても黙っていてあげる情けという物があるのよ。例えそれが周りから周知の事実だとしても、見守ってあげる事が礼儀と言う物です。こんな風に本人に直接聞いてしまうのは礼に反する行為ですよ。アンナも、そんなはしたない真似をしてはいけません。貴族の子女ならもっと余裕を持ちなさい」


 飲んでいたお茶を噴き出した行為もだが、狼狽して声を荒げたアンナをリザは窘める。どの国でも、婦人にとって色恋沙汰は恰好の話題の種だが、それは身内でも例外ではない。若い二人のやり取りは60歳を超えたリザの琴線に触れ、大いに笑いを誘うものだ。

 そんなアンナの様子がエリィには変な物に見えたが、リザから黙っているのも礼儀だと言われて、口に出す事は止めておいた。エリィからすれば、好き同士ならさっさっと結婚してしまえばいいのにと、ごく単純に男女の仲を見ているからだ。

 特に田舎の男女など早ければ13~4で結婚して子供を作るのだ。そんな田舎の農村の結婚観からしたら、お互いに好きなのに結婚も子作りもせずにいる若い男女など、理解出来ない存在に見えてしまう。

 都会の人の考える事は良く分らないと思いながら、エリィはお茶を啜っていた。



 そんな事故もありつつお茶会は終わり、勉強は再開して、時折ミスを見つけて叱り飛ばされながらも、エリィは懸命に書き取りを続けていた。

 夕刻になると指導も終わり、片づけを始める。二人に明日もまたお願いしますとお礼を言ってベッカー邸を後にしたエリィは、足早に城へと戻る。

 街は帰路へ着く住人がまばらに歩いている程度で、昼間のような活気は無い。露店も殆どが片付けられており、閑散とした通りをエリィは残念そうに一瞥しながら、足を止める事なくその場を立ち去った。

 城の裏門には住み込みでない使用人たちが、帰路に着くのが目に付く。彼らは主に街に家を構える者達で、毎日通いで城で働きに来る者達だ。残念ながらエリィの顔見知りは居ないようで、そのまま城に入り、自室へ向かう。



 夕食の時間まで少し時間があるので、自主勉強がてら貸し出された教本を読んでおく。使用人見習いには照明用の油はあまり支給されないので、日が出ている間に少しでも勉強しておかなければならない。

 他の使用人から聞いた話だと、以前は食肉用の家畜の脂が手に入りやすかったが、半年前から軍に取られてしまい、見習いまで回ってこないとの事。海獣の油もあるが、あれは貴族や王族用の油で使用人には手が出ない。

 それ以外の代用品を偉い人が実験して手に入れようとしていると噂で聞いているが、数が揃わないのでまだまだ不便なままなのだ。



 太陽が城壁で隠れてしまい、部屋が暗闇に包まれしまったので、読書を中断して食事の為に部屋を出ると、途中で同じ見習いの子を見かけたので、一緒に食堂へ向かう。


「今日のご飯は何かな?イモよりパンの方が嬉しいな」


「あらエルはイモ嫌いなの?あたしはイモでも良いけど」


 エリィより二歳ほど年下の少年はエルと言い、父親が役人で母親が城で給仕をしているので、一緒に城に住んでいる。平民だが、父親は読み書きが堪能なので役人として重用されている。エルもその影響というか、ほぼ強制的に読み書きや四則計算を学ばされて、よくブーたれている。


「ぼくイモきらーい、味が無いもん」


(お腹いっぱい食べれるだけでも幸せなのに)


 盗み食いの罪で木に吊るされた経験のあるエリィからすれば、味など二の次で腹一杯食べれるだけ幸せだろうにと思うのだが、生まれた時から王都で暮らす者は味にも煩いらしい。


「もう、我がまま言わないの。そんなに美味しい物を沢山食べたいなら、貴族にでもなるしかないのよ。貴族になれば毎日白いパンとお肉や魚も食べれるわ。あなたが自分で頑張りなさい」


「うん、分かった。ぼく貴族になって毎日美味しいご飯を食べるね」


 幼さ故の無知なのか生来の楽天家なのか判断がつかないが、目標があるのは良い事だろう。そんな子供の戯言を適当に受け流しながら食堂で賄いを食べる。ちなみに夕食はエルの嫌いなイモと腸詰だった。



 夕食が終われば後は寝るか風呂ぐらいしかやることが無い。風呂と言っても平民用の風呂は貴族と違って蒸し風呂だ。田舎の村には風呂など無く、みな水浴び程度で済ませているのでエリィもこの城に来て初めて風呂と言う物に触れた。

 最初は蒸し暑いだけであまり好きではなかったが、何度か試している内に汗をかいてさっぱりした気分になるのが堪らなく好きになって、今では毎日欠かさず風呂を利用してから眠りに就いている。

 風呂に入り、さっぱりした気分でベッドに潜り込むと、すぐに眠気が襲ってきた。故郷の村と違って、農作業や薪拾いのように体力のいる仕事は無いが、精神的に疲弊する事が多いのと慣れない仕事が重なり、疲れやすくなっているのだ。

 色々と考える事も多いが、明日の為にエリィは死んだ両親に軽い祈りを捧げてから眠りに就いた。



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