3 光るもの

黒い何かはガリ、ガリと音を立てて石を食べている。

食事に夢中なのか、真澄に気づいていない。

早くここから立ち去らなければ、早く、早く黒いバケモノから・・・・・・。


ーーパキン


音を立てずに足を後ろに運んだつもりだった、のに、石を割ってしまった。

それはあのバケモノが食べている石だった。

遠目からでは分からなかったが、石ではなく輝きを失ったガラスであった。

真澄が立てた音により、バケモノは訪問者に気づいたのか動きを止めた。

そして、女性に纏わり付いていた影のような物がうねり、少しずつ形を作っていく。

金縛りにあったかのように動けなくなった真澄は逃げることを許されず、ただバケモノの動きを見つめた。

輪郭を伝う汗がゆっくりと地面に落ちた。

それと同時に、奇声。

この世のものとは思えない音波。

目の前の黒い何かは、人間になった。

いや、人間の成り損ないといったほうがいいだろう。

全身は黒く、目も耳も鼻も無い。

ただ正しい位置に口があり、手と足がある。

人間の影に口をつけたような、そんなものになったのだ。

しかし、この異様な状況にいながらも真澄は冷静でいた。

耳も目も鼻も無ければ気づかれないと思ったからだ。

逃げられる、と思ったのも束の間、にゅるりと目玉が飛び出てきた。

そのままの意味だ。目が出てきたのだ、にゅるりと。

そして、2つの目玉は真澄を捉える。

思わず、ヒクリと口角が上がった。

バケモノも真澄につられたかのように口をにんまりとさせた。


「ア、ギギガ、ゴガアア・・・・・・ギアアアア」


バケモノの声に反応して地面から鋭利な影が無数に現れた。

尖った先は全て動きを封じられた真澄に向けられた。

バケモノはギギギ、と歯を軋ませながらクネクネ動いている。

準備をしているのだろうか。


(あ、これ、死ぬんだ)


(どうしよう、頼まれた物を届けないと栄子さん困るよな)


(明夫さんが明後日、水族館に行こうって言ってたな)


(古都に借りた漫画どうしよう)


(16年、短い人生だったけど、最後に良い人達に会えて良かった。俺がいなくても皆、幸せに暮らせる人達で良かった)


寂れた公園で真澄は思いを馳せた、栄子さんと明夫さん、友達の古都、そして・・・・・・。

バケモノが金切り声をあげた。

シュン、と光の速さで影が伸びる。

影は公園に生える木を紙のように切り裂き、空気を切り裂いていく。



ーー来る!


ぐっと真澄は目を瞑った。


一瞬で終わる。

そう思っていた。

だが一瞬はやって来なかった。


誰かが真澄の前にいる。

後ろ姿だが、真澄よりも若い、中学生ぐらいの少年だ。

学ランを着ている。

手には銀色に光る刀。

少年の下には真澄に向かってきていたはずの無数の鋭い影が落ちていた。

体も動けるようになっていて、緊張が解けたのか足に力が入らず、そのまま尻餅をついた。

「助けられた・・・・・・?」

緊張で少しガラガラになった声を発せば、少年がこちらを振り向いた。

中性的な、でもキリッとした眉毛が少年の男らしさを強調していた。

少年は真澄に向かってにこりと微笑んだ。


「やっとあんたと話せた。ずっと待ってたんだ」


少年の言葉に真澄は首を傾げた。

どういう意味だろうか?昔の記憶を辿っても少年のことは知らない。


「助けて、くれてありがとう・・・それで君は、どちら様?」


今度は少年が真澄の言葉に目を丸くした。

数秒後、


「ああ!そっか!あんたは僕の姿が見えてなかったんだね!」


「はっ?」


「初めまして、僕の主。 僕はあんたの感情・・・・・・“喜び”だよ」


部活帰りの剣道部の少年に助けられた、というわけではないみたいだ。








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