第148話 想定外な潜入 中・想定外に備えろ


「で、そいつがリボルバー男の仲間か」

「はい。ボディチェックをしましたが、何も武器を持っていないようです」


 今井が連れて来られたのは、四つのソファーが四辺を囲み、他に何もない部屋の真ん中だった。彼をここに連れてきた男と同じように、自動拳銃を構えた男たちが、三脚のソファーに座っていた。

 彼の目の前にいるのが、この部屋で唯一グレーの高級スーツを着た男だった。その年齢不詳の黒髪の男は、ピアスがあちこちに付けた顔を傾げる。


「目的は何だ? 金か? 元の取引相手はどこ行った?」

「い、言えません」

「黙っていたって、良いことないぞ。ええと、ジョアンナ? ジェイコブ? どっちだ?」

「本名は言えませんよ」


 ツナギの男に尋ねられて、今井はそう答えるしかない。そして、ここのボスである牛河の椅子の横に置かれた、大きなスポーツバッグを見る。この中に金があるらしい。

 「まあ、人質の価値はあるだろう」と、立ち上がった牛河に手招きされて、今井は銃を突き付けられたまま、膝立ちに両手を上げた格好にさせれる。その時、バタバタと走る音がして、大きく正面のドアが開いた。


「純一!」

「おお、来たか、リボルバー男。とりあえず、こっちへ」


 入ってきた横溝は、今井に向けられたもの以外の拳銃がこちらを向いて、顔を顰めた。牛河以外は立ち上がっている。彼も両手をあげて、左手の自動回転式拳銃に指を入れたまま、引き金は引けない状態にさせられた。

 自分の前に来た横溝から、牛河は今井を連れてきた男に目を向けた。


「ハツ、仲間が呼ばれている可能性が高い。お前は下で見張っとけ」

「分かりました」


 一礼して、ハツという男が部屋から出た後、牛河は不敵な笑みを浮かべて、横溝を眺めた。


「持っている武器を、全部こちらへ寄こせ」

「承知した」


 特に悔しそうな様子も見せずに、横溝は自動回転式拳銃を床に滑らせて、牛河に差し出した。牛河は、それを見下ろしながら溜め息を吐く。


「今時、リボルバー一丁で良いと思ったのか? 想像力が足りないな」


 だが、横溝はその一言を聴いていなかった。自分から目を逸らした、自身の右手側の男の鼻に、ハイキックを食らわせている所だったからだ。

 グシャと、卵の殻がつぶれたような音がした。全員が顔を上げた中、鼻血を噴き出しながら、ソファーの後ろへと転がるように倒れる。


 左手側の男も、銃を撃つ。しかし、横溝はそれを、側転をしながら避けた。そして、逆立ちの状態で止まり、相手の右耳に左足を、左耳に右足を、両足がクロスする形で固定する。

 そのまま、自分の足が元の形に戻ろうとする力を利用し、横回転しながら、相手の脳天を床に叩きつけた。相手は、一瞬で白目を向く。


 我に返った牛河が、横溝へ発砲する。しかし、彼はそれをしゃがみ込んで避けると、でんぐり返ししながら、ソファーの隙間へと消えていった。

 その時、廊下から走ってくる音がして、ドアが開く。次に顔を出したのは、先程見張りに行ったハツだった。


「牛河さん! どうしました⁉」

「バカ! 来るんじゃねぇ!」


 牛河の忠告も、一瞬遅かった。ドアの前に置かれたソファの後ろに隠れた横溝は、頭を下にしたまま止まり、勢い良く伸ばした両足でハツの顎を蹴り飛ばした。

 銃を構える暇もなく、少しだけ浮かんだハツは、横溝の足によって無理矢理倒された。この間、手下を撃つことも出来ず、牛河は歯噛みする。


「横溝さん!」


 ソファーの後ろで息を潜める横溝も、そんな彼の事しか眼中になかった牛河も、突然響いた声によって動きを止めた。牛河が見ると、膝立ちになっていた今井が、いつの間にか転がされていた自動回転式拳銃を持ち、自分に向けていた。

 顔色が青さを通り越して白くなった今井だが、拳銃はしっかりと安全装置を外している。手を細かく震わせながら、ソファーの後ろの横溝に声を掛けた。


「僕は、だ、大丈夫です。このまま、逃げましょう」

「待て」


 牛河が言葉を挟んでくる。信じられないという顔で今井の方を向き、ソファーの後ろにいる横溝を顎でしゃくる。


「あいつは、殺し屋の横溝なのか?」

「そうですよ」


 冷ややかに返答したのは、横溝の方だった。ソファーの後ろから、すくりと立ち上がる。彼が何も持っていないというのに、牛河は汗を掻き始めた。


「マジかよ。俺の想定外だったわ」


 そして、完全に両手を開いて、しっかりと挙げた。


「俺たち全員の安全を、この金で買う。それでこの場を収めてくれないか?」

「構わない」


 いつの間にか話がまとまり、またしても置いてけぼりを喰らった今井は、目を瞬かせるだけだった。






   △






「良かったんですか、牛河さん」

「ミノ、何の話だ」


 廃工場の出口を目指しながら、鼻を骨折した男が、牛河に話し掛けた。止まらない鼻血を、忌々しそうに拭っている。


「こんなにあっさり手を引いて。あいつらが気を抜ている隙に、どっかに一人隠れさせて、やっちまいましょうよ」


 ミノが後ろを振り返ると、横溝に撃たれたり怪我させれたりした者が、出血しながらもぞろぞろと歩いていた。これが、今日連れてきた全員であった。


「じゃあ、逆に訊くが、お前は、横溝を倒せる瞬間を想像できるか?」

「……できませんね」

「自分でも予想できないことは、アドバイスしない方がいい」


 手下の失言を冷笑しつつ、牛河はどこかすっきりとした表情で、「誰一人死んでいない時点でラッキーだと思え」と言い切った。






   △






 工場の敷地に停められていた半グレ集団の車は、全てそこから去って行った。それを窓から確認した、今井と横溝も外へ出て、自分たちが乗った車へと向かっていた。スポーツバッグは、横溝が持っている。


「横溝さん、今回は助かりました。死ぬかもしれないと思ったのは、今回が初めてです」

「そうか」


 今井の感謝の意に対して、先導する横溝の返答はそっけなく、振り返りもしなかった。しかし、車を前にして、「あ、そだ」と、彼は突然立ち止まる。


「あれ、返してちょうだい?」


 体ごと振り返った横溝は、初めて怪訝そうな顔をした。目の前では、今井が、自動回転式拳銃あれを構えて、安全装置を外した瞬間だった。


「……どういうつもりだ?」

「横溝さん、今、僕は、恩人に対して、矛盾したことをしています。でも、どうしても許せないんです」


 牛河に向けた時と違い、今井が構える銃口は、震えもせずに横溝の額を向いていた。


「あなたが人殺しだという事実を」



















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