第98話 階段だんだん


 坂の多い町の中でも、その階段は最も長い階段だった。町の一番低い所から一番高いところまでを、一直線に繋いでいる。

 その階段を、一人の女性が登っていた。息は切れていないが、まだまだ続く階段に、げんなりとした表情で足を進めている。


 ふと、彼女は肩にかけたバックが振動しているのことに気が付き、足を止めた。中を確認すると、スマートフォンが、着信を知らせる画面のまま震えている。


「もしもし?」


 彼女は電話を取り、再び歩き始めた。


「うん。今、向かっている。てかこの階段長いね」


 電話の相手に、ため息交じりのクレームを入れる。

 すぐ右の手すりを掴みながら、彼女はまた一段登った。


「こんなに長い階段、初めてだよ。初詣でも、こんなに登ったことないし」


 上下する視界は、終わりが見えななさそうだった。冬だというのに、額の生え際から、汗が滲む。

 電話口の返答に、彼女は「フフッ」と声をもらす。その笑みは、民家を囲む灰色の塀に吸い込まれて消えた。


「今? 今はー」


 彼女は、左を見た。

 階段からそれた道が、真っ直ぐ細長く続いている。一番手前の家の庭に、ひまわりが咲いているのが見えて、彼女ははっとした。


「ひまわりが咲いている家。うん、そう」


 登り続けている彼女の視界から、あっという間にひまわりは消えていった。

 辺りは人もいなく、生活音らしいものは全く聞こえなかった。彼女は、先程ひまわりの狂い咲きを見た影響もあるのか、まるで自分がこの世界に一人きりでいるような気持ちになった。


「え? いや、何でもない」


 ただ、電話口から変わらない声が聞こえてきたので、ほっと胸を撫で下ろす。

 安心するとそれはそれで、理不尽な憤りも湧いてきた。


「なんでそこに引っ越したの? まあ、条件が良かったっては聞いてたけどさ、でも、もうちょっと探せば、いい所があったんじゃない?」


 相手の言い訳に耳を傾けていると、不意に頭上を、スズメが五羽、飛んでいった。

 彼女は首を上へ向けて、その様子を見送りながら登る。雲が重たく立ち込める中でも、スズメたちは軽やかに風を切って去っていく。


「……天気も、悪いねー。降っているよりマシだけどさ」


 苦笑いを滲ませながら、彼女はまた足を一段、上へ乗せる。ふくらはぎが重たくなったような感覚がするので、右手の拳で叩きながら進む。


「ほんっと、遠いねぇ。まだ着かないよ。引っ越してから随分経つけどさ、慣れた?」


 相手の言葉を聴きながら、彼女はうんうんと言葉に出さずに頷く。

 猫の鳴き声が聞こえたと思って右を見ると、塀の向こうからサボテンが覗いているのが見えただけだった。


「そっかあ。やっぱ疲れるよねぇ、こんなに長いと」


 初めてこの階段を上る彼女は、同情と共感の混じった声で返した。

 もうそろそろ、一番上に着くのではないかと、背伸びしつつ確認するが、まだ先は長く、気力も一気に削がれる。


「今? 今はー」


 彼女は、左を見た。

 階段からそれた道が、真っ直ぐ細長く続いている。一番手前の家の庭に、ひまわりが咲いているのが見えて、彼女ははっとした。


「ひまわりが咲いている家。うん、そう」


 登り続けている彼女の視界から、あっという間にひまわりは消えていった。

 辺りは人もいなく、生活音らしいものは全く聞こえなかった。彼女は、先程ひまわりの狂い咲きを見た影響もあるのか、まるで自分がこの世界に一人きりでいるような気持ちになった。


「え? いや、何でもない」


 ただ、電話口から変わらない声が聞こえてきたので、ほっと胸を撫で下ろす。

 安心するとそれはそれで、理不尽な憤りも湧いてきた。


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