第73話 三月一日、深夜十二時過ぎの呼び出し
『今日は、六回目の誕生日です!!!』
そんなメッセージと共にインスタグラムに挙げられた写真は、明るい色の後ろ髪をアップさせてブルーのカジュアルドレスを着て、黄金色のシャンパン入りグラスを掲げて、ウインクしている女性である。背景には、高層ビルの灯りが映りこんだ窓がある。
彼女は六歳ではなく二十四歳だが、六回目の誕生日なのは正しい。そんな一見して矛盾している事実を堂々と自慢している私の幼なじみ、湧川えりなは二月二十九日生まれだった。
ネット上で大きくカテゴライズすると、「キラキラ女子」に当たる彼女が、こうして四年に一度の誕生日を全力で楽しまないわけがない。
だけど、私がそれに呼ばれていないからと言って、羨ましさを感じることはない。「オタク」とカテゴライズされる私が、こういう場を嫌っていることを、えりなは十分に知っているからだった。
今日もご苦労様だなと思いながら、私はインスタグラムを閉じて、スマホをテーブルに戻した。ちなみに、インスタでフォローしているリア友は、彼女だけである。
それからは、スイッチでスマブラをするのに夢中になっていたから、すっかりそんな投稿のことなど忘れていた。
ネット対戦相手のミュウツーを、私のキングクルールがギリギリで追いつめている。丁度点数は二対二だから、ここでぶっ飛ばなさないといけない……と集中しているときに、電話が鳴った。
びっくりして、これまで気にも留めていなかったスマホを見た瞬間に、ミュウツーのコンボが決まり、クルールは場外へ消えた。
なんてタイミングなんだと恨めしく思いながらも、私はスマホを手に取った。
電話をかけてきたのはえりなだった。その意外性にまた驚きながら、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『あ、なっこ~? おひさー』
「はいはい、久しぶり」
完全に酔っぱらっている様子のえりなに、さっきの負けの怒りをぶつけるのは筋違いだと分かっているので、私はぐっとこらえて合気道のように流してしまう。
眼鏡をかけなおしながら、テレビの上の時計を確認したら、十二時を既に過ぎていた。
『あのさ、今、スマブラの~、あ、あれ、64のやつ、持っていない?』
「え? 64? 持っていないけれど」
スマブラをやっている所なので面食らったが、それ以上に唐突すぎるえりなの申し出に戸惑った。私は確かにゲーマーだけど、古いものを取っておくほどのコレクターではない。
でも、そんなことを言ってくるのには、何か理由があるのかもしれない。
『そっか~、残念。ありがとね~』
「あ、ちょっと待って。今ある新しいスマブラだった、昔のキャラも全部使えるよ」
『ほんと? ピチューもいる?』
「うん。操作方法は異なるけどね」
そんなことを話しながら、私は小学二年生の頃を思い出していた。
あの時は、えりなや他の友達も毎日のように私の家に来て、一緒にスマブラをして遊んでいたんだっけ。
『じゃあ、これから持ってきてくれる?』
「えっ? 今から?」
『大丈夫、家には私一人だからさ』
私の心配を見透かしたようにえりなはそう言って笑っていた。わがままだけど、相変わらず勘が鋭い。
もしも、えりなの家で誕生日の二次会とかしていて、彼女のキラキラしたお友達がいる場所だったら即座に断るつもりだったが、もう言い訳は使えなくなってしまった。
「……分かった。行くよ」
『お願い~。家は変わっていないからね~』
「はーい。じゃあ後で」
私は軽く挨拶をしてから、電話を切った。
えりなに乗せられているけれど、それほど不愉快というわけでもない。なんで急に誘ってきたのかは謎だけど、えりなと十何年ぶりかのスマブラは楽しみだった。
▢
「いらっしゃーい」
玄関を開けて出迎えてくれたえりなはすっぴんで、私はぎょっとした。
別に、すっぴんの顔に驚いたわけでもない。ただ、大学時代に泊まった時に、朝食を買いにコンビニ行くのにも、ばっちりメイクをする彼女が、幼なじみの私に対してもすっぴんでいることが意外だった。
「どうぞ、入って」
「お邪魔しまーす……」
笑顔で私を招き入れたえりなに続いて、マンションの最上階にある彼女の部屋へ入っていく。まだえりなの言動に戸惑っているけれど、部屋の中は以前来た時とはあまり変わっていなかった。
私はソファーに座り、えりなはキッチンで冷蔵庫を開け、何かを探している。
「梅チューハイでいい?」
「あ、私、お酒は……」
「いいでしょ、ハンデだよ、ハンデ」
ゲームをするときはアルコールを入れないことを鉄則としている私は、えりなの申し出を丁重に断ろうとしたが、結局は押し切られた。
えりなはノンアルコールビールと梅チューハイを持って、私の右側に座る。二人ほぼ同時に缶を開けて、乾杯をする。
「じゃあ、早速、やろう!」
「うん……」
私は持ってきたリュックからスイッチを取り出してから電源を入れて、操作方法を説明した。
えりなは、「コントローラー握るの久しぶり~」と笑いながらも、飲み込みが早いのですぐにピチューを以前のように使いこなせるようになっていた。
「よーし、じゃあ、対戦しましょうか!」
「あ、もういいの?」
「うん。あ、なっこは私が知ってるキャラ使ってね」
「えーと、じゃあ、クッパで」
「なっこって、昔からごっついのが好きだね~」
「いいじゃん、別に。えりなは、かわいいからピチュー使ってるだけでしょ?」
「そうだよ~」
へらへら笑いながら、えりなはあっさり肯定する。こういうのはあざとさじゃなくて素である。
そんなこんなで、対戦を始める。使い慣れているとか練習したとか言え、えりなのピチューでは私のクッパに敵わずに、何度も飛ばされた。
「うわー、またやられたー」
そう悔しそうに言いながら、えりなは懲りずにチャレンジしてくる。
ステージはランダムにしていたから、見たことのないステージに興奮したり、DXの時にはなかった切り札に「何これ!」と叫んだりと、えりなは真っ直ぐにゲームを楽しんでくれた。
「……きのう、私の誕生日だったんだけどね、」
十試合目に、えりなが真剣なトーンで呟いた。
私は目は画面に向けて、手は忙しなく動かしながらも、耳はしっかりと彼女の声に集中していた。
「なんかちょっと、疲れちゃって」
「そうなの?」
「うん。もちろん、気の合うみんなと合っているし、はっちゃけるのは好きだし、いいねをもらうのは楽しいんだけど、なんか、すごく肩が凝るって思う時があるんだよね」
「ふーん」
ため息をついたえりなに対して、私はできるだけ、軽い感じで返した。
「でも、これが私だから、早々に変えられるものじゃないけれどね」
「まあね、好きなこと続けるのは、色々大変だよね」
寂しそうに苦笑するえりなの声は、インスタグラムにのっているキラキラした彼女とはかけ離れたものだった。
だから、私は、そんな彼女に同調したのだろう。
「私も、小学生の頃は一番になりたいって、がむしゃらだったけどさ、ネット対戦できるようになったらアマチュアでも敵わない人っていうのがたくさんいてね。それでも、強くなろうと頑張るから、ゴールがどこなのか、分からなくなるよ」
「やってることは楽しいんだけどね~」
「そう、だから厄介」
画面の中で、闘っているピチューとクッパ。それは小学二年生の時と変わらないけれど、あの頃よりもグラフィックが進化している。
もう、戻れないんだよなと考えたのが、わずかな隙を生んだ。
「あ……」
ゲージが十分たまったところでの、ピチューの必殺技。
私は場外に吹っ飛ばされて、ゲームセットになった。
「よっしゃ! 一勝!」
ガッツポーズをしたえりなは、こっちを向いて笑った。笑うと、眉間にしわが寄るところは、昔からちっとも変わらない。
私はその笑顔を見て、闘志に火が付くのを感じた。
「勝ち逃げはさせないよ。もう一回!」
「明日、休みでしょ? 泊っていかない?」
「そのつもりで来た」
「用意がいいね!」
隣でゲラゲラ笑うえりなをよそに、私は新しい試合をスタートさせた。
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