第66話 ににににに


 歴史の授業はとても暇だ。さぼっているわけではなくて、学校が今やっているところを先に塾でやってしまっているからだった。

 それでも、寝たり本を読んだりする勇気はなくて、ノートの罫線の上の空白に落書きをするのが日課になっていた。


 ただ、絵は正直得意ではない。できるだけきれいな丸を描こうとしたり、「おなかすいた」と本音を記したり。

 そんな中で、何を思ったのかはっきりと覚えていないけれど、一番上の角から「にににににに」と書いたページがあった。


 ある日、ノートをめくっていてそのページが一瞬だけ目に入った時に、「に」の数が増えているような気がした。

 まさかと思いながら、その「に」のページに戻ってみる。書かれているのは、間違えなく自分の字だが、じっと見ていると元々いくつあったのか分からなくて混乱してきた。


 このまま「に」を見ているとゲシュタルト崩壊しそうなので、まだ何も書かれていない新しいページをめくった。

 その日は、そのまま授業を受けて、また聞き流して、チャイムが鳴る頃には「に」の連なりのことなど忘れていた。


 それから数週間は経っただろうか、ページをまためくっていると、思わずギョッとして手を止めた場所があった。

 それはあの「に」のページだった。「に」の数は明らかに増えていて、ページの上部、角から角までを一段分、埋め尽くしていた。


 これは明らかにおかしい。ぼけっとしているとよく言われているが、その違和感には流石に気が付いた。

 クラスの誰かが休み時間に書き加えたのかとも思ったが、文字が自分のものなのは確かだったし、自分の字を真似てそんなことをする意味も分からない。


 シャーペンで書かれているから、消しゴムで全部消してみた。

 これでこの現象も収まるだろうと思いながら、ノートをめくった。


 しかし、次の歴史の授業、全て消したはずの「に」が復活していた。それどころか、前よりも増えていて、二段目に五個分増殖していた。

 いったいどうすればいいだと、思わず頭を掻いた。誰が、どうしてとか色々疑問に思うよりも、どことなく不気味だから、何とかしたいという気持ちがあった。


 消したら、余計に増えていく。それならば、書き加えて、増えるスペースを無くしてしまえばいいのではないだろうか?

 本末転倒な解決方法であったが、一番可能性がありそうだと思った。


 シャーペンを握り、ただひたすらに「ににににににににににににににににににににににに」と書き連ねた。

 「に」という文字がこういう形だったけと混乱してきたころに、ノートの罫線の上の空白を、全て「に」で埋め尽くした。


 何かの生き物の集合体のような「に」を見ていると、満足感が心の底から湧き上がってきた。

 正直、先ほどより不気味さは増しているのだが、増えていく「に」に悩まされる必要はない。安心感や喜びの方が多かった。


 そうして、また何日かが経った。

 歴史の授業でノートをめくる。もう見慣れた「に」のページを通り過ぎたはずなのに、どこか違和感があって、戻ってみた。


 「に」のページの隣に、同じような空白に、「ぬぬぬぬぬ」と書かれたページがあった。


 肩から力が抜けて行って、深くため息が出た。結局、何をしてもいたちごっこだったらしい。

 もう、このままにしておこう。何も実害はないのだからと、諦めの心境でページをめくった。
























































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