第62話 雨降らしと女の子


 今日は朝からしとしとと、雨が降っていました。

 校舎の靴箱から出たるりは、おとうさんの大きな傘を抱えたまま、空を睨みます。


「雨なんて、大嫌いだーー」


 るりは、灰色の重たそうな雲に向かってそう叫びました。

 雨が大嫌いなるりは、梅雨の時期になるといつも機嫌が悪くなってしまいます。


 今日も、雨が止んでから帰りたいと、友達とは教室で別れてから、図書館で本を読みながら待っていました。

 しかし、学校から児童が出てくる時間になっても、雨は上がりません。もうすぐ日が沈んでしまうので、そのまま帰らなければなりません。


 お気に入りの傘は、ついこの間強い風で壊れてしまい、まだ新しいのは買えていませんでした。

 お父さんの傘をこうして持っていくのも、重たくて恥ずかしくてたまりません。


 るりは深く溜め息をついて、嫌々ながらも黒くて大きな傘を差そうとしました。


「雨が嫌いなの?」


 そんな声が、空の上から聞こえて、るりは傘を差さずに顔を上へ向けました。

 見ると、雨模様の空から、一人の男の子がふわふわとこちらへ降りてきます。


 その男の子は、るりと同じ六歳くらいに見えましたが、昔話に出てくる子供のような和服で、お地蔵さんのような笠を被っていました。

 まるで、タンポポの綿毛のような軽さで落ちてくる男の子は、この雨の中でも全く濡れていません。


「どうして雨が嫌いなのかな?」


 るりの目の前、校舎の屋根の外側に立った男の子は、るりにまた同じように尋ねました。

 少しるりより小さいその男の子は、笠を深くかぶっているので目が見えなかったのですが、るりのことをじっと見つめているのは分かりました。


「だって、雨は誰でも嫌でしょ?」


 るりは、目をぱちくりさせながらも、男の子にそう答えていました。

 外で遊べなくなったり、学校の行き帰りで濡れてしまったり、遠足が中止になってしまったり、雨には良い思い出が全くありません。


「うーん、僕は雨が好きだけどなー」


 男の子は本当に不思議そうに首を傾げています。

 今度はるりが訊きました。


「どうして?」

「だって、僕が雨を降らせているんだもん」

「ええっ!!」


 男の子が胸を張ってそう言うと、るりはひどく驚いてしまいました。


「僕、雨降らしって妖怪なんだよ」


 「妖怪」はるりも本で知っていましたが、本物を見るのは初めてです。

 確かに男の子は、空を飛んでいたり、雨に濡れていなかったりと、不思議な所がたくさんありました。


「僕は時雨っていうんだ。君は?」

「私、るり」

「じゃあ、るりちゃん、雨の良いところを見に行こうよ。あ、その傘貸して!」


 時雨はにこにこしながら、るりの持っていた傘を取ると、ぱっと開きました。

 そのまま傘を引っ繰り返すと、その骨組みの間に入ってしゃがんでしまいました。


「ほら、るりちゃんも!」

「え、大丈夫?」


 時雨に手招きされて、るりは傘が壊れないか心配になります。

 しかし、雨降らしという妖怪が何をしてくれるのか気になって、るりも一緒に傘の中に入って座りました。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

「わわっ!」


 時雨の掛け声と一緒に、傘がふわりと浮かびました。

 二人が入って傘は、ゆっくりと、屋根の外へ出て、校舎よりも高く飛んでいきます。


「すごーい! 人がちっちゃいねー」

「雨が降っていたら、僕は空へ飛ぶことが出来るんだよ。僕たちのことを、雨が避けてくれるようにも出来るからね!」


 時雨が自慢するように、この雨の中でも二人は全く濡れていません。

 るりが空から見た自分の住む町を眺めている間に、二人の乗った傘は田んぼや森のある方へと向かっていきます。


「るりちゃん、田んぼが見えるよ」

「ほんとだー」


 時雨と一緒に、るりも傘の縁から田んぼを覗き込みました。

 綺麗な緑色の絨毯が足元に広がっていて、そこからカエルの鳴き声が聞こえてきます。


「ここの稲はね、雨が育てているんだ。ずっと雨が降らないと、稲は大きくならないんだよ」

「そうなんだ……」


 ぽつぽつと、雨が波紋になって広がる田んぼを、るりは静かに眺めていました。

 今度は時雨が、森の方を指差しました。


「あそこもね、雨が降って、木や花が育っていくんだ。そして、この森に沁み込んでいった雨水が、いずれ川へと流れていくんだよ」

「雨って、みんなにとって大切なんだね」


 るりが感心して呟くと、時雨は嬉しそうに頷きました。


「雨が降るとね、嫌な気持ちになっちゃうよね。でも、雨を楽しみにしているみんなもいるんだよ」

「うん。これからは、雨のこと、ちょっと好きになれそう」


 るりがそう言って顔を上げた時に、またびっくりしました。

 目の前の空には、大きな虹がかかっています。


「雨が好きになったるりちゃんへ、僕からのプレゼントだよ」

「ありがとう!」


 るりは弾む声で、時雨にお礼を言いました。

 雨が降らないと決して見られない虹を一緒に眺めながら、そのままるりは時雨に家まで送ってもらいました。


 るりのお母さんは、雨の日は不機嫌なるりが今日は楽しそうでいるのを見て、不思議に思っていましたが、るりは時雨と約束したので、その理由を秘密にしていました。

 それから雨が降る日は、るりは時雨と虹と、田んぼや森のことを考えて、鼻歌を歌いながら学校に行くようになりました。

















































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