第53話 電源を落とす


 朝になると、ごみ袋が置かれている電信柱の根元。

 夜には何もないはずのそこに、足を止めて、頭上の街灯を見上げていた。


 白くて細長い街灯は、竹の葉っぱのような生え方をしていて、その下から、紐が垂れている。

 今まで、こんなのは見たことが無かった。急に付いたのか、気付いていなかっただけなのか。


 実家の蛍光灯のように、その紐の先には、プラスチックの小さな筒が付いていた。

 指をひっかけて、電気を消すためのあれだ。


 利き手の親指、人差し指、中指で、その筒を摘まむ。

 これをそのまま下へ引っ張ると、この街灯は消えてしまうのだろうか。それを確かめたかった。


 かちん、と、想像していたより遥か上空から、小さくそんな音がした。


 世界が闇に包まれた。


 この世から、光や色などは最初からなかったのではないかというほどの、暗さだ。

 瞬きしても、目を凝らしても、何も何も見えてこやしない。


 音すらも消えていた。

 生きているものも、それ以外のものの気配も、全く感じられない。


 今、分かっているのは、自分の呼吸の音、立っている地面の堅さ、そして手を挙げて掴んでいるプラスチックの心許ない適温だけだった。

 自分以外のこの世の全てが、電源を落としてしまったかのようだ。


 ひとりぼっちだという事の恐怖も、取り返しのつかないことをしてしまったのだという焦りも、湧いてこなかった。

 むしろ、心地よさというか、目が眩むような、宇宙すら生まれてくるよりも遠い過去に辿り着いたような、安堵感があった。


 もちろん、このままでもいられない。

 もう一度、手の感覚と重力だけを頼りに、その紐を下に引っ張る。


 かちんと音がして、また世界に明かりが戻った。


 夜のままなのは変わらない。

 けれども、今は目の前の街灯や、その家々の灯りや、微かに滲む星の光が、眩しすぎて思わず目を細める。


 街が動いている音を両耳で聞きながら、やっと紐から手を離して、姿勢を真っ直ぐに戻した。

 ゆっくりと首を巡らせる。いつもと同じ、退屈さすら抱くアスファルトの道だ。


 もう一度頭上を見る。

 あの紐はすでに無くなっていた。


 もう遅いし、そろそろ帰ろう。

 足をやっと動かして、家路を急いだ。





















































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