第47話 EとFの戯言③
E「昨日、のっぺらぼうを見た」
F「……」
E「いや、そんな顔になるのも分かる。けど、マジの話なんだ」
F「どんな状況だったんだ?」
E「昨日の夜、会社から帰る途中だった。いつも通っている裏路地を歩いていたら、電灯の下で座り込んでいるおっさんがいたんだよ。『コンタクトを落としたのか?』って、近付いて、話し掛けてみたんだけどな、『いえ、大丈夫ですよ』って振り返ったそいつの顔……何にもなかった……」
F「なるほど、興味深い経験だ。ところで、その時の飲酒量は?」
E「……シラフだよ」
F「なるほど、なるほど。それで、君はどうした?」
E「どうもしねぇよ。悲鳴上げて、逃げ出した」
F「……意外だな。君のことだから、その男の顔面を殴ったのかと思っていたよ」
E「俺にどんなイメージ抱いてんだよ」
F「しかし、君が逃げ出す気持ちも分かる。私も以前、ツチノコを初めて見た時は、驚きよりも恐怖の方が強かったからね」
E「はあっ! あんた、ツチノコ見たことあんのかよ!」
F「ああ。それほど驚くことではないだろう」
E「いや、ツチノコってあれだろ、捕まえたら、賞金貰えるってやつ」
F「そうだな。しかし、捕まえた訳ではなかったからね」
E「偶然見つけたのか?」
F「仕事で、探しに行っていたんだ」
E「あんた、何の仕事をしていたっけ?」
F「出版社で編集者をしていたよ。担当はオカルト雑誌でね。本当は、『週刊水生生物』を担当したかったんだが」
E「なんだよその雑誌。しかも、週刊って」
F「あの頃は好景気でね、色んな雑誌があったんだ。……ツチノコの話だったね。私はカメラマンと一緒に、ツチノコの出ると噂になっている山に入っていったんだ」
E「おお」
F「鬱蒼と茂る藪の中を分け入っていると、背後に何かの気配を感じてね、振り返ると、ツチノコと目が合ったんだ」
E「すっげー」
F「慌てて、前にいたカメラマンを呼んで、写真を撮ったんだが、」
E「うん」
F「写真はぶれていた上に、ツチノコは茂みの中に逃げ込む瞬間で、尻尾しか写っていなかった」
E「ダメじゃねーか」
F「しかし、写真はそれしか取れなくて、結局はそれを雑誌に載せた。非難の手紙が、山ほど届いたそうだ」
E「そうだろうな」
F「私はその刊が出た時には、会社を辞めていたからね、これは人づてに聞いた話だ」
E「ふーん」
F「その後、間もなくして、会社自体が倒産してしまった」
E「そんな変な雑誌ばかり出していたからだろ」
F「いや、業績は悪くなかった。だが、巨額の横領が発覚して、経営が立ち行かなくなってしまったんだ。ニュースで連日報道されていたんだが、君は聞いたことは無いかい?」
E「多分、知らねぇと思う。そんなすげぇ額だったんか?」
F「ああ。これくらいだ」
E「……千?」
F「その一つ上だ」
E「…………まっじかよ、んなことありえるかっ!」
F「当時、横領事件では最大の被害額だったらしい。それを、一人の社員が八年間続けていたと」
E「それまでバレなかったのがすげえな。そいつのことは知ってたのか?」
F「ああ。部署は違うが、同期だったんだ。廊下で、挨拶する仲ではあったよ。しかし、人は見かけによらないというが、まさか彼が、とは思ったね」
E「そうだよな……。つーか、何の話してたっけ?」
F「のっぺらぼうやツチノコよりも、結局人が恐ろしいという話だったな」
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