第23話 アニメの話
……へえ、そんなことがあったんですね。また会えてよかったですね、先輩。
そうですよね。小さい頃の出来事って、結構覚えていますよね。
なんか、夢なのか何なのか、よく分からないことも。
私、親が共働きで、幼稚園生の頃からよく一人で留守番していたんです。
いつも寂しくて、だからよく、アニメを見ていました。
はい。夕方に放送されていたアニメです。
あ、先輩も見ていたんですね。面白かったですよね。
私も夢中になってみていました。特に、アンズちゃんが好きで。
えーと、アンズちゃんは、黄色の子です。
ええ。ハンマーが武器の。
ふふ、女の子がハンマーで攻撃って、今考えると、すごいですよね。フリフリの衣装つけていたから、特に。
毎週楽しみにしていました。
録画して、何度も見て。
でも……放送中に、アンズちゃんの声優さんが亡くなったんですよ。確か、交通事故で。
亡くなった時の事調べたら、まだ三十代前半だったんですね。
はい。ニュース見ても、意味は分からなかったと思います。
亡くなったことを知ったのも、私が録画を見ている時に、後ろで母がぽつんと呟いた時でした。
でも、まあ、意味は分からなかったですよね。声優とか言われても。
ただ、その次の次の次の週だったと思います。アンズちゃんの声が急に変わっちゃって。
なんで? って思いました。混乱して、内容が頭に入ってこなかったです。
丁度、最終回も近くて、敵のアジトに潜入して、戦いが激しくなっていた時だったですよね。えーと、幹部のハルアゲドンを倒した辺りで。
え? ええ、その直前まで何回も見たので、覚えていますよ。
だけど、アンズちゃんの声がいつもと違うから、何というか、違和感がずっとあって、全然応援できなかったです。
なんだか、アンズちゃんに見えるけど、アンズちゃんじゃないようで。
みんなは何度もピンチになっていたんですけど、それすらどうでもいいって気持ちになって。
でも習慣になっているから変える気にもなれなくて、そのままその話は終わったんです。
ぼんやり見ている間に、エンドロールも次回予告も終わっていました。
その時、テレビから、「双葉ちゃん」って、私のことを呼ぶ声が聞こえて、はっとしました。
それも、前のアンズちゃんの声だったんです。
テレビの画面には、アンズちゃんだけが映っていました。変身した後の姿で。背景は真っ白だったと思います。
それで、私のことを見ながら、笑っていたんです。
「双葉ちゃん、いつも応援ありがとう」と、アンズちゃんは言いました。
その頃には、テレビは箱の中に小人が入っているものではないと、私には分かっていたので、とても混乱しました。
でも、大好きなアンズちゃんが、前の声で私に話し掛けてくれたので、嬉しくなりながら、私は何度も頷きました。
きっと傍から見たら、興奮のあまりに頬が赤くなっていたでしょうね。
アンズちゃんは、「双葉ちゃんの応援、いつも聞こえていたよ」と言って笑っていましたが、急に悲しそうな顔になりました。
「でもね、私はもう、戦うことが出来ないの」と、アンズちゃんが言いました。……今振り返ると、きっと、その私というのは、亡くなった声優さんのことだと思います。
当時の私には半分くらいしか理解できなかったですが、アンズちゃんの顔を見て、今がお別れなのかと気づきました。私は小さく頷きました。
するとアンズちゃんはほっとした顔になって、「新しい私をよろしくね」と明るい声で言いました。でも、その声は、子供の私にも、無理に明るくしているのだと分かりました。
アンズちゃんは、「じゃあね」と言って踵を返しました。
このままではアンズちゃんが行ってしまうと思った私は、大声で、「アンズちゃん、ありがとう! 大好きだよ!」と精一杯叫びました。
アンズちゃんは顔だけ振り返って、笑顔を見せて、手を振りました。目元には、涙が浮かんでいました。
そして、地面を蹴ってジャンプすると、背中に白い翼を生やして、飛んでいきました。
……はい、アンズちゃんは、飛行魔法を使えないはずなのに、飛んでいったのです。
アンズちゃんがテレビのフレームの外に出た後に、普通のCMが流れ始めました。
それからしばらく、母が帰ってくるまで、私はテレビの前から動けずにいました。
次の日、録画したその回を見ようとしたら、録画に失敗していました。
私はもう、アンズちゃんに会えないのかなと思ったら、急に胸が苦しくなったのを覚えています。
翌週の回は、普通に新しい声優さんがアンズちゃんの声をやっていました。
私は心の準備が出来ていたので、前のアンズちゃんの時と同じように応援出来ました。
それから、何年も経って、ふと、あの時アンズちゃんが話し掛けてくれたのは、夢だったのかな? と思うようになりました。
普通に考えたら、アニメキャラに名前を呼ばれて、話し掛けられるなんて、ありえない事ですからね。
でも、夢の割には、よく覚えているんです。
一度だけしか見ていないのに、あのアンズちゃんの顔の変化や声のトーンまで、はっきりと思い出せるのです。
周りの友達は、アンズちゃんに話し掛けられたという話をしていませんでした。
まあ、私も、言わなかったんですけどね。アンズちゃんとの秘密にしたかったんだと思います。
先輩は、覚えています? あ、そうですか。確かに、周りの友達も、声が代わったことを、あまり気にしてなかったですね。
インターネットで調べてみても、それらしい情報は出て来ませんでした。
……ええ。全ての回がDVDになっていますよ。それで調べてみることも考えたんですが……。
ただ、正直、答えを見るのが怖いんです。だから、ずっと夢か現実か分からないまま、そっとしておくのがいいんじゃないかなって、見ないでいるんですよ。
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