第12話 コインランドリー一景


 外では雨が降っている。

 背後の白く曇った窓ガラスを手で拭うと、きらきらとした雨粒がいくつも垂れていた。


 車は道の上に溜まった水を、音を立てて弾いていく。

 シャーと何かを切り裂くような音が、何度も聞こえた。


 閉め切った窓からも、あのむせ返るように懐かしい雨の匂いが入ってくる。

 気温が高くて室温も高い日だったが、クーラーのお陰でコインランドリーが一番過ごしやすい場所になっていた。


 半開きになったままの文庫本を片手に、前に向き直る。

 誰もいないコインランドリー内で、全部で十の中で四つのドラム式乾燥機が、低い音を立てて回っていた。私の洗濯物も、あと五分ほど回る予定になっている。


 窓際に置いた、背もたれも肘掛けもない木のベンチもどきに腰掛けたまま、私は足の位置を変えてみた。

 濡れたままのスニーカーの靴底と、白い床が擦れる。


 天井のクーラーが必死に店内を冷やしていて、その横のスピーカーからは有線放送が最近のヒット曲を流している。

 外からは大人しめな雨音も聞こえているのに、ここはとても静かな印象を与えていた。


 私はむしろそれが心地よい。これのお陰で、どこまでも活字の海に潜っていける。 

 ただ、ふとした拍子に集中が切れてしまい、しばらくぼんやりとしていた。流れている音楽を聞いてみたり、洗濯機の前に並んだかごを数えてみたり。


 目の前の真っ黒な丸枠のドアが付いた乾燥機が、上下二列ずつ並んでいるだけでも面白く見えた。

 鈍いクリーム色の側面や、銀光りする中のドラムなども、芸術品のように美しい。まるで昔の宇宙船のようだった。


 真ん中の長方形の大きなテーブルが、乗組員の憩い場になっていて、私が座っている所が操縦席、乾燥機は窓ではなくてカプセルホテルのような寝床になるのかもと、色々想像を張り巡らせていると、左側の自動ドアが開いた。


 驚いて、私はそちらの方に見てしまう。

 緑色の大きな玄関マットの上に立つ、洗濯物が入った紫色のかごを抱えた男性と、目が合った。


 私はどうしようと思ったまま、石になったかのように固まっていた。目を逸らすことも瞬きも出来なくなっている。

 すると、短い黒髪からいくつかの雨の滴が落ちているその男性が、相好を崩した。


「こんにちは」

「……こんにちは」


 間が空いてしまったが、私も彼に挨拶を返すことが出来た。

 途端に恥ずかしくなり、私は本を開いて読むふりをする。きっと顔は真っ赤になっているだろう。


 彼は生乾きの洗濯物を調子よく乾燥機の中に入れると、蓋を閉じて、お金を入れて、スタートボタンを押した。

 別に必要性もないのに、私は彼の動きを耳で追っていた。


 そのまま彼は店の外に出て、すぐ隣の駐車場に止めていた車に乗ったようで、直後にエンジンをかけた。車が走り出し、車道に合流した音が聞こえる。


 私は顔を上げて、自分の洗濯物を回す乾燥機を見た。残り時間はあと三分。

 外ではまだ雨が降っている。




























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