第10話 君に雪が降る
色褪せたアスファルト、周りを囲んだブロック塀、朝から晴れない曇り空、いつもの通学路も、今日は灰色尽くめだった。
「寒いね!」
そんな中でも、唯一君の声だけが明るく色付いている。
前を行く君は、不思議なステップを踏んで、マフラーを揺らして、この冬の寒さを全力で楽しんでいるようでもあった。
白い息を吐きながら、ゆっくりと君の背中を追い掛ける。いつでも君は、前の方を進んでいた。
その時、君が突然立ち止まった。
「雪だ――」
見上げた君の視線の先、あの曇天から零れ落ちたとは思えないほど、真っ白な雪が、ふわりふわりと舞っていた。
住宅街の中の十字路、左手側の角にはオレンジ色のカーブミラーが立っていて、たった二人を映し出していた。
寒さに負けた家々は、窓をぴったりと閉めて、外を歩く人影は、君の遥か前方の赤いポストの向こうにも見えない。
誰もいない、時の止まった世界のようで、自分の白い息が君のいる視界を曇らせる。
笑顔の君が振り返り、小首を傾げた。
「今日、雪降るの、知ってた?」
「うん。天気予報で言ってたよ」
自然な調子で出したはずの声は、まるで偽物のように思えて、突然の羞恥心が沸き上がる。
「そっか……」
君の声にも、少しだけ落胆が混じる。
自身の失態に焦るが、次に何と言ったらいいのかが分からない。
ふと、君の視線がこちらから外れて、顔の横に降ってきた雪の結晶を見ていた。
そして、手袋を嵌めた右手を、結晶の軌道線上に用意する。
雪が手袋に乗っかった瞬間、君が笑った。
ただ、それだけなのに、映画のような、絵画のような、詩の一節のような美しさに、息が詰まる。胸が高鳴ると同時に、しぼんでいくような切なさを感じる。
――「君が好き」それを、伝えてしまうのは、残酷なほど簡単なことだ。しかし、それを言ってしまえば、君はその掌の雪のように、消えてしまいそうな気がして――
後ろから、強い北風が吹いた。君が手を握って、寒そうに肩をすくませる。
思わず、「あっ」と声が出そうになった。
「もっと寒くなりそうだから、そろそろ帰ろうか?」
名残惜しさが滲む君の笑顔に頷いて、二人縦に並んで歩いた。
雪がしんしんと降る街の中で、君が、この抱いてはいけない恋心に気付いているかどうかが、この瞬間もただ気になっている。
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