第十章 知ってしまった気持ち

 メリアが十歳の時、夏の間避暑に訪れていた離宮から脱走し、周囲が大騒ぎとなったことがあった。行方をくらませたメリアは数日にわたって発見されず、大規模な捜索までが検討された。

 最終的に、メリアは離宮からほど遠い山中で、野党に襲われそうになっていたところを騎士団によって発見され、保護された。外傷もなく、健康であるということで城の者はほっと一安心したが。

 それから、メリアは部屋の中で伏せる日々が続いていた。

 離宮から戻り、城の自室に戻ってもメリアの元気は戻ってこなかった。頻繁に脱走騒ぎを起こすほどのお騒がせ姫が、どうしてこんなにしおらしくなってしまったのか。余程恐ろしい目に遭われたのだろうと、周りの者は気を使ってメリアをそっとしておいた。

 唯一、幼少の頃からそばにいて、身の回りの世話をおこない、かつ友人でもあるパメラだけが、メリアの近くに寄り添っていた。

 朝目を覚ましても、ぼんやりと私室のベッドの上に座り込んでいるメリアに、パメラは優しく話しかけた。

「メリア様、もう大丈夫ですよ。お城にいれば、怖いことなんて何もないんですから」

 パメラの言葉に、メリアは顔を上げた。困惑した表情で、じっとパメラのことを見つめてくる。不思議と、パメラはメリアから恐れている、という印象を受けなかった。メリアはただ、何かに迷っている。

「違うの、パメラ。怖くなんかないの。そういうことじゃないの」

 たどたどしく、つっかえながらも、メリアはせつせつとパメラに自分の胸の内を語った。

 離宮から抜け出して、山の中で一人の少年と出会ったこと。

 心優しい少年が、メリアのために尽くしてくれたこと。

 木に登って果物を採ったこと。

 川に入って魚を獲ったこと。

 誰もいない山小屋に泊まって、二人で星空を眺めたこと。

 野党に見つかり、メリアを逃がすために少年が命がけで立ち向かってくれたこと。

「私、彼に会いたい。もう一度会いたい。声が聴きたい、姿を見たい。また一緒に、手を繋ぎたい」

 メリアの目から、ぽろぽろと涙がこぼれるのを見て。

 パメラは、ようやくメリアに何が起きたのかを理解した。

「メリア様は、恋をされたんですね」

 十歳のメリアは、初めての感情に翻弄ほんろうされてしまっている。その気持ちはパメラにもまだ良く判らないが、メリアの様子を見る限り、間違いはないだろう。メリアは、その少年に恋をしたのだ。

「恋?」

 その言葉を聞いた途端、メリアの中で何かが花開いた。鮮やかな色合いが、自分を満たしていく。メリアに向かって笑いかける少年の顔が、とても大切に思えてきて。胸の奥が、きゅうっと締め付けられた。

「違いますか?」

 メリアは首を振った。違わない。これが恋なんだ。メリアは自覚した。誰かを求める気持ち。一緒にいたいと、共にありたいと願う想い。それが芽生えて、自分の中に根を張っていく。少年のことだけで、心の中も体の中もいっぱいになる。何もかもを捨てて、その流れに身を任せてしまいたくなる。

「そうか、私、恋をしたんだ。私、彼のことが、ウィルのことが好きなんだ」

 戸惑いつつも、温かい笑顔を浮かべたメリアの姿を、パメラは静かに見守っていた。恋に目覚めたメリアはとても美しくて、幼い子供から、少女へと形を変えている。それが、パメラにはとてもまぶしかった。




 城の中は、慌ただしい雰囲気に包まれていた。上から下から、騎士団も衛兵も、口々に噂しあった。

 メリア王女に対して、リゼリア国の第三王子レビン殿下が結婚を申し込まれた。近々城までいらっしゃって、正式に求婚をなされるらしい。

 人の口に戸は立てられない。その噂はあっという間に城内のみならず、城下にまで広まった。メリア王女が果たしてそれを受け入れるのか、無責任な噂は次から次へと膨れ上がっていく。一部ではメリア王女結婚間近、とまで囁かれるようになってしまった。

「やー、困ったもんだねぇ」

 当のメリアは、まるで他人事のようだった。あっけらかんとした顔で、むしろ噂を楽しんでいるふしすらある。ウィルやカリムの方が、目に見えて動揺していた。

「だから言ったじゃないか、こういうことも起きるって」

「そりゃまあ、そうなんだろうけど」

 メリアの明るい物言いに、ウィルはついていけなかった。

 レビン王子は、数日後にアークライト城を訪れる。その連絡を受けて、城内ではもてなしの準備が進められていた。ホスト役は当然、レビン王子が会いに来る相手、求婚を受けるメリアだ。

「リゼリアは小国とはいえ、レビン王子は王族。国賓こくひんとしてお迎えせねばなるまい」

 メリア自らがもてなしの指揮を執り、今は警護役全員が顔を揃えて、執務室で警備計画の真っ最中。だったのだが、パメラが淹れたお茶を飲みながら、すっかり雑談タイムになっていた。

「国王様は、今回の件はどのようにおっしゃっていましたか?」

 パメラの問いに、メリアはうーんと腕を組んだ。

「リゼリアとの国交は、損にはならないだろうけど、得にもならないだろうって」

 リゼリア王国はアークライト王国とは国境を接してはいるが、他には何の特徴もない小さな国だ。帝国とは接しておらず、戦略上の要衝ようしょうということもない。産業も目立ったものはなく、交易の拠点でもなく、国力も大きくない。北方の中では、言い方は悪いが取るに足らない程度の国だった。

「娘の結婚相手だろう」

 ウィルは呆れ返った。確かに相手の国の状況は大事かもしれないが、そこに損得勘定以外の要素は入り得ないのだろうか。メリアは肩をすくめてみせた。

「娘だけど、王位継承権なんてまず回ってこない第二王女だ。その価値をどう生かすか、の方が国王としては大事なことだ」

「リゼリアは騎士団との親交があまりない。アークライト経由で繋がりを持ちたいという意図もあるかもしれん」

 カリムの言う通り、リゼリア王国は白銀騎士団との付き合いがあまりない。良く言えば平和な国であり、帝国の侵略ともあまり縁がなく、騎士団からは蚊帳の外とされている。もし騎士団と何らかの形で関係を持ちたいと意図しているのなら、帝国との戦いの最前線であるアークライト王国の王族と婚姻関係を持つのは、確かに有効だろう。

「リゼリアにとっては色々とおいしい話なんだよね。ただ、アークライト側にはそんなに旨味がある話でもないから」

 リゼリアに比べれば、アークライトにはなんでもある。歴史も長いし、帝国と戦争をする軍事力、騎士団との密な関係や、最近では義勇兵団などという軍隊も保持している。北方の様々な有力国とも交易が盛んだし、第一王女の嫁ぎ先の大きな港を経由して、はるか海の向こうにある東方の国々とも貿易をおこなっている。対して、リゼリアにあってアークライトにないものなど、数えるくらいしかないだろう。

 メリアは椅子の背もたれに身体を預けた。

「だから、結婚については私の判断にお任せ、ということらしいよ。やれやれ」

 そんないい加減な、とウィルは思ったが、強く賛成されて無理強いされるよりはマシなのかもしれない。メリアの態度を見ていれば、もう答えは決まっているようなものだ。

「とりあえずは王子様のご尊顔を拝見させていただきましょう。ひょっとしたら凄いイケメンで、一目惚れ即結婚、なんてあるかもしれないし」

 メリアの言葉に、その場にいる全員がため息をいた。メリアに限って、それはないだろう。そんな簡単なお姫様なら、この場にいる誰一人として苦労なんかしていない。




 時間はあっという間に流れて、レビン王子がアークライト城にやって来る日となった。その隊列を一目見ようと、街道や城の前の大通りには見物客が詰めかけた。その整理にまで城の兵が駆り出され、城下はすっかりお祭り騒ぎになっていた。

「メリア様は人気があるな」

 城壁の上から街の騒々しい様子を眺めて、ウィルは独りごちた。到着は昼過ぎだという話なのに、午前中からこの状態では、すぐにでも警備計画の見直しが必要かもしれない。

「便乗騒ぎでしょ。最近は帝国も大人しいし、みんな平和にお祭りがしたいのさ」

 レビン王子の前に出るために、いつも以上に華美なドレスと装飾を身に着けたメリアが、やや投げやりに言い放った。公務で外出する際にもドレスアップはするが、今日はいつにも増して輝いている。美しいのは確かだ。とはいえ、他国の王子と結婚の話をするための衣装なのだと思うと、ウィルは複雑な気分だった。

「平和な世の中であれば、王女の結婚なんて楽しくて良いイベントだよね。そういうのはアリかも知れない」

 悪戯っぽく笑うと、メリアは王子の出迎えの準備のために去って行った。ウィルはメリアの言葉の意味を深く考えようとしたが、忙しくなるのが判っているのでやめておいた。ここは、メリアに任せるしかない。ウィルにできることは、目の前の仕事を片付けることだけだ。


 レビン王子の隊列は、引きつれている伴の数こそ少ないが、きらびやかで美しいものだった。着飾った騎兵たちが整然と並び、豪華な馬車を警護している。レビンの姿は馬車の中にいるため確認は出来なかったが、外から見る限りは立派な一国の王族の風格だ。

「まあ、プロポーズしに来てるんだから、ある程度の威光は見せておかないと、か」

 出迎えの列に並びながら、ウィルはぼんやりとそう思った。それよりも、今は連れている人員の数が事前の報告通りかを確認する方が先決だった。ちょっとでも違いがあれば、うまやの手配から寝所、食事の配膳まで大変な騒ぎになる。今の時点で間違いに気付こうものなら、パメラが烈火のごとく怒り狂うだろう。

 幸い、その辺りのトラブルはなさそうだった。事前通告きっちりの人数で、到着時刻ぴったりにレビン王子の隊列はやってきた。大したものだ。国として格上のアークライト王国に対して、失礼は働けないということか。

 馬車から降り立ったのは、ウィルよりも、いやメリアよりも背の低い、まだ何処かにあどけなさを残した少年だった。白いシルクの礼服に身を包み、栗色の柔らかそうな髪をなびかせる、ほっそりとした繊細な体つき。

 リゼリア王国第三王子レビン・リゼリアは御年十五歳。まだ男の子という表現がしっくりくるくらいの、子供だった。




 アークライトの城下は、噂通りの賑やかな街並みだった。市民の歓迎の声で、あふれんばかりだ。帝国との長い戦いに勝ち続け、大きな発展を遂げている。リゼリアにはないもの。この活気だけで、少しうらやましくなってくる。

 初めて見るアークライトの城は、更に驚きに満ちたものだった。高い城壁、空を貫く尖塔。質実剛健でありながら、優美さも兼ね備えている。城の造り一つとっても、国の格の違いというものを感じさせられた。城門をくぐると、歓迎の兵たちが一糸乱れぬ隊列を披露している。何処にも隙らしいものが見当たらない。

 馬車から降りて、アークライト城の雄姿を見上げて。レビンは、大きく息を吸い込んだ。飲まれてなるものか。これから、逆に飲み込んでいかなければならないのだ。

「レビン様」

 警護に連れてきたウェイドが、心配そうに声をかけてきた。今回のアークライト王国行きに、ウェイドは賛成も反対もしなかった。やってみればいい、ということだろう。それなら、レビンはしっかりとやるべきことを果たしてみせる。

「大丈夫だ」

 アークライト王国第二王女メリア・アークライト。

 レビンは、リゼリアを救いたい。そのためには、メリアの助けがどうしても必要なのだ。




 歓迎の式典がおこなわれ、続けていよいよメリアとの対面となる。応接の間で、ウィル、カリム、ルイザが並んで立ち、その前にメリアが座った。やがて案内の者に連れられて、レビン王子とその護衛ウェイドが通された。ウェイドは恐らくウィルと同い年くらいの若い男で、他の伴の者とは一線を画した、ただならぬ気配をまとっていた。長い髪を後ろで縛っており、その出で立ちは話に聞く東方の剣士を思わせた。

 レビンが室内に入ってくると、メリアは席から立ち、優雅に一礼してみせた。

「レビン王子、遠路はるばるようこそおいでくださいました。アークライト王国第二王女メリア・アークライトが、この度の殿下のご来訪をおもてなしいたします」

 メリアの礼に応えて、レビンの方も深々と頭を下げた。ウェイドも頭を下げ、その場で控える意思を示した。

「メリア王女、この度の歓迎、まことに感謝する。さて、早速で申し訳ないのですが、私はメリア王女との婚姻の交渉のためにここに参った次第です」

 挨拶もそこそこに、レビンがやや早口でまくしたてた。ウェイドの肩がぴくん、と動くのをウィルは見逃さなかった。レビンの口上を聞いて、メリアはふふ、と口元に笑みを浮かべた。

「性急ですね。もう少しロマンスがあってもよいと思うのですけど?」

 そう言って、椅子に座ることを勧める。メリアが腰かけ、レビンは着席するのと同時に、またすぐに口を開いた。

「重ねて申し訳ない。わが国にも、事情というものがあるのです」

 パメラがお茶を淹れたが、レビンの目には全く入っていない様子だった。ウィルには、レビンが酷く焦っているように見受けられた。

 レビンは、メリアに対してリゼリア王国の現状について語り出した。大方はウィルが以前聞いたような内容だった。リゼリアはアークライトの隣国で、国力も少ない小さな国。帝国と国境を接することもなく、騎士団とも関係性が薄い。北方にあって、知らぬ間に消えていても誰も気付かないような、木端こっぱのような国である。

「正直に申せば、我々にはメリア王女に差し出せるものなど何もない。せいぜい、盛大な式を挙げ、メリア王女が生涯を何不自由なく、つつがなく送られることをお約束できるぐらいです」

 リゼリアが提供できることは、メリアを裕福に養うこと。言っているレビンの方も、それがいかに情けないことかは理解しているのだろう。その表情には、苦悶がありありと浮かんでいた。

 レビンは椅子に座ったまま、メリアに向かって深々と頭を下げた。

「どうか、リゼリアをお救いください。アークライト王家との繋がりを持って、我がリゼリアを北方の連合の一つに加えさせていただけますよう、なにとぞ」

 その場にいる全員が、息を飲んだ。いかに小国とはいえ、一国の王子が、頭を下げて国を救ってくれと訴えてきた。張りつめた空気の中で、メリアはしばし目を閉じて考え。

「お顔をお上げください」

 レビンに向かって、静かに語りかけた。

「婚姻の交渉と申されましたが、これではまるで商談ですね」

「商談にもなりません。私はただ、無条件に私を買ってほしいと述べているだけにすぎないのですから」

 メリアに視線を戻したレビンは、すっかり憔悴しょうすいしきっていた。十五の少年が、言葉を尽くし、頭を下げてまで願い出てきている。ウィルは見ているだけで痛々しくなってきた。

「ここでいきなり答えを出して、安売りをすることもないでしょう。しばらくはこちらにご滞在なさるのです。まずはゆっくりと、お互いを理解するところから始めましょう」

 メリアの言葉にレビンがうなずき、その場はお開きとなった。




「うああ、疲れたー」

 執務室に入ると、メリアはそう言って倒れ込むようにして椅子に腰を下ろした。「服がしわになります」とパメラが慌てて駆け寄ったが、メリアはごろごろと身をよじって更に事態を悪化させた。

 ひとまずは、次の予定である晩餐会までは空き時間だ。お色直しという名目で下がってきたが、メリアの厚い面の皮も限界であったらしい。こんな状態で大丈夫だろうかと、ウィルは心配になってきた。

 心配といえば、レビンの方もそうだ。

「レビン王子は、なんか必死だったな」

 ウィルの言葉に、メリアは困った、という表情を浮かべた。

「気持ちは解るんだよ。リゼリアは小さな国だからね。北方連合ができた時に、少しでも発言力を持っておきたいんだ」

 帝国の侵略への備えや、経済活動の円滑化のため、北方の国々は今、騎士団を中心にまとまろうとしていた。北方連合と呼ばれる、国同士の連携だ。

 北方の新秩序が北方連合の主導で作られていくのなら、その話し合いに参加できていない小国たちは、自分たちの代理人として大国や騎士団にすり寄っていくしかない。リゼリアの場合、騎士団との関係が薄いこともあって、隣国であるアークライト王国を頼ってきた、ということなのだろう。

「北方連合の話は停滞しているけどね。何しろ帝国が大人しい」

 帝国の侵略に対抗するための、軍事協定としての側面を持つ北方連合だったが。去年のアークライト侵攻に失敗してからは、帝国の脅威自体が急速に薄れつつあった。帝国がこのまま弱体化していくとなると、北方連合の意義は経済活動の連携の性格を強めることになる。そうなった場合の連合の在り方について、現在は協議が進められている真っ最中であった。

「その辺りは兄様の仕事。私のあずかり知らぬことではあるのだが」

 メリアの兄、アークライト王国第一王子は北方連合の提唱者の一人であり、その調停のために諸国を巡っている。

「どちらにしても、リゼリア的にはどうにかして北方連合内に発言権を持っておきたいのだろうな」

 リゼリアのような、吹けば飛ぶような小国にしてみれば、北方連合の性格などどうであっても構わない。ただリゼリアの意見が何も組み入れられないままに話が進んでしまい、結果としてリゼリアが困ったり、最悪消え去ってしまうような事態を、なんとかして回避したいという目論見が透けて見えた。

「国王はメリア様の判断に任せると言ったんだろう?」

「あー、まーね。リゼリアを仲間にしても、切り捨てたとしても、多分アークライトの国勢には大した影響はないんだよ」

 リゼリアという国は、アークライト王国にとってはその程度の存在だった。レビンがメリアに頭を下げて願い出た、というのもそのためだ。国としては圧倒的にアークライト王国の方が上位であり、今回のレビンからのプロポーズは、リゼリア王国からの救援要請、とみなすべきものだった。

「お父様が言いたいのは、私に何か考えがあるのなら行っても良いけど、ってところだろうね。ぶっちゃけ遠回しに難色を示していると受け取るべきだ」

 アークライト王国にとって、第二王女はそれなりに価値のあるカードだ。より利用価値の高い権力者を相手に使った方が、より旨みのある効果を生み出す。打算的に考えて、特別な理由がないのであれば、軽々しくリゼリアごときに切って良いものではない。


「失礼、よろしいか」

 扉をノックして、カリムとルイザが入ってきた。そう言えば、騎士団から連絡が来たとかで席を外していたのだった。着替えもせずに椅子の上で転がっているメリアの前に立つと、騎士団の二人はぴしっと敬礼した。

「こんな状況の中申し訳ありませんが、騎士団より至急帰投せよとの命が来ました。私は急ぎ騎士団領に戻らねばなりません」

 カリムの報告に、メリアはむっくりと身体を起こした。

「二人ともか?」

「いえ、私だけとのことですから、ルイザは残していきます。後のことはルイザにたくします」

 それだけでも大ごとだ。国賓こくひんが来訪しているということで、現在城の警備体制はてんてこ舞いだ。レビン王子に何かあれば、アークライト王国の名誉にもかかわる。メリアの警護だけでなく、レビン王子に対してもきちんとした警備が必要で、ウィルにもここ数日は徹夜に近いシフト組まれていた。

 しかし、騎士団領からの呼び出しとなれば、カリムは応じないわけにはいかないだろう。「シフト表作りなおしだなぁ」とメリアはぼやいた。そのシフト表に従わなければならないウィルにとっては、その倍は嘆きたい気分だ。

「誠に申し訳ありません。至急ということですので、今すぐに城を発ちます。では、後のことはルイザに」

 てきぱきと話を終えると、カリムは足早に執務室を後にした。本当に急いでいるようだ。騎士という立場も大変だなと、ウィルはその背中を見送った。

 ふとルイザの方に目をやると、ウィルと同じようにカリムが去った執務室の扉を見つめていた。その表情は、何処か暗い。

「不安か?」

 ウィルの問い掛けに、ルイザは首を横に振った。

「まさか」

 ルイザの声には、やはり心なしか力が入っていないように感じられた。




 寝室の窓から、メリアは城の様子を見下ろした。いつもよりも多くかがり火がたかれている。炎の灯りで照らされて「文字通り不夜城だな」とメリアは目を細めた。

 晩餐会は、とりあえず成功と言っていいだろう。レビンは、応接の間の時のような演説をぶったりはしなかった。むしろしおらしくなっていて、こちらが心配になったくらいだ。一緒にいたウェイドという警護の男、恐らく彼が警護であると同時にお目付け役であるのだろう。彼に何か言われて、今日のところは大人しくするつもりにでもなったのか。

 ふむ、とメリアはあごに指を当てて考え込んだ。

 レビンは、顔は悪くない。晩餐会の時くらい静かにしていてくれれば、柔和にゅうわで優しい感じがする。元々そういった駆け引きなどはしたことのない手合いなのだろう。格好良いよりも、どちらかというと、可愛い。弟といった印象だ。ああそういえば年下だったな、とメリアは今更ながらに思い至った。いずれにしても。

 恋をする相手とは、残念ながら思えない。

「さあ、メリア様。明日も早いんですから、今日はもうお休みになってください」

 パメラが寝室に入ってきた。そちらを振り返ると、メリアは部屋の真ん中に進んだ。夜着への着替えくらい、自分でさせてくれればいいのに。文句を言っても仕方がない。パメラに身を任せながら、メリアはぽつんと問いかけた。

「なあ、パメラ。レビン王子は、恋をしたことはあるのかな?」

「どうでしょうね。ずっとお城の中におられたようですから、なんとも」

 晩餐会で、レビンはそんなことを言っていた。ずっと城の中にいて、世間のことは詳しくないのだと。その割には北方連合など、色々と世情については知っている。良く勉強したのだろう。自分の国、リゼリアのためになると思って。

「やっぱりダメだ。私は、姫様なんてむいてない」

 軽くうつむいた後、メリアは再び窓の方に顔を向けた。

「一度この気持ちを知ってしまったら、もう、ダメなんだ」

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