第7話 沼のエルフ

旅のおみやげ

いいことも悪いことも

永遠の旅の果て

おみやげは誰にあげようか





 それは柔らかく、温かい。だが同時に決して形は崩れず、不定形に近い性質を持ちながらその実定まった形を持つ、奇怪な物だった。入れ物なのか、それともこれそのものが霊薬なのかすら定かでない。スパイトの手の中で、それは蛍のように明滅し、蜃気楼のように曖昧だった。

「口に入れれば後は勝手に入っていく。味は悪いがね」

「飲んだことがあるのか?」

「火竜に右半身を炭にされた時に飲んだ。治るとは思ってなかったな」

 見せびらかすように、ウェルテナは右手の指を開いたり閉じたりを繰り返した。手のひらの中で脈打つように光る霊薬をスパイトは握った。壊れてしまわぬように、そっと……。

「本当に、ありがとう」

「俺にはもう要らないからな。余り物を渡したのと変わらないさ」

「なんだっていい。私にはありがたい。礼を言うよ」

「うっかり落とさないよう、気を付けることだ。大事なものほど落としがちだ」

 ウェルテナが歩き始めた。大樹に背を向け、スパイトはウェルテナに続いた。草で生い茂っているはずの道の中に、スパイトは一筋の流れを見つけていた。ぼうっと光る道筋の上を、ウェルテナが歩いている。道はきっと森の出口に続いているのだろう。スパイトには不思議な確信があった。ウェルテナは気づいているのだろうか。

「道はどこにでも通じている。それが望んだ場所かどうかは知らないがね」

 両手を頭に乗せ、ウェルテナがぽつりと呟いた。ウェルテナの金の髪が夜風に揺れる。月の光を身に宿した絹糸のように、柔らかだった。

 夜の内に、森の出口は姿を見せた。不思議と、来る時よりもずっと早く、簡単に着いた気がする。うっすらと明るくなる木々の途切れ目から、月光と星の光が差し込んでいた。その光に触れた時、微かな音を感じた。水音にも似た、緩やかな音……。どことなく温かい。手の中の霊薬が、わずかに光を増した。

「さて、お別れだ」

 先を歩いていたウェルテナが、くるりと振り向いた。その仕草に、スパイトの胸が痛んだ。ゆるやかに胸を締め付ける痛み……不快だが、腹をくすぐるような……。

「帰り着くまでが旅だ。しっかり家まで帰り着くんだな。おっと、家じゃなくて城か?」

「それじゃあ、帰れない旅はなんて言うんだ?」

「引っ越しだ。住むならな」

 彼女の微笑みが締め付けを強める。離れがたい思いが、スパイトの胸に住み始めていた。

その正体の知れなさに、スパイトは戸惑いを感じていた。霊薬がそうさせるのだろうか……。

「世話になった。ありがとう」

「いい暇つぶしになった。それから踊りは覚えた方がいい。気晴らしになる」

「お前ほど見事には踊れないよ」

「いい踊りだったじゃないか。足がもつれなければもっとよかったがね」

 ウェルテナが月を見つめた。星空が水面のように揺れた気がした。その時、例えようもない衝動が、なんの前触れも無しにスパイトを衝き上げたのだった。

「一緒に来ないか、ウェルテナ?」

 彼女は月を見つめたまま、微かに目を細めた。自分の言葉に、スパイトは驚いていた。しかし、止まらない。言葉が止まらないのだった。

「私と来てくれ。お前はこれからずっと一人なのだろう?」

「そうだな。他のエルフが帰ってこない限りな」

 その言葉に込められた意味を知り、スパイトは目を閉じた。それから息を深く吸い、吐いた。胸の締め付けは何事もなく去っていた。

「お別れだ」

 スパイトは頭を下げ、森を出た。森が見えなくなるまで、スパイトは一度も振り向きはしなかった。振り向いてはならなかった。




一人はいやかい?

永遠の森にいる内は一人じゃない

ああ、梟がなにか喋ってる

知りたがりのリスたちに物を教えているのさ

森は騒がしいじゃないか

ああ、俺も踊ろう



     -- 終 --

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沼のエルフ 志村亨 @johnmunch2002

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