第6話 エルフの霊薬

捜し物はいつも近くにある

むかしむかしになくした宝物

見つけても見つけてない

気づくのはずっとあと





 山かと思うほどの大樹がそこにあった。スパイトが見上げた先に、ぽっかりと空いた洞。夜よりも暗く、無よりも静かだ。先導していたウェルテナが足を止めた。

「お探しの品はあそこだ」

 スパイトは率直に拍子抜けをしていた。その大樹の圧倒的な存在に、スパイトは呆然とした。だが、エルフの霊薬という貴重な品が、洞の中にぽつんと置いてあるというのか……。

「どうした?王宮の奥深くの宝物庫にしまってあるとでも思ったか?」

「……正直に言えば、そう思っていた。いや、いまもそう思っている」

「正直だ。だが、俺も正直なんだ。霊薬とやらはあの木の洞の中さ」

 大樹の根方にウェルテナが座り込んだ。ウェルテナの口元に浮かんだままの笑みに、スパイトは苦笑した。木の洞を、スパイトはじっと見つめた。先ほどから何一つ変わらず、洞はその存在をわずかたりとも揺るがせはしていない。風が森の中を歩いた。草が風を追うように揺れる。囁くように揺れた草は、すぐに沈黙した。まるでスパイトに話しをするよう促すように。

「本当に、もらっていいのか?貴重なものなんだろう?」

「貴重かどうかは知らん。作り方も知らないけどな」

「じゃあ、もう作れないって事じゃないのか?」

「そうだ。だがもう必要ないだろう。火竜は滅んだし、霊薬とやらを使って治さなきゃならない傷なんか、俺は負わないさ。それに、必要とされないままじゃ作ったやつが気の毒じゃないか」

 ウェルテナは肩をすくめた。本当に、彼女は霊薬を譲ってくれるつもりらしい。ずっと譲ってくれると、彼女は言っていた。だが、どこかスパイトは半信半疑だったのだ。疑っていたのではなく、信じるには彼女の態度が飄々としすぎていた。

 それもいいのかもしれない。スパイトは、昨日の月夜の踊りを思い出していた。ウェルテナにいざなわれるがまま、スパイトは踊った。作法も礼儀もなにも考えず、ただ踊り続けた。踊り狂った。彼女から見れば、人間の一生はあまりに短いのだろう。彼女が気ままに踊っている間に、人の一生は終わってしまうのかもしれない。それを卑下することはないし、また彼女も蔑んだりはしない。ただ、違いすぎるのだ。

「飲んだところで不老不死になるわけでもなし。気楽に飲ませればいい。誰にでも効くわけではないがね」

「どういうことだ?」

「風邪を引いた奴に打ち身の薬を塗っても仕方がないだろう。効くかもしれないし、効かないかもしれない。効くかもしれないがそれだけの体力が残ってないかもしれない。やってみるまではわからないってことさ」

 スパイトの沈黙を受け流し、ウェルテナはくすりと笑った。

「試しもしないで出来上がったとでも思ってるのか?エルフは全能じゃない。知らなければ試すし、わからなければ調べるさ」

 ウェルテナは雪解けの小川のように穏やかに、大樹の洞を指した。舞いが始まる前の静けさ……緊張……。スパイトは不規則な高鳴りを感じた。スパイトは大樹の幹に手をかけた。堅く、しなやかな幹……。それは確かな命の手触りだった。時に突き刺すように激しく、時に抱き留めるように柔らかい。矛盾を抱きながら、生を育んできた大樹なのだ。ぽっかりと空いた洞に霊薬をそっと収めていたとしても、スパイトはもう驚かない。大樹を登る一手、一足に生命を感じる。

 やがて暗い洞が、顔を覗かせた。その底知れぬ闇の中に、スパイトはためらうことなく手を差し入れた。光と闇の境で、温かさが消える。永久の冬のような冷たい闇の中で、スパイトの指先に何かが触れた。それは氷のように冷たく、灯火のように温かい。見えないにも関わらず、スパイトはそれが光を発しているとわかった。壊さぬよう、赤子を扱うようにスパイトはそっとそれを捉え、闇の中からとりだした。

 それは息を呑むような美しいものだった。限りなく透明でありながら、うっすらと七色の光を放っている。手のひらの上に自然に収まり、指先に柔らかく触れる。花のようでありながら水のようである。細雪の如く消え入りそうでありながら、太陽の如く確かに在る。

「心配しなくても、幻みたいに消えたりはしないさ。飲むか捨てるかしない限りはな。おめでとう、そいつがお望みの霊薬だ」

 見上げるウェルテナが満面の笑みを咲かせ、手を叩いた。小気味のいい響きが、森の中を颯爽と駆け抜けていった。応えるように、霊薬が一度輝きを増し、眠るように光を閉じた。




       --続く

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