第16話 吹き返しの風の中で

 おばあちゃんを見送ってから、私が生まれて来てから、いろんな人からたくさんの愛情を受けてここまで育って来たことを痛感した。両親や兄だけでなく、親族や近所の人、私に関わる全ての人から見守られ、愛された。それは当たり前ではなく、特別なことで、恵まれていることだと思う。

私が幸せに生きることこそが、その方達への恩返しになることだろう...。

今は、そう思っている。


 田舎から帰って来て、仕事にも復帰した。

いつもと変わらず、陽気で楽しい先輩たちに私は毎日救われている。

どんなことがあっても笑わせてくれる。こんな日々もいつか終わりが来るのかもしれない。いや、終わりはやって来る。でも、そんな日が来るまでは今の生活を何気なく、でも大切に過ごしたい。これが私の今の願い。

 毎日はあっという間に過ぎて行く。今年もあと1ヶ月を切った頃、私と浩之が住む部屋の隣に誰かが引っ越して来た。

今までは角部屋で、隣もいなかったのであまり気にすることもなく暮らしていた。少し残念な気もするけど、こればかりは仕方ない。

近所付き合いする気もないし、迷惑をかけないようにだけすればいいと思っていた。

 数日が経ち、浩之がお隣さんと出会い、男性の一人暮らしじゃないかと言っていた。

その時は、特に気にとめる事もなかった。

それから私は会う事もなく、浩之だけが帰宅する際に会うことが多く、隣の彼と挨拶を交わす関係になったらしい。

その日はまた、帰宅時間が重なりエレベータを待つ間に話をしたそうだ。

帰って来た途端に、嬉しそうに話し出した。

年は私たちより年上で、仕事はフィットネスクラブでトレーナーをしているらしい。

私の前職がそうだったので、浩之は少し嬉しそうに話す。

特に私は興味も無かったのに、次々と情報を話し出す。

彼女はいない、でも好きな人がいる。でも、その彼女が今、どこで何をしてるか分からない。きっとどこかで彼氏と仲良くしてるんじゃないかって言っていたそうだ。

浩之は基本、自分のことは話さない人だ。出会ったばかりの隣の彼には特に何も話していない。

でも、彼女はいますとだけ言ったよとニヤニヤしながら私と突く。

そんな浩之をあしらって、買い忘れたものをコンビニに買いに行こうとした。

夜も遅かったので、浩之もついて来てくれた。

欲しいものを買い一緒にマンションまで帰り、エレベーターを待っていた。

その時、私は友達からのラインが来たので、返信を打っていた。

すると、エレベーターから降りて来た男性が浩之に声をかけた。

 「あれ?中村くん?買い物?」

 「あぁ、また会いましたね。ちょっとコンビニまで行ってました。」

その会話に私は頭をあげると、そこには知っているような男性がいた。

私は一瞬、驚いた顔をしてしまった。その人もまた驚いた顔をしている。

 「湊、さっき言ってたお隣さんだよ。森崎さん。」

 「初めまして。」

私はとっさに初めましてと言った。

 「もしかして中村くんの彼女?!」

私を見て、聞いて来る。正直私の頭の中はショートして真っ白だ。

 「そうですよ。森崎さん驚き過ぎですよ。」

浩之が答えて、笑っている。

 「驚いたよ。だって俺の好きな人に似てるんだから...。」

 「へぇ、でも別の人でしょ?似てるからって手を出さないでくださいね。」

少し独占欲を出した浩之は何を思っているのか分からない。

 「わかってるよ。で、彼女お名前は?」

そう聞く森崎さんはもうわかってるんじゃないか。私が新村 湊だということを。

でも、ここで動揺したらダメだ。毅然といかなければ。

 「新村です。彼がお世話になってます。ねぇ、そろそろ行こ?」

そう言って浩之の服を引っ張った。

 「あぁ、そうだな。じゃあ、そろそろ失礼します。」

そして私たちはエレベーターに乗り込んだ。

 驚いた。まさかこんな形で再会するとは思わなかった。

もう二度と会わないと思っていた。いや、会いたく無かった。

私をストーキングしてた人が隣に引っ越して来るなんて思いもしなかった。

浩之に言うべきか、言わないべきか。

私の選択は言わないと決めた。だって、今何かをされた訳でもない。考えすぎだと思った。彼もあの頃より大人だ。もうあの頃とは違うはずだ。

それに、浩之にも変に心配はかけたくはない。関わらなければいいだけだ。

その時はそう思っていた。

 部屋に着いて、浩之が言った。

 「湊、森崎さんと知り合い?様子おかしいけど大丈夫?」

 「え?知らないよ?さっき初めて会った。」

 「そう、それならいいけど。でも湊に似てる人いるんだなぁ。どんな人なんだろうね。」

 「そうだねぇ。でも、3人は似てる人いるって言うじゃん。だからきっとどこかにいるんだよ。」

そう笑って言うと、浩之も笑って言った。

 「ドッペルゲンガー?じゃあ湊は会っちゃダメだなぁ。会うと死ぬんだろ?」

 「ただの言い伝えでしょ?バカなこと言わないの。ほら、ご飯にするから早く着替えて来て。」

 この幸せを私は全力で守る。誰にも邪魔させたりしない。必ず...。

この時、私は自分自身に誓った。

 

 一度会えば、続いてしまうのはなんでだろう。二度あることは三度あるとはうまく言ったものだ。

翌日、私が仕事を終えて帰宅したら再び会ってしまった。

 「新村さん?また会ったね。」

笑いながらやってきた森崎さんに私は鳥肌がたった。

 「ねぇ、中村くんとはいつから付き合ってるの?」

答えてなるものか。もう、この人は私の先輩でもなんでもない。ただの他人だ。

 「無視するんだ。そう、そんな子じゃ無かったのにねぇ...。正直もう会えないんだと思ってたよ。」

私は会いたく無かった。声も聞きたくはない。

 「そこ、どいてもらえます?」

もうすぐ部屋につくのに、森崎さんが邪魔をする。

 「どいてほしい?やだよ。やっと二人で会えたのに。」

 「私は、あなたと話すことは何もありません。警察呼びますよ。」

 「呼べば?でも何もできないよ。ただ話してるだけだしね。」

もう目の前なのに全くたどり着くことができない部屋、早く帰りたいとしか思えない。

 「で?中村くんとはいつから付き合ってるの?答えたらどいであげようかな。」

 「2年前からです。」

 「正岡 結太とは別れたんだ。」

 「はい。」

 「いつ?」

 「もう答えましたよね?どいてください。」

 「まだ答えてないよ。で?いつ別れたの?」

 「3年前です。」

 「そっかぁ、じゃあもう少し前に再会してたらよかったねぇ。」

 「別に、いつ出会おうがあなたとは何もないですから。」

 「湊ちゃんって本当にイケメン好きだもんねぇ。そんなんじゃダメだよ。男見る目ないよね。」

その言葉に無性に腹が立った。何も知らないのにぬけぬけと言いたいこと言って、なんなの?!

 「森崎さんには関係ありませんよね?!浩之のこと何も知らないのにそんなこと言わないで!!」

思わず大きな声が出てしまった。でも、私たちが今、こうして幸せになるのにはいろんなことがあった。

すると、森崎さんは道を開けてくれた。私は走って通り過ぎた。鍵を開けている時に森崎さんはまだ何か言っている。

 「湊ちゃんに会えたことはきっと運命なんだよ。君は俺の運命の相手だよ。」

虫酸が走った。本当に気持ち悪い。

 「勝手なこと言わないでください。気持ち悪い。」

そう言って扉を閉めた。

 なんなんだ?なんであんなに自信があるの?あの人やっぱりおかしい。

あれから力が抜けたようにソファに座った。少し時間が経った頃、浩之が帰ってきた。

 「ただいま。どした?体調悪い?顔色悪いけど。」

 「浩之、あの人おかしいよ。関わらない方がいい。」

私は隣の部屋を指差して言った。

 「なんで?湊がそんなこと言うなんて珍しいけど、何かあった?」

 「何かって...。」

なんて言えばいいのか、全部言うべきなんだとは思う。でも、あの頃のことは思い出したくない。それに、浩之に言いたくない。心配も迷惑もかけたくない。浩之にだけではなく、家族や、周りの人にも言いたくはない。今までも、これからも。

 「言わないとわからないよ?湊はなんでそう思うの?俺はさ、少しあの人の気持ちわかるよ?もしあの時、別れたままになって湊にまた会えてなくてさ、隣にそっくりな人がいたら驚くよ。姿を目で追うかもしれない。少し話してみたいなって思うかもしれない。でも、その人は湊じゃないって思うんだ。俺にとって、湊は湊。森崎さんにとっても彼女は彼女なんだよ。きっとすぐ気付くよ。湊は彼女じゃないって。だから少しだけ大目に見てあげよう?」

 浩之の言っていることはわかる。でも、それは彼女が私でなければの話だ。浩之は夢にも思っていないはずだけど。

 「俺のこと見て?昔から湊は誰とでも仲良くなれるだろ?いつもどこかで誰かと笑ってた。お前なら大丈夫だよ。」

 「ねぇ、なんで大丈夫って言えるの?なんか嫌な予感がするの。私はあの人が怖い。」

 「嫌な予感?何が怖い?」

 「あの目だよ...。あの冷めた目で笑うんだよ?その顔で私のこと根堀り葉掘り聞こうとする。気持ち悪いよ。」

 「目つきはちょっと悪いけど、それは人それぞれでしょ?それに今は、湊のことが気になるんだよ。」

 「何それ。浩之はあの人の肩を持つんだね。どうせ私のわがままだって思ってるんでしょ?!もういいよ...。」

その場に居づらくなった私は、走ってベッドルームへ向かった。

浩之は優しい人だ。それは私にだけじゃない。誰にでも優しいんだ、昔から。

私は結局、何も言えないのに浩之に八つ当たりをして、逃げた。分かってもらえないのは百も承知だったのに。

最低だ。でも、私がとってきた行動の因果応報なんだ。

 「ねぇ湊、今まで俺にこんなこと言ったことなかったよね。こんなこと言ったらお前怒るかもしれないけど、今ちょっと嬉しいんだ。言ったってことは俺に本音を見せてくれたってことだよね?」

浩之は、静かに部屋に入って来てベットの上に腰掛けると、中で丸くなってる私の頭を撫でながら話し出した。

 「もし世界中の人たちが湊を敵に回しても、俺は湊の味方だよ。最後まで信じるし、守ってみせるよ?」

 「あたしがもし、浩之に言えない隠し事があったとして、それがあなたを傷つける事でもそう言える?」

 「人には言えない事って誰にでもあるんじゃない?逆に聞くけど、もしそれが俺だったら?湊は離れて行っちゃうの?」

離れて行く訳がない。私から浩之を取ったら何も残らないような気がする。

 「俺は、何があっても受け入れるよ。だって俺にしたら湊は最初で最後の女性だよ。俺の運命を変えたのはお前だ。ねぇ?こっち向いてよ。」

振り向いた私に、彼は言葉を続ける。

 「俺の知ってる湊は、人のことが好きで、疑ったり不審に思ったりすることがなくて、誰とでもすぐに仲良くなれる天真爛漫で、悪口も言わなくて、逆に仲介役を買って出るような女の子だった。俺の知らない3年の間に何かあったんだろ?でも、無理に言わなくていい。いつか言えるようになったら言って?どんな事でも受け入れるよ。森崎さんの事も、無理に関わらなくていい。大丈夫、俺から遠回しに言うから。だから泣くなよ。」

私は気づかないうちに泣いていた。こんな人もう出会うことは二度とない。私にとっても最初で最後。私の知っている言葉を寄せ集めても見つからないくらいに大好きで、愛しい。出会った頃とは比べものにならないくらいに膨れ上がったこの思いは止めることができず、思いっきり抱きついた。

浩之はそんな私を何も言わずに受け止めて、気の済むまで抱きしめてくれた。

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